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こたろう博物学研究所
探訪記録:2006年

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2006年12月日:
(書きかけ)

 

2006年11月12日:久万美術館


1.久万美術館
町立久万美術館平成18年自主企画展「伊予の豪傑−吉田藏澤・三輪田米山−」

2.峠御堂隧道
●マリーザの森
●坂村真民詩碑「大宇宙大和楽」

3.林道上林河之内線
●上林トンネル


2006年11月5日:今治の糸山公園へ


2006年11月1日:松山市考古館

 

 

2006年10月29日:伊予市散策


夕方17:00から日没までの1時間少々、伊予市の町並みを散策。


 

2006年9月24日:肱川町散策


松山自動車道 伊予IC〜内子五十崎IC 800円 → 国道56号線 → 県道229号線(鳥首五十崎線) → 粟太郎にて左折 → 県道310号線(山
鳥坂名荷谷線)

1.津の内園地 花と銀杏の真心公園
●谷本義光翁頌徳碑 ●風車 ●記念植樹 銀杏20本 正山小学校 平成3年度卒業生

2.神明神社(正山(しょうざん))

3.百ヶ市風ヶ峠線開通記念碑

4.風ヶ峠

5.天満宮(月の尾)

6.弁天宮

7.しゃくなげ谷
●「丸山公園 しゃくなげ谷」の碑 ●「手づくり郷土賞」の碑 ●えひめ森林浴八十八ヶ所 平成十五年三月 

8.丸山公園
●展望台 ●山田庄太郎翁頌徳碑 ●「肱川県立自然公園 鹿野川園地」の碑
●柳子句碑 「花の私語 聞こえて来そう 風の里」 ●綾井章江女史顕彰碑

9.風の博物館・歌麿館
●風洞実験機(吸込型) ●「心に風を」の碑 ●肱川町創立四十周年記念の碑
●「波」SPACE ●風車
●大洲市大駄馬ふれあい広場

10.客神社
●社号碑 ●一の鳥居 ●二の鳥居 ●注連石
●神馬像 ●クスノキの大樹 ●境内末社:恵比須神社
●「肱川町指定天然記念物 予子林客神社社叢」
●創立一千五百十八年奉祝碑 昭和六十年
●看板 ●町有形民俗文化財 予子林客神社牛鬼
●常夜灯

11.茶堂


2006年9月9日:堀江界隈探訪


1.五右衛門堂(西山通周五右衛門堂)
●「西山通周五右衛門堂」と刻まれた石柱

2.石土山蔵王大権現
●本殿新築寄附者芳名碑

3.旧堀江海水浴場
■葛籠屑城を望む ■鹿島・伊予の二見を望む

4.堀江港
●一文字防波堤 ●仁堀航路跡碑 ●厳島神社(宮島さん)

5.毘沙門天堂
●大樹 ●一等水準点

6.権現温泉

7.光明寺【松山市堀江町1531】
●山門 ●山号額「遍照山」 ●享保の飢饉の供養塔と追遠之碑
●本堂 ●三宝荒神社 ●地蔵堂 ●水子地蔵

8.堀江公民館

9.旧堀江公民館

10.へんろ道道標

11.真福寺【松山市堀江町甲1583】
●山門 ●山号額「寳光山」 ●一畑薬師如来 ●石鎚神社堀江遙拝所 ●六地蔵 ●地蔵
 


 

2006年8月31日:窪野風鎮祭


18:00、松山市窪野町の正八幡神社へ。


2006年8月27日:松山市立考古館



2006年8月20日:出雲大社松山分祠

・国家試験受験のため松山大学へ行った帰りがけにぶらりと立ち寄ってみる。


2006年8月15日:北条鹿島散策



2006年8月6日:松前町散策


1.地蔵【松前町浜】

2.本村樋門【松前町浜】

3.蛭子神社【松前町浜】
●顕彰之碑 坪内寿夫翁
●玉垣修復

4.大念寺【松前町浜】
●寺号碑
●坪内寿夫翁頌徳碑

5.夫婦橋【松前町浜】

6.夫婦水門【松前町浜】

7.義農橋【松前町筒井】

8.松前町義農通りふれあい広場

9.阪東食品センター前「まさき駅前開発」

10.長尾谷橋

11.土川橋

12.千楽寺

13.松前小学校
●義農作兵衛銅像
●高市先生頌徳碑
●橘先生頌徳碑

14.妙寛寺

15.椰子?蘇鉄?棕櫚?

