[KOMIL:KOtaro's Miscellaneous 
Information Laboratory]
Copyright (C) Kotaro Iseki (1996〜2022).
All rights reserved
伊予の隅々
こたろう博物学研究所
市町村別情報庫
鬼北町
(旧・広見町)

【トップページ】 

【伊豫の隅々インデックス】

【カテゴリ別インデックス】

市町村概要
愛媛県 広見町  高知県 南国市 土曜市
 姉妹提携    昭和59年9月に、広見町近永日曜市と南国市土曜市とが姉妹提携をし、以後、市開催を通じて交流を深めている。
→鬼北町になってからはどうだろう?


キャッチフレーズ
(1).「緑と清流のまち 豊かで住みよい定住のまちづくり」
(2).「山・川の恵み、自然がときをきざむ里」

市の花 市の木 市の花木 市の鳥
ツツジ ヒノキ

特産物
比女錦筐(ひめにしきばこ)
・木と伝統和紙を組み合わせた伝統工芸品。優雅な和紙と繊細な技で織りなす落ち着いた趣がある。
復権ハウス (木製品)
・復権ハウスは、優良小径木を使い、壁をバルネ化し、柱に差し込むだけで簡単に組み立てられる。
麦味噌
・愛媛の麦味噌は、麦麹の歩合が高く、麦独特の芳香を有し、さらっとした甘味が特徴。
ゆずの里
 ユズロイヤル(ジュース)他、特産の柚を使った商品。
ポン酢しょうゆ
・特産の鬼北ユズのエキスをブレンドしたもの。
雉
鬼北産もみ・コシヒカリ

沿革
昭和30年3月 好藤村・愛治村・三島村・泉村・近永町の5 か町村が合併。
町名の由来:四万十川源流広見川の名をとった。

地名
大字 字


文化財

善光寺薬師堂(1棟)【広見町小松 善光寺】
1998/10/10
・所有者:善光寺
・国指定重要文化財[建造物](昭和53年6月27日指定)
・善光寺境内にある仏堂。
・室町期の禅宗様式(唐様)の特徴を備えた建造物。四国では最南端に位置する。
・昭和57年(1982)、復元修復完了。
・三間堂で屋根は方形造り。茅葺き。
・堂内の中央に四天柱を立てた形式は室町時代末期の一間四面堂の伝統を継承したものと考えられている。

薬師堂厨子【広見町小松 善光寺】
1998/10/10
・国指定重要文化財(昭和53年6月27日指定)
・一間厨子。入母屋造り、板葺。禅宗様の建造物。

清明祭・伊予神楽【広見町内深田 大本神社】
・国指定重要無形民俗文化財(昭和56年1月25日指定)
・伊勢神楽の系統に属する。

鬼北文楽【広見町出目】
・所有者:毛利高光
・県指定有形民俗文化財(民俗資料):鬼北文楽人形頭・衣裳道具一式(昭和52年1月11日指定)
・明治30年頃、東宇和郡野村町坂石での公演後に解散した淡路の人形浄瑠璃上村平大夫一座の人形と衣装は、一旦地元の素封家に売却された。それを昭和10年に北宇和郡泉村(現広見町)在住の文楽愛好家毛利善穂氏が譲り受け、泉文楽(鬼北文楽)一座が創設された。
・今は人形頭42個、衣装道具などがのこされている。(人形頭、衣装、道具は県指定有形文化財)
・文楽は町指定無形文化財。

岩谷縄文遺跡【広見町岩谷】
・所有者:広見町
・県指定文化財[史跡](昭和57年3月19日指定)

伊予神楽【広見町】
・曲目は日向の岩戸神楽と関連性がある。
・台本としては元文3年(1738)宇和島の八幡神社神主渡辺応曹編の「伊予神楽舞歌並次第目録」がある。
・宇和島・北宇和郡内の神社に古くから奉納されるもので、鎌倉時代から伝承される。
・別名「男子四国神楽」と呼ばれ、神職だけで演じられる。
・神楽は35場からなり、勇ましい太鼓や笛の音に合わせて足どり身振りおもしろく踊る様は見物客を魅了する。
・全演目35場まで演じると一晩を要したが、現在は省略され、三時間程度で終了する。

清水五ツ鹿踊り【広見町清水】
・県指定無形文化財(昭和40年3月29日指定?昭和52年1月11日指定?)
・所有者:清水五ツ鹿踊り保存会
・元和元年3月18日伊達秀宗が宇和島の地に移封された折、仙台地方の鹿踊りを宇和島藩内に伝えたもので、農耕以前の狩猟時代にシカやイノシシなどの豊猟を祈願した祭祀行事から発展したと言われている。
・一人立ち風流仙獅子舞の系統で、古い形の面影を残している。

