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伊豫の隅々インデックス

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★Acknowledgement
 1999年1月11日、松野町教育委員会文化財保存対策室より、県・町指定文化財位置図を送付して戴いた。
 1998年10月11日に松野町方面散策に出向いたときに、町役場玄関脇に設置されていた「ご意見箱」に松野町を訪れての感想に加え、文化財の指定状況・位置などに関する資料が欲しい旨を記して投函していたのだが、一個人の戯れ言にもきちんと目を通してアフターケアして下さるとは、正直言って夢にも思わなかった。深く深く感謝する次第である。この場を借りて厚く御礼を申し上げます。

市町村概要


キャッチフレーズ
(1).「ロマンチックシアター森の国まつの」
(2).「花と緑と清流の里」

町の花 町の木 町の花木 町の鳥
エビネ ヒノキ

特産物

沿革

地名
町名の由来:町村合併の際、松丸村の「松」と吉野生村の「野」をとって松野町とした。
大字


文化財
河後森城跡(かごもりじょうあと)【松野町松丸】
・国指定史跡
1998/10/11 登山道のところで挫折(時間の関係上)
・国指定史跡
・鎌倉時代から江戸初期に至るまで、伊予と土佐の国境の要衝として栄えたこの地の城主渡辺氏の居城。 建久7年(1196)に居城したという系図の記録があるが、その真偽は定かでない。
・標高171mの丘陵上にある。(市街地との比高差は88m)
・鎌倉時代以来の河原淵城渡辺氏の居城跡で、「本丸、古城、新城」の三つの城郭から成っており、中世の城郭としては他に例を見ない大規模かつ大変貴重な史跡である。
・古城、本城、新城の連郭の構えと、15に余る枝城を有する県内最大規模の中世城郭で、堀切、井戸、堀立柱穴等の遺構や、輸入陶磁器、貨幣、瓦などの遺物が多数出土している。
・平成3年度から全域の発掘調査が進められている。

目黒山形模型と関係資料(274点)【松野町目黒】
・県指定有形文化財(歴史資料)
・県指定有形文化財(平成13年12月26日指定)
・1665年の、吉田藩目黒村(松野町目黒)と宇和島藩二郎丸村(松野町豊岡)の藩境争いで、江戸幕府評定所に提出する資料として目黒村が作製したもので、縦1.9m、横2.62mの木製の模型である。
・関係資料は、判決文にあたる裁許状など268点に及ぶ。