16.滝姫神社
●龍王社
●厄除社
●珍味発祥之地碑
●坪内寿夫翁頌徳碑
●歌碑

17.住吉神社
●松前町制実施記念碑

18.新立みんなの広場

19.地蔵

20.庚申堂・辰之助廟【松前町東古泉】

21.湯砥里館【砥部町】

22.今村久兵衛の墓【松山市古川】

23.新田川樋門

24.稲荷神社【松前町西高柳】
●境内社:生目八幡社/金刀比羅社/素鵞神社/大導王子社/青麻三光社/桜木古神社
●境内社:若宮神社
●境内社:素鵞神社
●三十年記念碑
●慰霊塔
●戦捷紀念碑
●百度石

24.窪田節二郎翁頌徳碑

25.新戸大橋【松前町昌農内】

26.玉生八幡神社【松前町西古泉】
●境内社:田許様
●境内社:高良社/猿田彦ノ宮
●境内社:玉生古宮
●境内社:若宮社

27.塩屋海岸
●はまゆう
●夕陽
 


 

2006年7月29日:石墨山登山


会社の同僚S君と昼休みに社食で「山へ行こう」という話になり、石墨山登山へ。

曇天続きで、どの山を見ても雲がかかっている様子。
最近は足腰が鈍っていて、余りハードな歩きには自信もなく、低い山にでも繰り出そうかと思いつつ、S君は初登山。余りしょぼくれた山を案内するの
もいかがなものか・・・と、行き先を石墨山に決めた。

★石墨山

唐岬の滝入り口の駐車場に車を停め、登山開始。
割石峠まで上がるだけでも、足は痛いし、息は切れる。
過度とも思える一服休憩をはさみながらも、1時間半ほどで見晴らしの良い肩部へ。どうにか、久万高原町直瀬の集落、川内町河之内の棚田の風景、道後平野(松山平野)の遠望を望むことができた。

尾根道歩きの途中も、あまり雲は散らない。指呼に望むべき堂ヶ森・石鎚の姿は完全に視界から閉ざされている。

それでもブナ林は青々として実に清々しく、この森に入り込めただけでも十分に登ってきた価値があるというものだ。

山頂からは意外と景色が広がっていた。
石鎚方面を除けば、南側の山々をつつがなく見渡せる、まずまず合格点の眺望である。

★唐岬の滝

下山後、唐岬の滝へ。
森林伐採真っ直中であり、伐りだした木材を運搬するための車輌が頻繁に通るためだろうか、林道はかなりぬかるんでいて、とても歩けたものではない。若いカップルが後ろから付いてきていたが、そこで断念して引き返してしまった。僕達は道無き所をトラバースして滝を目指す。

唐岬の滝へ到着。実に涼しくて心地よい。
靴を脱ぎ、沢の水に足を浸けてみる。ピリピリと痛みを感じるほどに冷たい。

★石手寺

帰りがけに石手寺の地底マントラに立ち寄る。
ケービングをしてみたいというS君のリクエストに応えるため。
自然の洞窟ではないが、それなりに気分が味わえたのではなかろうか?


 
2006年6月日:

 
2006年5月日:

 
2006年4月日:

 

2006年3月31日:庚申庵(松山市)


同僚の送別会。
会社がひけてから、開宴まで少々時間があるのでぶらりと立ち寄ってはみたものの、既に閉園していた。残念。
それでも庚申庵がリニューアルしてから全然訪ねたことがなかったので、外観を確認できただけでも意義があったというものだ。


2006年3月21日:二神島へ

■港(本浦)
 ●梨岡素岳碑

■安養寺

■二神司朗邸

■梨岡素岳銅像(昭和八年九月三日)

■宇佐八幡宮
 ●狛犬
 ●灯篭(火袋なし)
 ●「奉寄進」石標(明治十二年卯九月)
 ●小社(参道石段入口)
 ●灯篭(火袋の窓がちっちゃい。)