ウバヒガン/イトザクラ【広見町内深田 大本神社】
・所有者:大本神社
・県指定天然記念物(昭和24年9月17日指定)

木造薬師如来坐像および二天十二神将【広見町小松 善光寺】
・町指定有形文化財[彫刻](昭和52年10月28日指定)

木造如意輪観音倚像・毘沙門天及び不動明王立像【広見町芝 等妙寺】
・町指定有形文化財[彫刻](昭和52年10月28日指定)

木造釈迦如来坐像及び木造虎関師錬倚像【広見町上川 龍渕寺】
・町指定有形文化財[彫刻](昭和52年10月28日指定)

木造千手観音坐像【広見町清延 宝樹寺】
・町指定有形文化財[彫刻](昭和52年10月28日指定)

両界曼陀羅【広見町芝 等妙寺】
・町指定有形文化財[絵画](昭和52年10月28日指定)

授戒本尊画像【広見町芝 等妙寺】
・町指定有形文化財(平成12年3月31日指定)

書本般若経【広見町沢松 吉蔵寺】
・町指定有形文化財[典籍](昭和52年10月28日指定)

長楽寺記【広見町清水 金泉寺】
・町指定有形文化財[典籍](平成12年3月31日指定)

庚申塔と慶長の墓碑【広見町吉波 常願寺】
・町指定民俗文化財[信仰](昭和52年10月28日指定)

成杖寺六道図【広見町内深田 成杖寺】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)

観音寺千手観音【広見町西野々 観音寺】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)

成藤新田神社棟札【広見町成藤 新田神社】
・町指定有形文化財(平成12年3月31日指定)

笛吹池【広見町清延】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)

奉公明伝集【広見町清水】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)
・奉公明伝集は、奥州伊達の門士桑原仲綱が、上意により病魔の診断及び治療法を一冊にまとめたもの。
・縦18cm、横13cm、113頁、巻末に起請文があり、当時の獣医書の貴重さがうかがえる。

下大野庄屋長屋門【広見町下大野】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)

円通山善福寺跡逆修塔・宝篋印塔【広見町】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)
・宝篋印塔陀羅尼経を納めておく塔で、善福寺跡には、鷹の森城主・佐々木綱吉の墓とされる墓碑塔と法華経壱千部読供着塔がある。逆修塔は基礎、扉、尾根からなる石*で室の中には石仏三体が安置されている。生前にあらかじめ死後の幸福を祈って仏事を修めることとされている。

禅定寺阿弥陀如来像【広見町広見 禅定寺】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)
・天台密教(台密)系の木彫座像で、仏頂97cm台座は無し、窯管時代の作とされ、寄木造りという手法が使われ、おそらく禅定寺が天台宗に属したころの本尊仏といわれている。

禅定寺唐櫃【広見町広見 禅定寺】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)

禅定寺戒檀石【広見町広見 禅定寺】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)

大本神社棟札【広見町広見 大本神社】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)

白王天満神社棟札【広見町延川 白王天満神社】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)

一の宮大明神経筒【広見町興野々】
・町指定有形文化財(平成7年2月27日指定)

武士狩野古戦場【広見町近永】
・町指定記念物[史跡](昭和52年10月28日指定)

多武が森城址【広見町】
・町指定記念物[史跡](昭和52年10月28日指定)

鬼北文楽【広見町岩谷】
・町指定民俗文化財(平成9年7月25日指定)
愛媛県 広見町  鬼北文楽(人形頭・衣装道具一式)(全町)
  鬼北文楽の名は県文化財指定申請にあたって命名されたもので、もと「泉文楽」と称して昭和28年まで公演を行ってきた人形座であった。 昭和10年、旧泉村の愛好者であった毛利善穂は、坂石の三瀬家から頭、道具一式を譲り受け、泉文楽を開いた。 人形頭は記名のあるもの17点を合め計42点あり、天狗久(天狗屋久吉)作が7点含まれている。昭和44年に所有者宅の火災に伴い、大部分が損傷を受けたが、昭和58年に修理が完了し、現在は町民会館で展示公開されている。 由緒ある人形や香り高い伝統芸は、鬼北文楽の名でこの地に受け継がれている。    県指定有形文化財

広見轟の甌穴群【広見町広見轟】
・町指定記念物[地質](昭和52年10月28日指定)

安森鍾乳洞【広見町小松】
・町指定記念物(平成7年2月27日指定)

河内神社の大杉および社叢【広見町下大野 河内神社】
・町指定天然記念物[植物](昭和52年10月28日指定)