逆杖の銀杏【松野町蕨生 妙楽寺】
・県指定天然記念物

一位樫【松野町吉野 吉野蔵王神社】
・県指定天然記念物

教忠掟書【松野町 照源寺】
・町指定有形文化財

墓誌銘草稿【松野町 照源寺】
・町指定有形文化財

宮川弥勒堂【松野町宮川】
・町指定有形文化財

宮川弥勒仏像【松野町宮川 宮川弥勒堂】
・町指定有形文化財

宮川弥勒堂棟札【松野町宮川 宮川弥勒堂】
・町指定有形文化財

宮川弥勒堂建立記録板【松野町宮川 宮川弥勒堂】
・町指定有形文化財

阿弥陀如来像【松野町 広福寺】
・町指定有形文化財

天が滝の日本橋
・町指定有形文化財

芝不器男句碑
・町指定有形文化財

大門橋架経碑
・町指定有形文化財

柴田勇治頌徳碑
・町指定有形文化財

河後森城主渡邊教忠生誕300年祭碑【松野町富岡 照源寺】
・町指定有形文化財
渡部教忠一族の末裔・渡部修氏が大正14年に建立した。

大森城址【松野町延野々】
・町指定史跡

石崎城址【松野町豊岡 宮川】
・町指定史跡

山瀬城址【松野町富岡 地吉】
・町指定史跡

志摩(ヶ)城址【松野町富岡 富民】
・町指定史跡

心経(親行)ヶ森城址【松野町富岡 古屋川】
・町指定史跡

龍ヶ森城址【松野町富岡 久米地】
・町指定史跡

目黒城址【松野町目黒 上目黒】
・町指定史跡

丸山城址【松野町吉野】
・町指定史跡

森城址【松野町蕨生 真土】
・町指定史跡

朝児(あさご)城址【松野町蕨生 延行】
・町指定史跡

春日城址【松野町奥野川 本村】
・町指定史跡

陣ヶ森古戦場【松野町陣ヶ森】
・町指定史跡

鰯川口の古戦場
【松野町鰯川口】
・町指定史跡

須山口の古戦場【松野町須山口】
・町指定史跡

中盛山祝井口古戦場【松野町中盛山】
・町指定史跡

金の宮古戦場【松野町金の宮】
・町指定史跡

河原渕渡辺氏居館跡【松野町松丸 永昌寺】
・町指定史跡

芝田勇治頌徳碑【松野町富岡 富岡河内神社】
・町指定史跡

大門橋架橋碑【松野町延野々】
・町指定史跡

芝不器男句碑【松野町松丸】
・町指定史跡

ニホンタチバナ【松野町 天ヶ滝公園】
・町指定天然記念物

宮川弥勒堂のイヌマキ【松野町宮川 宮川弥勒堂】
・町指定天然記念物



城址


遺跡

野尻遺跡(のじりいせき)

広福寺遺跡(こうふくじいせき)
・12世紀頃と考えられる土器を伴って、配石遺構(はいせきいこう)や柱穴(はしらあな)が見つかっている。寺院跡と想定されている。

真土遺跡(まつちいせき)



古墳


跡地
鰯川口の古戦場【松野町松丸】

陣が森古戦場【松野町】

須山口の古戦場【松野町】

中盛山祝井口古戦場【松野町】

金の宮古戦場【松野町】

松丸旧街道【松野町松丸】
1998/10/11
・松丸の町並みは、藩政時代に宇和島藩によって計画的につくられたもので、吉田藩がつくった吉田の街とともに、伊予と土佐の交易の中心地として、大正時代まで繁栄を続けていた。
・その当時の商家や造り酒屋の建物などが、松丸旧街道の道筋に現存している。



永昌寺【松野町松丸1634】
1998/10/11
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:
永昌寺は、戦国時代には河後森城城主の館であった。清流広見川や田園風景を一望できる高台の上にある。
 
ぼけ封じ観音
・四国ぼけ封じ三十三観音霊場第16番霊場

観福寺【松野町吉野2042】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:

建徳寺【松野町目黒 中央二組】
・山号:朝雲山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・開基:
・本尊:
・本山:永平寺
 
不許葷酒入山門の碑
六地蔵
谷神様(田神様)
地蔵尊

広福寺【松野町延野々1957(松丸東組)】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:
・町内最古の鎌倉時代開山の寺。
・旧石器時代の遺跡も発見されている。
 
阿弥陀如来像
・町指定有形文化財
・正応3年(1290)の修繕記録が残されている。

正善寺【松野町】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:

照源寺【松野町富岡3025】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:
・室町時代初期の開山で、河後森城城主渡辺氏の菩提寺であった。
・河後森城城主渡辺教忠や宇和島藩の重臣桑折左衛門の墓があり、教忠掟書や墓誌銘草稿など町指定文化財の寺宝も多い。
 
観音像
渡辺教忠生誕450年にあたる平成3年に、中世の戦乱に散った将兵の霊を鎮めるために建立された。
桑折左衛門の墓
渡辺教忠の墓
教忠掟書
・町指定文化財
墓誌銘草稿
・町指定文化財
河後森城主渡邊教忠生誕300年祭碑
・町指定文化財

豊真寺【松野町豊岡】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:

妙楽寺【松野町蕨生1800】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:
 
逆杖のイチョウ
・県指定天然記念物


神社
河内神社【松野町豊岡】

河内神社【松野町富岡】

蔵王神社【松野町吉野】

天満宮【松野町蕨生】

日前神社【松野町豊岡】

御嶽神社【松野町松丸】

三島神社【松野町吉野】←現存する?
・「目黒村三島大明神棟札 …」(ふるさと目黒←吉田古記)