■二神集会所横
 ●井本運次郎頌徳碑

■梅田邸大サボテン

■城の山
 ●イブキビャクシン群生
 ●六地蔵

■二神小学校


2006年3月11日(土) 朝倉村・玉川町探訪

 7:50頃、自宅を出発。

 国道317号は、玉川湖を越えてから至るところで道路工事中。年度末で予算を使い果たそうと、駈け込み工事を実施しているのだろうか。このままじゃ待ち合わせ時刻に間に合いそうにない…と気は焦るのだが、交通事故など起こしてしまうと、山歩き・探訪どころの騒ぎじゃなくなってしまう。イライラしつつも安全運転をキープする。

 約束の時間9:00ギリギリに、待ち合わせ場所の牛神古墳公園に到着。今回の探検メンバーは、なべちゃん、越後屋さん、わるこさん。
 皆が揃ったところで「さぁ、ふすべ岩へ出発」。意気揚揚と愛車を動かし始めた途端、何やら車体に衝撃が走った。路側の縁石に乗り上げたのだ。意外と焦りは感じない。何構うものかと前進すると、難無く車道への脱出が図れた。普通自動車ならば、思いきり腹を擦って、おまけにタイヤが空転してお手上げ状態になっていたことだろう。四駆にしといて良かったと、あらためて思った。

ふすべ岩探訪

 今回の探訪の主目的は「ふすべ岩」。漢字で記すと「燻(ふす)べ岩」。多伎神社の奥の院的な存在の場所で、以前は雨乞い神事で煙が焚かれた場所であり、文字通り「燻る岩」であった。その霊験あらたかなること有名で、愛媛の図会入り地誌で名高い愛媛面影などにも紹介されている。

 ふすべ岩はかねてより訪れたいと思っていた場所だ。以前、単独調査に乗り込んだものの、どこにあるのかがさっぱりわからず、未到達に至った苦い思い出がある。今回は朝倉在住のメンバーに同行いただいているので、確実に目的地に辿り着けるだろう。実に頼もしい限りだ。

 多伎神社へと向かう道は相変わらず細い。おまけにここも道路工事中である。
 途中に道端に、文化年間(だったかな?)の常夜灯有り。どうやら石灰岩が用いられているようだ。銘文をメモしたかったのが、団体行動ゆえスタンドプレーは許されない。今回の探訪の主目的でもないので、またの機会に取っておくことにする。

 多伎神社・多伎池を通り過ぎ、箒桜(ほうきざくら)よりやや先に進んだところに駐車して、ふすべ岩へと向けて登山を開始する。
 多伎川を遡行。右岸には割合歩き易い道が続いている。
 登山道を歩いていると、リュウノヒゲ(龍の髭)が多く生えているのが目に留まる。そのふさふさとした線状の葉の中に、可愛らしい青色の実が包まれている。
「むかしはジョウノミ鉄砲を作りよったねぇ」
「南予の方では、ジュウジュクダマと云いよったよ」
 正式な名称は、ジャノヒゲ(蛇の髭)。「龍の絵には髭が描かれてるけど、髭の生えた蛇など見たことないなぁ」などと名前と実態との矛盾に疑問も湧いてくる。
 ジャノヒゲはユリ科で、学名は Ophiopogon japonicus。花期は夏だというが、春を迎えようというこの時期に青い実がなっているということは秋口に花をつけたものだろうか?
 そういや少年時代に竹を伐って鉄砲をこしらえたのはどの季節だったろう。楽しかった頃の記憶が薄れていくのが少々悲しい。

 さて、山道の横に流れる川には多くの石灰岩が見られる。ここいらでは、ちょっと珍しい風景だ。
 仏像構造線の北側の地層・秩父累帯や黒瀬川構造帯では、ふんだんに見られる石灰岩だが、この辺りの領家帯では目にした記憶がない。