西野々のクロガネモチ【広見町西野々】
・町指定天然記念物[植物](昭和52年10月28日指定)

法師庵の大イチョウ【広見町大宿】
・町指定天然記念物[植物](昭和52年10月28日指定)

成杖寺大イチョウ【広見町内深田 成杖寺】
・町指定天然記念物[植物](平成7年2月27日指定)

天満神社社叢【広見町奈良 天満神社】
・町指定記念物(平成7年2月27日指定)

水分層【広見町奈良】
・町指定記念物(平成7年2月27日指定)



城址

鳥屋の森城址【広見町生田】
・町指定記念物[史跡](昭和52年10月28日指定)
・鳥屋の森城址は、比高77mの上城と下城、中城連係の平山城で、下城の南西北面は急峻で上城は東方の峰続きに筒井坂越の退路を要し、南面は下城出曲輪と中城の間に井戸ケ谷池を挟む蟹構え、中央麓は摺鉢状の蟻地獄で切岸、土塁、堀切の防御態勢固き城塞である。

一の森城址【広見町吉波・西仲】
・町指定記念物[史跡](平成7年2月27日指定)

武士狩野古戦場【広見町近永】
・町指定記念物[史跡](昭和52年10月28日指定)

多武が森城址【広見町】
・町指定記念物[史跡](昭和52年10月28日指定)
・多武が森城址は、南北朝の築城と推定され、標高370mの山岳城郭で「呂の字形」の曲輪を山頂から下方に向けて梯状に配置し、背後の備えを囲めるため「堀切り」が設けてあり、戦国時代に入ってからは、山城に瓦葺きの家を建て常駐したものであるといわれている。

西野々城【広見町西野々】
・城主は能登守。
西野々城主の切腹 
西野々の古井戸
主人の声を聞き分けた名馬

鷹ノ森城址【広見町川上(葛川)】
・高の森とも記す。
・標高347m。
→See.「都道府県別 日本の中世城館調査報告書集成 第19巻 四国地方の中世城館 愛媛・高知」、東洋書林

松ヶ森城址【広見町出目】
・松ノ森山(標高170m)にある。
→See.「都道府県別 日本の中世城館調査報告書集成 第19巻 四国地方の中世城館 愛媛・高知」、東洋書林



遺跡

岩谷(いわや)縄文遺跡【広見町岩谷】
・県指定史跡
・縄文時代の配石遺跡。
・広見川沿いの段丘上にあり、環状列石が検出されている。
→See.「愛媛の風土と観光」、愛媛県商工労働部/愛媛県観光協会、平成5年3月

松浦宗案の墓【広見町】
・大森城主土居清良の諮問に「親民鑑月集」(世界最古の農書)を以って答申し、農業の開発進展に貢献した松浦宗案は、天正15年(1587)以降西野々に穏棲し研屋の屋号で農業を営み没したと伝う。 大正8年「以特旨贈正五位」の叙位に輝き、同9年その伝達式が墓前で挙行された。後世敬*なる郷人の遺徳を偲び崇敬祭祀している。

龍天廃寺跡【広見町下大野】
・町指定記念物[史跡](平成7年2月27日指定)
・下大野北方700m標高550mの御開山開拓地は、竜天寺廃寺跡で、元享3年(1323)中尾坂城主平釆女正吉貞が徳翁禅師に開山せしめ、永享三年(1431)には仲翁禅師が復興、星文、立室と栄えるも蒲安和尚の時魚成奈良谷に移転し、禹門山竜沢寺と改称現存する。廃寺跡には2世星文和尚の墓地(一石丘輪塔)が残存するのみである。

旧等妙寺跡【広見町中野川1035番地】
・町指定記念物[史跡](平成12年3月31日指定)※参考文献によれば平成10年度指定と記されている。
・鬼ヶ城連山の郭公岳北側中腹、標高340mの位置にある。(市街地との比高は約200m)
・天台宗山岳寺院としての伽藍配置。
・元応2年(1320)の開基。理玉和尚により開山された。
・宗派:天台宗
・本尊:如意輪観音
・西園寺宣房の庇護を得て12坊まで造営し、後醍醐天皇から勅願寺と定められた。
・日本四箇戒場の1つであった。(宝戒寺[関東]、薬師寺[加賀]、鎮興寺[肥後])
・豊臣秀吉四国征伐後、天正15年(1587)戸田勝隆の宇和郡入りによって寺領や寺宝を没収され、翌天正16年(1588)、伽藍焼失し、一気に荒廃した。
・平成3年度〜平成5年度の3年間、広見町による遺跡詳細分布調査が実施された。平成6年以降も年次的に発掘調査が継続されている。
・礎石、柱穴、石列、石積などの遺構が確認されている。
・土師質土器、陶磁器、金属製品などの遺物が出土している。