吉野蔵王神社【松野町吉野】
一位樫
・県指定天然記念物

和霊神社【松野町目黒 京田(中央一組)】
・旧村社。
・明治43年(1910)に目黒に鎮座していた20社を統合した。
・山家公頼の知行地であったことから、公頼の死後に徳を偲んで祠を奉った。
・祭神:山家公頼、速玉男命、菊理姫命、事解男命、伊弉諾命、伊弉冉命、天照皇大神、大国主命、事代主命、大山祇命、雷神高おかみのかみ、五蔵大神、稲倉魂神、保食大神、稚産大神、新田義行
・例祭:11月10日
 
本殿
中殿
拝殿
参篭所
素屋
陸軍兵士松崎宗吉之碑
※「ふるさと目黒」の和霊神社・瀧本神社両社全景図に記載あり。
大松
・現存せず。
※合祀社
伊都観音[上目黒]、日切地蔵[上目黒]、荒倉様[上目黒]、末代神社[上目黒]、三島神社[西の川]、龍田神社[中組]、滝本神社[中組]、新田神社[下組]

塩利様【松野町目黒】
・若山口より滑床側へ約200m。大きな岩の下に祀られている。神体は鏡。祭日は旧暦11月11日。昔、越前から来た塩利という人が川で洗濯をしていると、上から降ってきた石で腰を強打して亡くなった。この人を祀ったのが塩利様である。腰から下の病気に御利益あり。現在では安産祈願にお参りしている人が多いとのこと。(参考:ふるさと目黒)


お堂
薬師堂【松野町奥野川】

宮川弥勒堂【松野町 大字豊岡 字宮川】
・町指定文化財
・約300年前に建てられた町内最古の建築物
・藩政時代の建築様式を伝える。
・堂内には弥勒菩薩像が安置されている。
 
宮川弥勒仏像
・町指定文化財
宮川弥勒堂棟札
・町指定文化財
宮川弥勒堂建立記録板
・町指定文化財
イヌマキ



庚申塚【松野町目黒】

(ふるさと目黒)

地蔵

水引地蔵【松野町目黒】
・聖徳太子の作と伝えられる。
・土佐国安芸郡甲ノ浦より遷座したという。
 
 
水引地蔵とぶっつ和尚

(ふるさと目黒) 

飛んできた地蔵さん

(ふるさと目黒) 

水引地蔵さんと雨乞の時

(ふるさと目黒)




鬼ヶ城山系
・えひめ自然100選
御祝山
標高 998.4m
横ノ森
標高1200m
三本杭
標高1226m
八面山
標高1165m
大久保山
標高1158m
鬼ヶ城山
標高1151m
高月山
標高1229m
郭公岳
標高1010m
古鬼ヶ城
標高 812m

よがり山
・標高454m
(ふるさと目黒)

荒谷山
・標高555.8m
(ふるさと目黒)

杖立女郎峠
・標高m
(ふるさと目黒)

ふどうね(女郎山)
・標高778.5m
(ふるさと目黒)

十三ヶ屋山
・標高888.5m
(ふるさと目黒)

かぐいの森
・標高1079.5m
(ふるさと目黒)

かげひら立山
・標高509m
(ふるさと目黒)

足引地山
・標高998m
(ふるさと目黒)

笹山(はなんとや、目黒鳥屋)
・標高1156.8m
(ふるさと目黒)

長尾森
・標高1080m
(ふるさと目黒)

藤生立山
・標高877m
(ふるさと目黒)

串ヶ森
・標高1160m
(ふるさと目黒)

小屋ヶ森(まき尾)
・標高1184m
(ふるさと目黒)

鬼ヶ城(飯盛山)
・標高726m
(ふるさと目黒)

八の字山
・標高740m
(ふるさと目黒)

若山峠(若山)
・標高m
(ふるさと目黒)

ひなた山
・標高656m
(ふるさと目黒)

よごろう(よごろ山)
・標高m
(ふるさと目黒)

日の平山
・標高m
(ふるさと目黒)

城がうね
・標高456m
(ふるさと目黒)

さかり山
・標高674m
(ふるさと目黒)

もみじり山
・標高    m
(ふるさと目黒)