 20分ぐらい歩いただろうか。小川を横断し、直登モードに入る。道なき道を、木の枝・草の根を掴みながら急斜面を攀じ登っていく。

 段々山肌に大きな石灰岩が露出してくる。名岩「ふすべ岩」との出会いも近付いてきたなと期待が膨らむ。
 やがて「これがふすべ岩よ」との御紹介を賜る。石の下部には、以前カワラケなども置かれていたというが、その痕跡を見出すことはできない。ただ、ワンカップの瓶が1個置かれていたのを確認できた程度である。
 昔の聖地は、今となっては「ただの岩」としかいいようがない状況に陥ってしまっている。昔と違って、水源確保も行き届いているので、雨乞いの必要などないのかもしれない。しかし、近年の水不足で松山・今治あたりに住む人間は、水の大切さを痛感したはずだ。僕を含めて。
 水のあることの有り難さを思い起こすメモリアルな場所として、この場所が何時までも「ふすべ岩」が忘れ去られなくあって欲しいと思うのである。
 が、それにしても見るべきものが少な過ぎるきらいがある。辺りにも似通った岩が散在している。どれが「ふすべ岩」と呼ばれるものかはっきりしない状況だ。せめて小さな社ぐらいは置いておきたいところである。

 しかしながら、ふすべ岩の上からは見晴らしがよい。目の前に広がる今治平野の景色は爽快だ。また、ここを取り囲む林の中には、意外と大木が多い。とはいっても樹齢は50?100年ほどか。樹木の名前には疎いので、名前をはっきりと判別することはできないのが、ツガ、カゴノキなど、そこら近所の里山とは違った趣のある木々が見られる。

 さて、同行のメンバーからの聞きかじりでは、「ふすべ岩」は女神であるという。男神である「山口の石神さん」が、ふすべ岩の女神のところへ通ったという伝承が残っているという。この辺りも非常に興味深いところだ。もう少し掘り下げて調べてみたいものである。

 ちなみに、ふすべ岩の目印は「立ち枯れの1本の古木」ということだが、麓に下りて山を見上げて見ても、よほど注意を凝らさねば認知できない。登山ルートのための目標物としては活用は、なかなかできそうになさそうだ。

光明真言読誦供養塔

 今回の探訪のもう一つの目的は、笠松山?世田山縦走路から確認できる、世田山支尾根の中腹に見える立石である。なべちゃんの情報に拠れば、この石には何やら文字が刻んであるという。その内容詳細を何としても確認したいということで、これも実に楽しみな山行である。

 ということで、朝倉ふるさと公園下のサンクスで弁当を調達後、笠松山の野々瀬登山口より登山開始。
 最初は薮漕ぎにて麓から直登する計画であった。直登ルートには背丈2メートル以上にも及ぶ羊歯(シダ)が蔓延っているらしく、それはそれで面白そうではあるが、体力的にはキツイ。
 ガイド役のなべちゃんの提案で、普通の登山道を歩いて一旦尾根道へと登り、途中から尾根沿いに下るコースに変更。おかげで汗をかく間もなく、目的地へと到着。

 早速、立石を観察する。石には、
「○ ○ 奉 光明信言 一百萬遍 敬白」「山内又蔵」
と刻まれている。
 ここで'○'は判読不能な文字を表わすのではなく、丸い形が刻まれていることを示す。また、「又蔵」の部分は風化が著しく、本当に「又蔵」と読むのかどうかは判然としないことを断っておく。

 察するにこの石は「念仏供養塔」の位置付けにあるようだ。
光明真言は、大日如来への願いの言葉である。大日如来という仏様は曼荼羅などでは中央に描かれており、その光明があまねく照らすことから遍照・大日と呼ばれるらしい。なるほど、石に刻まれた○は大日如来を表わしているのか。ちょっとした発見に、嬉しい気分になる。

 きっと、この辺りに光言講(光言とは光明真言の略)の組織でもあったものだろう。この場所に講のメンバーが集い、自らの、そしてこの地域での悪病滅失、長寿福楽などの願いを叶えようと、皆で声を合わせて光明真言を一百万遍唱えていたに違いない。

 しかしながら百万回という数字は記の遠くなるほど大きい数次である。唱えた数をどうやって数えたのだろうか。まさか指折りでもあるまい。
 よくよく考えてみると、そのためのグッズとして「数珠」があるではないか。単に念仏を唱える時にジャラジャラ鳴らすだけが、数珠の役割ではないのだ。読んで字の如し、「数えるための珠」なのである。