→参考文献「山寺サミットinひろみ 広見町の中世山岳寺院『等妙寺跡』」、出渕公造、文化協会えひめ No.32、2004年8月、愛媛県文化協会



古墳


跡地

寺

安楽寺【広見町大宿】
・山号:浄光山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:阿弥陀如来
・「開基不知 大乗経書本」(広見町誌)

観音寺【広見町西野々922】
・山号:普門山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:千手観世音菩薩
・「豊後今川作当身七尺鎌倉時代(1528) 享録年中西野々城主能登守建立」(広見町誌)
観音寺千手観音
・町指定有形文化財

吉蔵寺【広見町沢松】
・山号:沢松山
・院号:
・宗派:臨済宗妙心寺派
・本尊:地蔵菩薩
・「文和三年(1354)建立」(広見町誌)
書本般若経
・町指定有形文化財[典籍]

玉泉寺【広見町小倉800】
・山号:心勝山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:地蔵菩薩
・「時代不詳。昭和2年改築」(広見町誌)

五穀寺【広見町国遠】
・山号:延寿山
・院号:
・宗派:高野山真言宗
・本尊:延命地蔵菩薩
・「本堂建立寛永十五年再建 明暦三年(1657)」(広見町誌)

金泉寺【広見町清水】
・山号:
・院号:
・宗派:
・本尊:

成杖寺【広見町内深田】
・山号:鳳凰山
・院号:
・宗派:臨済宗妙心寺派
・本尊:釈迦如来
・「明治二年三月再建 銀杏700年(約1200)」(広見町誌)
鳳凰山成杖寺六道図

成福寺【広見町大字興野々1767】
・山号:医王山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:釈迦如来
・「寛永五年(1628)十一月二十七日河原渕河後森城主渡辺教忠開基」(広見町誌)

常願寺【広見町吉波】
・山号:船河山
・院号:
・宗派:臨済宗妙心寺派
・本尊:阿弥陀如来
・「吉田古記に記せるものなし 今は一尺余の立像のみ」(広見町誌)
庚申塔と慶長の墓碑
・町指定民俗文化財[信仰]

禅定寺【広見町広見】
・山号:大安山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:千手観世音菩薩
・多武ヶ森城主の菩提寺であった。
・「宝歴六年龍沢寺三十世本高伴師により開山」(広見町誌)
・地四国の88番札所
禅定寺阿弥陀如来像
・町指定有形文化財
禅定寺唐櫃
・町指定有形文化財
禅定寺戒檀石
・町指定有形文化財

善光寺【広見町小松1557】
1998/10/10
・山号:医王山/祥雲山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:阿弥陀如来/薬師如来
薬師堂
・国指定重要文化財(昭和52年6月27日指定)
・薬師如来の由来は、文治1年(1185)壇ノ浦合戦に敗れた平家の残党松浦氏が小松村に逃れ、城下の庵寺に木像を建立したに始まる。正平13年(1358)坂上四郎左衛門がこれを修理した。
※広見町誌には、「宗祖 宝徳三年(1450)八月十五日 国宝薬師堂文明十五年(1483)建立」と書いてある。
・薬師堂並びに厨子は、室町期の禅宗様式(唐様)の特徴を備えた建物で、四国では最南端に位置する重要な物件として昭和52年に国の重要文化財に指定された。
・薬師堂は東面した三間堂で、屋根は寄棟造茅葺、室内中央の四天王柱(4本を2本に省略)は、平安時代以来の一間四面堂の伝統を継承したもの。
・昭和55年度から2年かけて解体修理が行われ、江戸初期移築時の形態に整備された。
・厨子は一間厨子で、堂内にある。入母屋造本瓦葺風板葺であり、組物は三手先結組、軒は二軒扇■である。質が良く保存もよいので扇■も桟唐戸と共にそのまま残っている。
木造薬師如来坐像及び二天十二神将
・町指定有形文化財(昭和52年10月28日指定)
・木造薬師如来坐像は、厨子内に安置されている。坐像は、像高70cm、雲光背85cm、台座76cmの結跏跌坐で、左手に薬壷を捧げ(薬壷はなくなっている)、右手は施無畏印を結んでいる。桧材の寄木造りで鎌倉期の作である。
・二天十二神将は薬師堂内に安置され、二店(多聞天、増長天)立像は、像高50cmの桧材寄木造り、十二神将立像は、像高30cmの桧材寄木造りで、共に少しばかりの虫害、欠損はあるが、造立当時の面影をそのまま残し、守護侍として12体残っている。