びしゃごの森(美砂子山)
・標高349m
(ふるさと目黒)

いわみごう立山
・標高555.8m
(ふるさと目黒)

地蔵峠
(ふるさと目黒)

東地蔵(はかりが山)
・標高   m
(ふるさと目黒)

まど山
・標高416m
(ふるさと目黒)


鉱山

川・渓谷
広見川

奥野川

荒谷川

(ふるさと目黒)

龍谷川

(ふるさと目黒)

横通り谷川

(ふるさと目黒)

保戸峯川

(ふるさと目黒)

ドジョウ谷川
・保戸峯川支流
(ふるさと目黒)

コスケ畑谷川
・保戸峯川支流
(ふるさと目黒)

桧ヶ峠谷川
・保戸峯川支流
(ふるさと目黒)

イデガ谷川
・保戸峯川支流
(ふるさと目黒)

周六谷川
・保戸峯川支流
(ふるさと目黒)

大川

(ふるさと目黒)

岡の奥川
・大川支流
(ふるさと目黒)

荒谷川
・大川支流
(ふるさと目黒)

目黒川

(ふるさと目黒)

ミョートバ川
・目黒川支流
(ふるさと目黒)

イツズガ奥川
・目黒川支流
(ふるさと目黒)

市谷川
・目黒川支流
(ふるさと目黒)

桐ヶ峠谷川
・目黒川支流
(ふるさと目黒)

馬舟川
・目黒川支流
(ふるさと目黒)

窓堀川
・馬舟川支流
(ふるさと目黒)

一叉川
・馬舟川支流
(ふるさと目黒)

国木谷川

(ふるさと目黒)

ヨチヤシキ谷川
・国木谷川支流
(ふるさと目黒)

猿谷川
・国木谷川支流
(ふるさと目黒)

下ノ谷川
・国木谷川支流
(ふるさと目黒)

びしゃご谷川
・国木谷川支流
(ふるさと目黒)

宮の前川

(ふるさと目黒)

堀木谷川

(ふるさと目黒)

蛇穴川

(ふるさと目黒)

柳谷川

(ふるさと目黒)

桐峠谷川

(ふるさと目黒)

アイガジ谷川

(ふるさと目黒)

野々北川

(ふるさと目黒)

滑床渓谷【松野町・宇和島市】
1998/7/19
・足摺宇和海国立公園
・えひめ自然100選
・四万十川源流、鬼ヶ城山系に抱かれた約12kmの渓谷。
・侵食によって出来た花崗岩の滑らかな河床が特徴。
・日本猿がたくさんおる。
★....とは書いとるものの、1998/7/19探訪時には、1匹もお目にかかることはなかったんよ。元気にしとるんじゃろうか、滑床の猿....。
★1998/10/11に広見町の金剛の滝を目指して山中を歩いておると、猿の軍団が畑の大根を一生懸命ほじくり出して食らいよった。きっと食べ物がのうて、滑床から移動してきたんじゃろう。
 
雪輪の滝
・「日本の滝100選」に指定されている。
・高さ80m、幅20m。
雪輪の滝展望台
千畳敷
出合滑
森の国ロッジ
・ヨーロッパ山荘風の外観を持つ町営宿泊施設。
・1994年7月20日落成
・木造二階建て
・延べ622u
森の国ホテル
・町営宿泊施設。
万年荘
・町営宿泊施設。ユースホステルも兼ねる。
万年橋
・滑床渓谷遊歩道入口に架かる。
万年橋の碑
・横縦12m。花崗岩の自然石。
・碑文縦2m、横1.6m「」(ふるさと目黒)
駒とめの岩
引きの岩
=ヒキ(ビキ)の岩=ガマの岩
岳見岩(だけみいわ)
氷室跡
・「氷室というのは、冬の一番寒い頃、この谷間に結氷した天然氷を集め、特に日陰で湿気の少ない土地を選んで、4〜5mもある深い穴を掘り、穴の周囲を石で囲い、その中に雨水などの入らぬようにして、穴の上にはカヤなどで屋根を葺いたものです。穴の底にはオガクズを60〜90cm敷き、その上に深山の氷(約1000kg)をおさめ、更にその上にオガクズをかたく1mもつめて氷が夏までも十分に保存出来るように仕掛けてあるものです。この氷室が使われていたのは、徳川時代末頃(1810)までといわれています。宇和島地方に名高い和霊神社の夏祭がある頃、売り出されて人気をよんでいました。これなどは、先祖たちの生活の知恵の■■をみせてくれたものといえましょう」 高知営林局宇和島営林署 昭和44年1月
碑「この森にあそび この森に学びて あめつちの心に近づかむ」
・岡田倉太郎氏(松野町初代町長)の言葉。
大ー(おおくら)の滝
・落差約35m
白崖(しらがけ)