 話が横道にそれたが、碑のことに話を戻そう。この立石に何時の頃、光明真言供養の文字が刻まれたのであろうか。立石の周りを丹念に観察するのだが、銘文は見られない。直観的には、江戸時代ぐらいと思うのだが、いかんせんその典拠を見出すことはできない。

 そして、碑文に出てきた「山内又蔵」なる人物。これもまた定かではない。おそらくは念仏講の代表者であろうと推察するぐらいが関の山である。

世田山 栴檀寺奥之院

 光明真言読誦供養塔のところで昼食をとった後、わるこさんは私用とのことで下山して行った。残り三人で世田山方面へ向かい、栴檀寺奥之院へと足を運んだ。

 世田山山頂より少し下ったところに、栴檀寺奥之院はある。境内へと至る道沿いには、地四国として祀られているのだろうか20?30体の地蔵が並べられてる。

 その地蔵列の途切れた先に、大舘伊豫守源氏明朝臣之墓があった。
「大館氏明公墓所(世田城主贈正四位)
 南朝の忠臣大館氏明公は、新田義貞の甥にあたり武勇にすぐれ、伊予の守護に任ぜられ世田城主となる。
 伊予の宮方(南朝)を守るべく活躍するも、1342年(興国2年)北朝方細川頼春の大軍1万余騎が攻め入り遂に力尽き城に火を放ち17勇士と共に切腹する。時9月3日、氏明38才なり。これを世田山の合戦という。(太平記より)
 この墓は1837年(天保8年)氏晴(17代)建立する。
寺説では左後の小さな墓が元々の墓といわれる。
世田山城はその後も二度の大戦(1364年と1479年)がある。
 名実共に世田山城は中世伊予の国の防衛の拠点であった。
楠河公民館・楠河地区生涯学習推進委員会」
との説明書きが立てられている。

…(以下省略)…

寄り道録
■下朝小学校
 ●紀命碑
 ●肩切り地蔵
■樹之本古墳
 ●輝月妙鏡律尼の墓碑

■根上り松古墳(一本松古墳)
 ●根上り松の碑
 ●道標(慶應三年丁卯年)
 ●?神社
 ●植樹記念碑

■荒神社
 ●幟立石(安政五戌午(1858)九月)
 ●常夜灯(安政六未歳(1859)四月)
 ●鳥居(天保十二辛丑歳(1841)三月)
 ●手水石
 ●拝殿
 ●石段(安政五戌午(1858)九月)
 ●山口の石神?
 ●末社殿(越智神社殿)
 ●常夜灯
 ●式年祭記念碑(昭和五十年十月)

■多伎神社
 ●禰宜屋敷古墳群
 ●鳥居
 ●狛犬(慶應三年卯(1867)五月)
 ●句碑
 ●滝之宮公園碑
 ●常夜灯(天保十己亥歳(1839)五月)
 ●八雲橋(明治十二年己卯四月)
 ●多伎川
 ●まつたけ石
 ●注連石
 ●常夜灯(文化十二亥(1815)八月)
 ●百度石(慶應元年(1865))
 ●玉垣(元治元年甲子(1864)八月)
 ●狛犬(寛政十二申八月)
 ●本殿
 ●多伎神社獅子舞顕彰之碑(平成十二年四月)
 ●末社:天満宮
 ●末社:一宮神社
  ●鳥居(文化九壬申四月)
 ●末社:清水神社
 ●朝倉の巨木-6 スギ
 ●朝倉の巨木-5 ヒノキ
 ●末社(社名不明)
 ●多伎宮古墳群

■多伎池
 ●曽我部右吉翁頌徳碑(昭和十八年十月)
 ●多伎池新設記念碑(竣工昭和十一年七月)

■箒桜

■蒼社川水源の森

■光林寺
 ●仁王門
  ●「不許酒肉五辛入山門」の石標
 ●本堂
 ●五輪塔「今治藩主 藤堂高吉公 宮内少輔」 
 ●宝篋印塔
 ●鐘撞堂
 ●ぼけ封じ観音菩薩
 ●七福神:寿老人
 ●大師堂
  ●稚児大師像
  ●真言八祖像
 ●護摩堂
 ●文化財碑
 ●白衣観音菩薩