善福寺【広見町川上】
・山号:円通山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:十一面観世音菩薩
・「元久元年(1204)佐々木雅之頭開基 昭和三十二年三月三十一日善光寺に合併」(広見町誌)

大泉寺【広見町下大野】
・山号:瑠璃光山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:薬師如来/十一面観世音菩薩立像
・「享保十一年(1726)九月二十日龍沢寺二十五世開山」(広見町誌)

長泉寺【広見町生田457-1】
・山号:医王山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:薬師如来
・「建立不詳 元和年間(1615)」(広見町誌)

長楽寺【広見町清水】
・山号:金泉山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:釈迦如来
・「応永元年源頼貞建立」(広見町誌)
長楽寺記
・町指定有形文化財

等善寺【広見町東仲】
・山号:柏林山
・院号:
・宗派:臨済宗妙心寺派
・本尊:観世音菩薩
・「明治二十五年再建 元応二年(1320)理玉開山」(広見町誌)

等妙寺【広見町芝612】
1998/10/10
・山号:奈良山
・院号:
・宗派:天台宗
・本尊:如意輪観世音菩薩
・延暦22年(803)、京都比叡山の南渓聖明上人という僧が、ここの堂を建立し、如意輪院と名付けたのが始まりと言われる。
・その後五百余年を経て、元応2年(1320)、理玉上人が本尊如意輪観音を祀り、等妙寺(天台宗)と改称した。
・中興開山以来10年間に二十有余の堂坊、伽藍が完成し、元弘1年には後醍醐天皇の勅願寺となり、戒檀院を置くに至ったが、さらに正平年間に足利に二代将軍義詮が永野市500石(一説では400石)の地を寺領として寄進したので寺運益々栄え、末寺は72ヶ寺と称せられた。
・然るに天正15年(1587)板島(宇和島)丸串城主戸田勝隆によって寺領を没収され、かつ落雷のため殆どの伽藍を消失したので、天正18年芝村の長者鎌田氏の協力を得て移転した。
・室町期の寺宝が多数秘蔵されている。
→c.f.松野町滑床渓谷
・「延暦二十二年叡山 奈良朝後期聖明上人上人達」(広見町誌)
日吉神社
・桓武天皇の勅命により入唐した伝教大師が天台国清寺の山王祠を模し、比叡山にを建立したのが始めとされ、祭神は大山咋神。
・大師が大和国三室山大三輪神を勧請し神号を山王と奉り、比叡山の守護神とした。これが日吉神社の起源と伝えられる。
・等妙寺開山理玉和尚により、等妙寺が創建されたときに山王権現日吉神社として祭られた。
・天正16年城主による等妙寺焼き討ちの暴挙に日吉神社も類焼した。
・享保5年、現在地に再建された。
・現在の社殿は平成4年12月に建立された。
両界曼陀羅
・町指定有形文化財[絵画]
如意輪観音像御開帳等妙寺再建四百年祭記念の碑
・平成5年10月10日〜12日
曽我兄弟亡霊伝説

福成寺【広見町延川】
・山号:如意山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:千手観世音菩薩
・「昭和三十二年七月二十七日善光寺に合併」(広見町誌)

仏言寺【広見町西仲】
・山号:白石山
・院号:
・宗派:臨済宗妙心寺派
・本尊:聖観世音菩薩

宝樹寺【広見町清延】
・山号:清延山
・院号:
・宗派:臨済宗妙心寺派
・本尊:釈迦如来
木造千手観音坐像
・町指定有形文化財[彫刻]

萬福寺【広見町畔屋316】
・山号:宝泉山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:地蔵菩薩
・「再興元和六年(1620)」(広見町誌)

龍渕寺【広見町上川】
・山号:瑞雲山
・院号:
・宗派:曹洞宗
・本尊:釈迦如来
木造釈迦如来坐像及び木造虎関師錬倚像

ミニ四国八十八ヶ所【広見町西組】
・百余年前、地元の篤志家が八十八ヶ所の土を持ち帰り建立したと伝えられる。


神社

天御中主神社【広見町本谷】
1998/10/10
・金剛滝入口のところに鎮座する。

大本神社【広見町内深田(うちふかた)】
・祭神:国常立尊、伊弉冉尊、軻遇突智命(かぐつちのみこと)
・延暦19年(800)、現神社の裏、深田山に伊弉冉命・火産霊神(かぐづちのかみ)の二柱が降臨したという。
・それから約500年後、国常立命(くにとこたちのみこと)を合祀し、大本大明神となった。
・更に約300年後の南北朝の時代、現在地に遷座したという。
本殿
・享保六年(1721)、吉田藩三代藩主・伊達村豊が造営したもの。
藩主の御座所
藩主御染筆(ごせんぴつ)の和歌
清明祭・伊予神楽
・国指定重要無形民俗文化財(昭和56年指定)
・4月5日に行われる。
・100年以上の歴史を誇る。
ウバヒガン/イトザクラ