雪輪の滝

大ー(おおくら)の滝


ダム


浅辺橋
・大川
・昭和36年9月竣工(「ふるさと目黒」に写真あり)
(ふるさと目黒)

寺橋
・大川
(「ふるさと目黒」に写真あり)
(ふるさと目黒)

高橋
・大川
・昭和39年8げつ竣工(「ふるさと目黒」に写真あり)
(ふるさと目黒)

松平橋
・大川
・昭和45年3月(「ふるさと目黒」に写真あり)
(ふるさと目黒)

大高橋
・大川
(「ふるさと目黒」に写真あり)
(ふるさと目黒)

若山口橋
・大川
・昭和36年1月架設(「ふるさと目黒」に写真あり)
(ふるさと目黒)

万年橋
・大川
(「ふるさと目黒」に写真あり)
(ふるさと目黒)

境谷橋
・小川
(ふるさと目黒)

谷口橋
・小川
(ふるさと目黒)

馬舟口橋
・小川
(ふるさと目黒)

中央橋
・国木谷川
(「ふるさと目黒」に写真あり)
(ふるさと目黒)

ふじのもと橋
・国木谷川
(ふるさと目黒)

堀木橋
・国木谷川
(ふるさと目黒)

地蔵峠口橋
・国井谷川
(ふるさと目黒)

西之川橋
・西の川
(ふるさと目黒)

袖野橋
・西の川
(ふるさと目黒)

板尾橋
・西の川
(ふるさと目黒)

藤ヶ生橋
・藤ヶ生川
(ふるさと目黒)


風景
石ヶ内風穴【松野町】


洞窟・鍾乳洞

樹木
ニホンタチバナ【松野町】
・町指定天然記念物
・吉田藩主が植えたという。

逆杖のイチョウ【松野町蕨生 妙楽寺】
・所有者:妙楽寺
・県指定天然記念物(昭和25年10月10日指定)
・根周り12m、高さ 30mに達する老大樹で、地上近くから5本の枝に分かれている。
・弘法大師が立てた杖が芽吹いてこの樹になったという伝説がある。

逆杖の銀杏【松野町奥野川 薬師堂】
・旅僧が奥内の遊鶴羽にやってきて、百姓らに一夜の宿を乞うた。親切な老夫婦は僧を厚くもてなした。
・僧は山を下りるときに銀杏の枝を手折り、これを杖にして薬師堂まで下りてきた。堂守りの婆に「ここの村人の親切の御礼に、この杖を突き刺します。きっと来年には芽をふき、村内の人々に無病息災の日々が訪れるでしょう」と告げて去っていった。
・その杖は僧が告げた通り、そこに根付き、芽吹いて今では大樹になっている。

一位樫【松野町吉野 吉野蔵王神社】
・所有者:蔵王神社
・県指定天然記念物(昭和24年9月17日指定)
・吉野蔵王神社境内に並んで立つ2本の大樹で、神木として崇められている。
夫婦木とも呼ばれる。
・根周り7m、樹高20m。
・老樹のため、幹の下部は空洞になっている。