 ●修業大師像と十二支守本尊
 ●七福神:布袋尊
 ●七重塔(鎌倉初期に製作)
 ●伊予府中十三石仏結願之寺 弘法大師
 ●弁財天
 ●無縁地蔵菩薩
 ●文殊菩薩
 ●水子地蔵
 ●聖霊殿

■白山神社
 ●二本杉
 ●狛犬(明治十三年(1880) 八月)
 ●神名石
 ●鳥居(正徳五乙未歳(1715)九月)
 ●注連石(明治35年壬寅歳(1902)三月)
 ●燈籠(天保六年(1835)乙未歳六月)
 ●牛の足跡の残る石:今回は確認できず。
 ●拝殿
 ●本殿
 ●井戸
 ●末社殿
  ●天水分(あめのみくまり)神社
  ●渡部家祖霊社
  ●狸神社
  ●白山大権現
  ●春日神社
  ●山王神社
  ●荒神社
  ●山神社
  ●祖霊社
 ●注連石(明治三十五年(1902)三月)
 ●末社及び瓦宮(注連縄石の傍にある。) 
 ●燈籠(天保六乙未(1835)歳八月)

■いぼ地蔵
 ●いぼ地蔵
 ●農道竣工記念碑

■玉川ダム
 ●阿部久一翁頌徳碑
 ●玉川湖
 ●天神宮


2005年3月5日:県生涯学習センター+α

■県生涯学習センター
 ・企画展「愛媛なつかし物語」関連講座『「宇和旧記」の世界』
■伊予神社(松前町)
■鶴吉公民館前(松前町)

2006年3月4日:県生涯学習センター+α

■伊予市立図書館
 ・同人誌「参参」寄贈のため
■県生涯学習センター
 ・企画展「愛媛なつかし物語」関連講座『近世地誌に見る愛媛の名所遊覧』
■札始大師
■稲荷神社
■県立図書館
 ・同人誌「参参」寄贈のため
 

 

2006年2月25日 長浜町散策


1.長浜町役場庁舎(大洲市役所長浜支所庁舎)
●長浜町民憲章碑
・長浜ライオンズクラブ創立25周年記念、平成3年6月2日建立
●長浜町庁舎(国指定登録有形文化財)      

2.手づくりパンまことや前
●念ずれば花ひらく第105番碑
●坂村真民詩碑「鳥は飛ばねばならぬ人は生きねばならぬ」
●坂村真民詩碑「二度とない人生だから」

3.新長浜大橋

4.阿弥陀寺
●山門
●六地蔵菩薩
●稲荷大明神
●歴代住職の墓
●阿弥陀寺本堂・位牌堂・庫裡建設由緒碑

5.正石大権現

6.福成禅寺(長浜町長浜甲509)
●境内社

7.坂本龍馬・吉村虎太郎宿泊之地

8.長浜大橋
●道路舗装記念碑

9.江湖
●法華経一字一石塔

10.長浜小学校
●創立百周年記念碑
●二宮金次郎像

11.厄除地蔵尊
 JR石屋(いしや)踏切前
●厄除地蔵尊の向かいの地蔵

12.住吉公園遊園地
●展望台

13.住吉神社
●注連石
●常夜灯
●"一心"
●一千萬圓造成記念碑
●鳥居
●狛犬
●常夜灯
●手水鉢
●狛犬
●鳥居
●常夜灯
●燈篭
●常夜灯
●常夜灯
●常夜灯
●天神社
●武智盛一郎頌徳碑
●狛犬
●燈篭
●手水鉢
●百度石

14.円立寺(えんりゅうじ)

15.沖浦観音 瑞龍寺

16.沖浦住吉神社
●境内社:金刀比羅神社
●境内社:厳島神社
●境内社:恵比須神社

17.沖浦公園

18.御成婚記念大和橋の碑

19.大元神社
●常夜灯
●ナギの木

20.斉藤山
●斎藤山開山十周年記念碑「真心」
●石鎚大権現祠
●二等三角点
・標高459m
●修業大師像

21.金剛山法善坊浄心庵

22.仁久川

23.海浜公園

24.歌碑「伊予灘に今入りゆく紅き日よおのずと吾は手を合わせたり 久保七郎」

25.道の駅ふたみ

26.尾崎新池(伊予市)
●尾崎新池改修記念碑
●天神社・厳島神社
●鳥居(天神社側)
●鳥居(厳島神社側)
●社号碑(天神社)
●注連石
●手水舎
●常夜灯
●常夜灯
●祠