河内神社【広見町下大野】
河内神社の大杉および社叢
・町指定天然記念物[植物]

天満神社【広見町奈良】
奈良天満神社社叢
・町指定天然記念物

新田神社【広見町成藤】
成藤新田神社棟札
・町指定有形文化財

白王天満神社【広見町延川】
白王天満神社棟札【広見町延川】
・町指定有形文化財

弓滝神社【広見町国遠1007】
夏越祭
・7月25日


お堂

庚申堂【広見町広見】
・本尊は、人間の吉凶禍福を司るという青面金剛である。
・戦国時代に多武ヶ森城の間道を守護するために祀ったと伝えられる。
・地四国の1番札所

愛宕山権現堂【広見町広見】
・もと多武ヶ森城城砦があった。


塚

地蔵

日切地蔵【広見町】
・90年程昔、この土地の有志が松山市の日切地蔵善勝寺より勧請した。
・日を決めて願をかければ利益をあずかる。


祠

山

高月山【広見町奈良/宇和島市】

・標高 1228.8m
・広見町最高峰。

東高月山【広見町】

郭公岳【広見町中野川/宇和島市/松野町】
・標高 1010m
・奈良山とも呼ばれる。
旧等妙寺跡

櫨ヶ森(羽勢森)【広見町奈良/宇和島市】
・標高 1064m

戸祇御前山【広見町延川/日吉村】
・標高 946.1m

三島富士【広見町】

若山【広見町奈良/宇和島市】
・標高 827.9m

泉ヶ森【広見町牛野川/宇和島市】
・標高 755.2m

小泉ヶ森【広見町牛野川/三間町】
・標高 566.6m

オタフク山【広見町北川/内深田】
・標高 447m

高越森【広見町中野川/奈良】
・標高 478m

ろうろう山【広見町国遠/出目/西野々】
・標高 408m

高森山【広見町沢松/三間町】
・標高 378.8m

茶臼ヶ森【広見町吉波/内深田】
・標高 357m

綱付山【広見町生田/三間町】
・標高 762.9m

穴滝【広見町生田/野村町】
・標高 777m

丸岩【広見町大宿/城川町】
・標高 649.7m

鷹巣有山【広見町大宿/下大野】
・標高 616.5m

宝巌岳【広見町西野々/下大野】
・標高 484m

石ヶ森山【広見町畦屋/成藤/清水】
・標高 364.3m

御在所山【広見町小松/城川町/日吉村】
・標高 908.1m

団坊【広見町川上/日吉村】
・標高 818m

鳥泊【広見町川上/日吉村】
・標高 738.6m

小戸祇【広見町延川/川上】
・標高 734m

丸畑【広見町川上/日吉村】
・標高 665.3m

御開山【広見町下大野/城川町】
・標高 663.5m

高岡山【広見町小倉/西野々】
・標高 381.9m

小倉富士【広見町小倉】
・標高 643.4m

鷹ノ巣山【広見町岩谷/興野々/出目】
・標高 445m

京ノ森【広見町興野々/岩谷/上川】
・標高 363.6m

大坂山【広見町小松/川上】
・標高 680.3m

赤滝山【広見町上川/松野町】
・標高 557.5m

とやの森【広見町上川/松野町】
・標高 724m

山之神【広見町興野々/松野町】
・標高 260m

深田山【広見町内深田】
・大本神社の裏山。

松ノ森山【広見町出目】
・標高170m。
松ヶ森城


鉱山

川・渓谷

広見川

成川渓谷【広見町奈良奥山成川】

・えひめ自然100選
・行ってみよう!えひめ感動の地20選
・足摺宇和海国立公園(昭和47年11月10日指定)の一角、鬼ヶ城連山の清流を集める。
・火成岩特有の岩肌と老樹の影を落とす清流の景観が四季折々の風情を見せる。
 
成川温泉
高月温泉
成川渓谷休養センター
・ペンション&レストラン
・電話番号:0895-45-2639
ベロ岩
ダルマ岩

轟甌穴群【広見町】
・町指定文化財
・数百個の甌穴が群集し、奇岩・怪石の乱立する天然の造形美は、広見川の清流と調和している。
・南予で自慢できる甌穴の一つで、長さ200mの岩盤に、大小300個余りの甌穴が見られ、地域一帯は、天然の奇岩・怪岩、春のツツジ、夏の若鮎躍動、桂林を思わせる名勝地となっている。