イヌマキ【松野町豊岡宮川 宮川弥勒堂】
・宮川弥勒堂境内にある大木で、樹高約27m。








地蔵峠【松野町】
 
地蔵
・元は庚申塚であったものか?
山犬の伝説 



 
俳句小径:芝不器男句碑(1)
【松野町JR松丸駅前】
「 汽車見えて やがて失せたる 田打かな 」
俳句小径:芝不器男句碑(2)
【松野町役場前】
「 うまや路や 松のはろかに 狂ひ凧 」
俳句小径:芝不器男句碑(3)
【松野町松丸不器男記念館】
「 筆始 歌仙ひそめく けしきかな 」
俳句小径:芝不器男句碑(4)
【松野町】
「 柿もぐや 殊にもろ手の 山落暉(やまらっき) 」
俳句小径:芝不器男句碑(5)
【松野町永昌寺】
「 ふるさとの 幾山垣や けさの秋 」
俳句小径:芝不器男句碑(6)
【松野町】
「 あなたなる 夜雨(よさめ)の葛の あなたかな 」
・伊予の国から遥々仙台に来たときの情緒を詠った。
俳句小径:芝不器男句碑(7)
【松野西小学校校庭】
俳句小径:芝不器男句碑(8)
【松野町スポーツ広場】
「 澤の邊(さわのへ)に 童と居(を)りて 蜘蛛合(くもあわせ) 」
俳句小径:芝不器男句碑(9)
【松野町豊橋袂】
「 泳ぎ女(およぎめ)の 葛隠るまで 羞ぢらひぬ 」
俳句小径:芝不器男句碑(10)
【松野町まつの温泉前】
「 ふるさとや 石垣歯朶(しだ)に 春の月 」
俳句小径:芝不器男句碑(11)
【松野町】
「 風鈴の 空は荒星 ばかりかな 」
俳句小径:芝不器男句碑(12)
【松野町】
「 永き日の にはとり柵を 越えにけり 」
俳句小径:芝不器男句碑(13)
【松野町JR松丸駅北大門橋袂】
「 寒鴉(かんがらす) 己(し)が影の上(え)に おりたちぬ 」
俳句小径:芝不器男句碑(14)
【松野町大門橋北】
「 桑原に 登校(とこう)舟つく 出水かな 」
俳句小径:芝不器男句碑(15)
【松野町 虹の森公園】
「 川蟹の 白きむくろや 秋磧(あきがわら) 」
俳句小径:芝不器男句碑(16)
【松野町 虹の森公園】
「 卒業の 兄と来てゐる 堤かな 」
俳句小径:芝不器男句碑(17)
【松野町 虹の森公園】
「 秋の日を とづる碧玉 数しらず 」

故陸軍兵士松崎宗吉君招魂祭碑【松野町目黒】
・明治28年6月25日建立
(ふるさと目黒)

忠魂碑【松野町目黒】
・大正11年4月建立
(ふるさと目黒)

毛利万太郎翁顕彰碑【松野町目黒 和霊神社境内】
・昭和30年11月建立
(ふるさと目黒)

河野定芳君顕彰碑【松野町目黒 建徳寺境内】
・昭和43年12月1日建立
(ふるさと目黒)

殉職之碑坂本勇【松野町目黒 目黒隧道入口】
・昭和47年11月
(ふるさと目黒)


公園
虹の森公園(にじのもりこうえん)【松野町延野々1510-1】
1998/7/19、1998/10/10〜11
 
森の国ガラス工房
じゃぶじゃぶ池
・水深20〜30cmの浅い池。足漕ぎの水車などがあって、小さいお子様連れには好適な場所。
ちびっこ広場
四万十川学習センターおさかな館
安全・安心まちづくりコスモス園
・平成16年(2004)11月開園。

天ヶ滝公園【松野町奥野川上組】
奥野川上流部にある落差30mの瀑布「天ヶ滝」を中心とした公園。
 
ホンタチバナ
・町指定天然記念物
滝壷
・村娘と大蛇の悲恋の伝説が伝わる。

伊井公園(いいこうえん)【松野町】
・広さ2haの園内に、桜、躑躅、菖蒲などの季節の花が咲き乱れ、町民の憩いの場となっている公園。
・4月初旬にはサクラとコメツツジを見に訪れる花見客で賑わう。
・丘をめぐる地四国八十八ヶ所地蔵のコースがある。

松丸公園(まつまるこうえん)【松野町】
 
松野温泉(まつのおんせん)
 