2006年2月12日 小松町探訪

 同人誌「参参」の第2号刊行のため、午前中は松山市内のとある喫茶店にてミーティング。

 今年に入って、仕事に追われて、取材(散策)にも山登りにも行っていない。せっかく時間がとれたので、以前から巡ってみようと考えていた「小松
町」へと足を運んでみた。

=============
高速道路:松山−小松、通行料1,000円也。
=============
1.清楽寺(せいらくじ)
・四国八十八ヶ所60番前札所
・四国曼荼羅霊場33番
・山号:佛生山
・宗派:高野山真言宗
・本尊:阿弥陀如来(真言:おんあみりたていせいからうん)
・御詠歌:昔より玉の泉の流れこそついに宝に入るなれ
●本堂
●香炉
●額
●大師堂
●横峯遥拝石
 ●舟形石
●御夢想観音(ひとこと観音)
●坂村真民詩碑「念ずれば花ひらく」
●手洗石
●山門
●鐘撞堂
●へんろ道道標

2.龍華院
・山号:醫王山
●寺号碑
●山門
 ●「醫王山」の額
●本堂
 ●「龍華院」の額
●龍華院開創由緒碑

3.過行(すぎょう、すごう)橋

4.小松藩お舟庫跡

5.一宮神社
・祭神:大山積命、大国主命、事代主命
●狛犬
●常夜灯
●「一宮神社別当宝寿寺跡」碑
●鳥居
●歌碑
●境内社:??
●拝殿
●燈篭
●本殿
●境内社:??
●境内社:天神社
●境内社:厳島神社
●境内社:和霊神社
●水準点
●記念碑
●手水石
●芭蕉句碑「しほらしき 名や こまつふく はぎすすき」
●靖国神社(郷土靖国神社)
●一宮神社歴代宮司墓所
●白坪基助墓

6.JR小松駅前
●「子安大師」碑
●「石鎚/高瀑登山口」碑
●へんろみち道標

7.宝寿寺
●「一国一宮」の碑
●へんろみち道標「吉祥寺、七丁」「香園寺 吉祥寺 左」「六十番 横峯寺 六十一番 香園寺」「右…七丁」
●前佛奉納記念碑
●稲荷神社

8.中央公民館
●小松実用女学校跡
●へんろみち道標

9.近藤篤山邸
・入館料200円也
●「篤山」(尾藤二州書)
●「慎獨」(尾藤二州書)
●小松藩校の三幅対
●漢詩
●書斎

10.本善寺
・宗派:浄土宗
●金毘羅社
●薫炉

11.小松温芳図書館
●唐草門
●近藤篤山先生肖像

12.愛媛近代女子教育発祥之地

13.養正館跡

14.一柳公館跡
●「旧小松藩主一柳公館址」碑

15.常盤神社
●注連石
●鳥居
●注連石
●手水石
●常夜灯
●狛犬

16.常盤組碑

17.小松川藤木遺跡・小松橋
●小松川藤木遺跡
●小松橋

18.仏心寺
●「円覚山」の扁額
●「仏心寺」の扁額
●仏心寺橋
●仏心寺山
●山号碑「円覚山」
●小団平の墓

19.小松中央公園
※中央公園上り口の三叉路に地蔵数体。三界萬霊の地蔵も見える。
●おあしす市場
●ハイウェイオアシス館
●椿交流館(椿温泉こまつ)
●子供広場SA
●エネルギーセンター
●四季の森
●自然形態園
●イベント広場
●石鎚山
●花層の道
●ツツジの園
●市民の森
●ショウブ園
●休憩広場
●野鳥の森
●修景池
●椿の園
●太陽の園
●多目的広場
●憩いの広場
 ●まえがみ号
 ●「われわれは奉仕する」碑
  ・伊予子待つライオンズクラブ、1984.11.18
●オアシスブリッジ
●スケートボード広場
●オートキャンプ場
●花木園
●椿ロード
●桜の園
●チビッコ広場
●学習の園
●中央広場
●老人広場
●交通広場
●テニスコート
●トリムコース
●グラウンドゴルフ