滝

三次郎滝【広見町】

トジガ滝【広見町】

天狗滝【広見町】
・川奥川上流

金剛滝【広見町本谷】
1998/10/10
・二股瀬川上流
・高さ20m、巾4m
・広見町の最高峰高月山から郭公岳にかけて連なる尾根を水源とし、豊富な水量は四季涸れることなく、飛瀑を見せており壮観である。
・昔この滝に蛇が住みついていると伝えられ、村人によって和霊様の奥方をお祭りする祠を設けていたこももあり、猟師を滝壷に引き込もうとした蜘蛛の伝説も残っている。
★猿が居る。畑の中に猿がもの凄い数、犇めいている。畑の大根の食い荒らしている。今夏、滑床渓谷に行っても1匹の猿とも出会わなかったのだが、食物を求めてはるばる山の反対側斜面に降りてきたのだろうか。 (1998/10/10)

蛇王滝【広見町】
・成川渓谷

御幣滝【広見町】
・成川渓谷(南奈良川)

子平滝【広見町】
・東奈良川

成王瀬滝【広見町】
・成泰川上流

安森滝【広見町安森】
・安森川

鉞滝(いかりだき)【広見町下大野】
・広見川支流下大野川上流
・高さ10m

鳴王瀬滝(なるおうぜだき)【広見町坂立】
・広見川支流下大野川上流
・高さ20m
・坂上二郎衛門の伝説がある神秘的な滝。
・下からの眺めが良い。

男滝(おだる)女滝(めだる)【広見町大藤】
・大藤川上流

龍王滝【広見町内山 夫婦岩】
・大宿川支流内山川上流
・高さ15m。

夫婦滝(樽淵二段滝)【広見町小松 安森鍾乳洞】
・安森川上流


ダム


池

笛吹池【広見町清延 柏田】
・天平2年(730)の築造。
・貯水料67,000トンは、広見町で3番目の大きさ。

市越池【広見町市越】
・広見町最大の貯水量(420,000トン)。

アチ谷池【広見町奈良 小串】
・貯水量97,000トンは、広見町で2番目の大きさ。


橋

風景

洞窟・鍾乳洞

安森鍾乳洞【広見町小松】
1998/10/10
 
安森洞ふれあいの里
 ・標高450mにある秘境の鍾乳洞。中に入ると、樽淵洞窟、氷河期の化石や骨、風穴などが見られる。
・洞窟の冷水を利用した「そうめん流し」は、丸太と杉皮茸で建築されたロマン亭で食べられる。
・樽渕二段滝口では釣りができ、ハイキングコースもある。
・周辺には、雉飼育場、水車小屋、休憩所、虹鱒養魚場等がある。 
安森鍾乳洞
鍾乳洞
・安森洞は昭和54年より地元保存会で開発され、現在80m程掘り進められている。
・安森洞上方に安森鍾乳洞がある。ジャコウ鹿、月の輪熊、日本鹿、狸など、数万年前から10万年前の化石骨が出土されたが、今は遺跡保存のため閉鎖されている。
・安森洞は、石炭紀から三畳紀の石灰岩に空いた縦穴鍾乳洞で、古くより知られていたが、昭和35年横浜国立大学鹿間時夫教授らによる調査結果、第四氷期(10万年前)に大陸より渡来し、2〜3万年前に滅びたジャコウジカをはじめ、アナグマ、タヌキなど多数の動物の化石約26種が採集され、日本でも大変貴重な発見となった。    町指定文化財
夫婦滝(樽淵二段滝)
たるの権現(石灰岩の侵蝕地形)
・天然記念物(昭和59年7月指定)
・夫婦滝に向かう径から谷を挟んで向こうにそそり立つ岩柱(ビュート)。
石鎚蔵王大権現
ふるさとの家安森
素麺流し
・6月26日〜8月31日 10:00〜17:00
・大人400円、子供300円、幼児100円
・問い合わせ先:0895-48-0818


樹木

ウバヒガン/イトザクラ【広見町内深田 大本神社】
・県指定天然記念物(昭和24年9月17日)
・エドヒガン(別名ウバヒガン)、イトザクラ(シダレザクラ)など桜の群生が県の天然記念物に指定されている。本殿左右にある古木は「伊達桜」と呼ばれる。

・「花は大本 南国一よ 殿のお手植え 伊予桜」(民謡)
・「花は大本 南国一よ 殿のお手植え 伊達桜」(民謡)←こちらが正解か。

・藩主が仙台より移植したものであるという。
・目通り幹周 4.5m
・毎年、同社春の大祭の清明祭(四月五日)のころ満開になり、参拝者の目を楽しませる。

・「古くは品種を楊貴妃と称し、淡紅の一重房咲きで同時に淡緑の葉を出し、その姿態品位高く、華麗にして花の雲を仰ぐがごとく楊貴妃の名にふさわしい」「宇和島、吉田両藩主、毎年観桜の行事あり」(看板)