文殊公園(もんじゅこうえん)【松野町】
・園内には 4000本の紫陽花が植えられており、七色の花が美しさを競い合っている。また、サクラやモミジの古木も多く、流水を利用した庭園と相俟って幽玄な雰囲気を醸し出している。
・園内にある文殊堂は、古くから知恵を司る仏像として信仰を集めている。


祭り

イベント

施設
四万十川学習センターおさかな館【松野町延野々1510-1】
1998/7/19
・電話番号:0895-20-5006
・交通:JR松丸駅から徒歩5分
・四万十川支流広見川の辺にある。
・開館時間:10:00〜17:00
・休館日:毎週水曜日
・入館料:大人800円、小人400円
・99種、約12,000匹の淡水魚を展示する。
・日本一の清流「四万十川」をはじめとする淡水に棲息する魚を中心とした水族館。
・1997年4月12日に四国初の淡水魚水族館として開館した。
(1).四万十川の四季
(2).四万十川の生態系
(3).四万十川の生物
(4).ふれあいコーナー
(5).広見川の漁
(6).熱帯雨林の生物

★1998/7/19探訪時には、藤部吉人氏の「森の魚展」というのをやっとりました。

松野町立不器男記念館(生家)【松野町松丸】
1998/10/11
・電話番号:0895-42-1584
・JR松丸駅正面出口から南へ 200m、角を左に折れてすぐのところにある。
・延べ面積316.34u、木造2階建。江戸末期の庄屋づくりの建物のである。
・昭和63年3月に開館した。
・昭和初期の俳壇に彗星の如く現われ、その天賦の才で注目を浴びた芝不器男の生家を記念館として保存している。
・館内には、芝不器男直筆の短冊や日記帳などの縁の品々が展示されている。
目黒特産品販売所【松野町目黒】
目黒ふるさと館【松野町目黒684-2】
・電話番号:0895-43-0148
・松野町に伝わる昔乍らの昭和屋敷を模した建物で、当時の生活用具や農具などを展示している。
・蔵を利用した展示室には、宇和島藩と吉田藩の目黒山境界争いに際しての幕府の裁定に関する絵図や文書類が展示されている。
・目黒村絵図は、東西312cm、南北260cmの大きさで、黒・赤・茶・青の4色で描かれている。原図は寛文4年(1664)に作成されたと見られている。(展示物は複製品)
・寛文5年(1665)に作成された山形模型は、銀杏の木に彫り刻んだ畳3枚の大きさのもので、300年前の測量としては驚くべき精密さであり、学術上も大変貴重なものである。

青少年旅行村(藤ヶ生荘)【松野町】
・電話番号:0895-43-0068
・滑床渓谷入口に位置する宿泊施設。
・中央管理棟の他にログハウスが3棟ある。
・周囲にはキャンプ場やアスレチック広場などがある。

森の国ガラス工房松野町富岡】
1998/7/19
・虹の森公園内。
・環境保護と資源の再利用を目的につくられた。
・ガラス製造過程が見学できる。
・ガラス工芸教室やガラス製品のショールームも併設されており、ガラスの魅力を存分に堪能できる。

町ふれあい交流館【松野町松丸】
・JR予土線・松丸駅構内に設けられた温泉・福祉複合施設。
・平成14年10月17日落成。
・2FLには温浴施設「森の国ぽっぽ温泉」が設けられている。


学校

温泉
松野温泉(まつのおんせん)【松野町】
1998/10/10
・入浴料:大人250円、子供150円(年中無休)
・電話番号:0895-42-0506
鬼ヶ城山系郭公岳の麓に湧出する日平温泉から引湯している。
・泉質は弱アルカリ性単純泉で、リューマチ性疾患、運動機能障害、神経症、疲労回復などに効能がある。
・周辺は松丸公園として整備されている。

森の国ぽっぽ温泉【松野町松丸】
・JR予土線・松丸駅構内に設けられた「町ふれあい交流館」2FLの温浴施設。
・「森の湯」「虹の湯」の浴室がある。無料で利用できる「足湯」もある。
大門温泉より引湯している。