●シンボルゾーン
●遊水池

20.香園寺
●四国八十八ヶ所巡拝 全札八十八回満願 報恩謝徳の碑
●森紫苑荘川柳碑「えらい子はいぬがどの子も親思い」
●顕彰慰霊塔
●子安弘法大師六十周年参拝記念 四国八十八ヶ所霊場 奉納 巡礼記念碑 西国坂東秩父百観音霊場
●種田山頭火句碑(2基)
●愛の道しるべ(坂村真民)
●念ずれば花ひらく(坂村真民)詩碑
●灯篭
●遍照殿
●子安大師堂
●境内社
●手水石
●多層塔
●地蔵
●手水石
●聖徳殿

●大聖堂
●子安橋

21.舟山古墳
●碑「舟山古墳 愛媛県知事 久松定武書」
●歌碑
●花陵霊社

22.三島神社
●鳥居
●へんろみち道標
●へんろみち道標
●常夜灯
●末社:
●常夜灯
●鳥居
●手水舎
●舟山漢詩碑
●拝殿
●本殿
●合祀社

23.高鴨神社
●鳥居(東側)
●鳥居(北側)
●正一位高鴨神社社号碑
●宮司の碑「大宮司 従五位 日向守 鴨重忠翁頌徳碑
 竹葉秀雄書」
●境内社:只井御前社
●注連石
●狛犬
●随身門
 ●随身像
●高井幸太郎漢詩碑
●灯篭
●百度石
●篤山先生の碑
●記念碑
 ●「二十一世紀愛子内親王御誕生記念」碑
 ●「正一位高鴨神社記念事業 拝殿屋根瓦葺替工事」碑
 ●「拝殿基壇及び参道改修記念」碑
 ●拝殿再建記念碑
●境内社:千歳神社
●手水石
●拝殿
●本殿
●末社?
●瓦宮
●境内社:素鵞神社
●合祀社
●旧へんろ道
 本殿の裏山に旧へんろ道が続く。途中に「おくのいん」と刻まれた石標数個あり。鬱蒼とした林の中を通り抜けると、行き着く先は墓場である。

24.柳神社(小松町北川)
・祭神:大山積命、雷神、高おかみ神
●本殿
●境内社:天満宮
 ●鳥居
●境内社:荒神社
●境内社:伊勢社
●境内社:美社(みのしゃ)

25.サザンカ

26.法安寺
・宗派:高野山真言宗
・本尊:薬師如来

27.小松町武道館

28.河内八幡(かわちはちまん)神社
・祭神:市杵島姫命、誉田別天皇(応神天皇)、神功皇后、仲哀天皇、武内宿祢
●鳥居
●注連石
●狛犬
●常夜灯
●拝殿
●中殿
●本殿
●境内社:?
●瓦宮
●月岡家御先社
●瓦宮
●境内社:黒河大納言神社など(複数)

29.開谷
・河内八幡神社の脇。
・中山川水系
・土石流危険渓流

30.石土神社橋
・妙之谷川

31.石土神社
●境内社:三保神社
●境内社:川崎神社
●境内社:八幡神社
●境内社:香殿神社
●境内社:剣山城主神社/奈良原神社
●鳥居
●注連石
●忠魂碑
●鳥居
●狛犬
●楼門
●碑
●拝殿
●本殿
●瓦宮
●高灯篭

32.妙雲寺
・本尊:大日如来(真言:おんあびらうんけんばさらだとばん)
●百丁石
●狛犬
●常夜灯
●灯篭

33.石根古墳群
 石根第3号〜5号古墳を観察。

34.道前渓温泉
 温泉に漬かり、日々の疲れを癒す。客の入りが少ないのと、入浴料が300円と安価なところが魅力である。


 

2006年1月2日 野村町へ帰省


日帰りで野村町へと帰省。
松山への帰りがけ、鹿野川ダム(肱川町)湖畔に煌びやかなイルミネーションが飾られているのが目に留まり、写真に収める。


2006年1月1日 初詣

近所(松山市西垣生町)の氏神様を巡る。
1.三島神社
2.恵比須神社
3.住吉神社

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