伝説

目黒山境界争い【松野町】
 明暦3年(1657)の夏、宇和島藩初代藩主伊達秀宗の第二子宗純が、宇和島藩領の内81ヶ村浦を分封され、吉田藩三万石が創立された。このことは宇和島藩にとって減封であり、藩主宗利や藩士の不満が山境公事の遠因ともなったと考えられる。
 またこの分封のために、目黒村は吉田藩領として宇和島藩領の村に囲まれた飛地となり、兄弟である目黒村次郎丸村の庄屋が境界を争い、これによって両藩の境界をめぐる深刻な事件へと発展した。
 事件は明暦4年(1658)の春、目黒村の庄屋長左衛門が宇和島藩の杣人を取り押さえたことに始まった。長左衛門は組頭を使者として、兄である次郎丸村の庄屋兵左衛門に報告し、その夜目黒村の親元でこの事件を論議したが、立場の違いや利害の関係から意見が対立し、宇和島・吉田両藩の公事となったのである。両藩では庄屋の口上書や調査をもとに何度も交渉したが決定せず、山境の未決定地域の山は両藩の入相山として、当分の間御用木の伐採を中止することを申し合わせた。
 萬治4年(1661)、宇和島藩の山奉行が目黒村奥の藤ヶ追谷で木材を伐採したことで再度山境争いが勃発したが、両藩の交渉は最初から紛糾して、相互対立は激化する一方であった。更に寛文2年(1662)、寛文3年(1663)と争いが続いたが、遂に吉田藩は江戸屋敷に連絡を取って目黒村庄屋長左衛門らに幕府へ直訴させることにした。寛文4年(1664)の春、長左衛門とその親方元・農民代表は300里の道中を乞食の姿で江戸へと行き、幕府の寺社奉行加賀爪甲斐守井上河内守へ訴え出た。その訴状には、宇和島藩次郎丸村庄屋兵左衛門目黒村の山境を狂惑させていること、両藩主が兄弟であるために家老や奉行が遠慮して埒があかないことなどを記した。
 幕府の評定方は訴状を取り上げ、宇和島・吉田両藩立会で裁断することにして、絵図の作成と提出を命じた。5月、長左衛門が江戸から帰り、寺社奉行の命令書を次郎丸村庄屋兵左衛門に渡して、両藩教義の上目黒村絵図と山形模型の作成にかかった。その作業にあたって、両藩の関係者は起請文を記し、天地神明に公平に作業することを誓った。

江藤新平逮捕
 江藤新平(1834〜1874)は佐賀藩出身の政治家で、明治政府の司法卿・参議であったが、明治7年(1874)に征韓論反対に異を唱えて佐賀で反乱を起こした。これが佐賀の乱である。
 佐賀の乱において政府軍に敗れた江藤らは四国への逃亡を図った。
大分の戸の浦から三崎村(現在の三崎町に渡り、酒屋隅田屋に停泊し、そして八幡浜、卯之町、吉田のルートで宇和島入りした。
 宇和島市袋町の島屋に潜伏後、滑床越えのルートで松丸に入ったが、ここで敢え無く逮捕された。

曽我兄弟家来在住伝説
・等妙寺(広見町)の理玉和尚が目黒村に巡行した際、2人の老翁に曽我兄弟の話をした。すると、翁達は「実は我等は曽我兄弟の家来、鬼王段三郎です。我等も主君同様、修羅の巷に苦しみ続けていたのだが、和尚の教化によりその苦しみから脱することができます」と言って、牛玉・鹿玉・大豆3粒を和尚に奉った。
・この2つの玉は等妙寺に残っているという。

駒とめの岩【松野町目黒 滑床渓谷】
曽我十郎が数丈の深い谷を馬で飛び越したときの蹄の跡が残っているという。

引きの岩=ヒキ(ビキ)の岩=ガマの岩【松野町目黒 滑床渓谷】
 ・曽我兄弟の家来の鬼王段三郎が大岩を引いて立て籠ったという。

目黒のエボシ岩【松野町目黒】 ※領分け伝説

蛇の穴【松野町目黒】 ※大蛇燃焼伝説


キャンプ


海水浴


人物


その他



《References》



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