法師庵の大イチョウ
・法師庵のイチョウは、雌株根廻り10m、樹齢約300年、目通りの周4.46m、枝張り25m×20m、樹高18.00mで、地上4mぐらいから太い枝を出し、見事な柱瘤が10個以上見られる。

西野々のクロガネモチ
  西野々のクロガネモチは、根廻り4.5〜5m、目通り2.5mと1.2mの2本に分かれ、枝張り16m、樹高は13m、樹齢360年(推定)の雄株で、全体傘状をしており、土地の人々は「アオギ」と呼び、民間信仰の対象となっている。

河内神社の大杉と社叢
  河内神社の大杉は、根廻り10.4m、目通り5.9m、枝張り20四方、樹高32mで、他にイチイガシ(根廻り12.5m、目通り5.3m、樹高17m)・カヤ(根廻り4.9m、目通り2.9m、樹高30m)・イヌマキ(根廻り9.3m、根通り2.4m、樹高17m)をはじめ5本のすばらしい大木がある。




花

道


峠

うひら峠【広見町】
→c.f.赤滝山


碑

丹後の碑【広見町小倉大藤】
丹後の墓
→c.f.丹後の山猫退治


公園

鬼北総合公園【広見町永野市(ながのいち)】
・平成9年度完成。
・ローラースライダー、多目的広場、テニスコート(計画中)、体育館、菖蒲園などがある。
・市越池周辺へのグランドゴルフ場、ボート乗り場、トリムコース等の増設工事は、平成13年に完成。
→See.「愛媛の風土と観光」、愛媛県商工労働部/愛媛県観光協会、平成5年3月

奈良川緑地公園【広見町永野市(ながのいち)】
・総面積2.6ha。
・芝生広場、児童プール、テニスコート、ローラースケート場、いもたき会場
→See.「愛媛の風土と観光」、愛媛県商工労働部/愛媛県観光協会、平成5年3月

清家公園【広見町】
戦没者慰霊塔
西国三十三ヶ所観音霊場

愛治公園【広見町愛治】
老人保養センター清水荘(霜村温泉)

市越池公園【広見町】


祭り

近永日曜市(毎月第3日曜日)【広見町近永】

子泣かし天狗祭(1月上旬)【広見町】
・平成14年で12回目。
・地元の和太鼓集団「魁」と町、町教育委員会が主催する。
・山から里に下りてきた天狗が、泣き叫ぶ子供の幸せを神通力で叶えるという想定。

  天狗(てんぐ)が子供を抱え、健康と幸せを祈願する北宇和郡鬼北町の恒例行事「子泣かし天狗祭」が8日、同町近永の広見体育センターであった。
 地元の太鼓集団「魁(さきがけ)」と町、町教委主催。今年で16回目。祭りは、太鼓の音に誘われて山から里に下りてきた天狗が、神通力で泣き叫ぶ子供の幸せを祈るという想定で行われる。
 今年は2004年に生まれた町内の幼児ら54人が参加。薄暗い会場内に太鼓の音が響き始め、真っ赤な顔で白装束に身を包んだ天狗が登場すると、さっそく子供たちは大泣き。
 順に名前が呼ばれ、父母らとともにステージに上がって天狗に抱えられると、顔をこわばらせて一層泣き叫ぶ子供が見られた。「元気に育て」「かわいく育て」との天狗の声に合わせて、父母らが大太鼓を打ち鳴らし、我が子の健やかな成長を祈っていた。(健康と幸せ祈る「子泣かし天狗祭」 鬼北、愛媛新聞、2006/01/08)
 

広見町駅伝競走大会(1月中旬)【広見町】

ウォークラリー大会(3月上旬)【広見町】

鬼北農業まつり(3月中旬)【広見町】

安森洞そうめん流し(6月下旬〜8月末日)【広見町】

夏越祭り(7月25日)【広見町】

「でちこんか夏の陣」源流広見川上り駅伝大会(8月中旬)【広見町】

広見川灯篭流し(8月30日)【広見町三島】
・しばらく途絶えていたが、1992年保存会(「広見川灯籠流し保存会」)が結成され復活。
※2004年で13回目を数えた。
・地元住民が太鼓や鉦を鳴らして念仏を唱える中、蝋燭に火を灯した灯篭が川に流される。
・新仏や先祖の冥福を祈願する。

奈良川いもたき(8月下旬〜9月末日)【広見町】

広見スポーツレクリエーション祭(9月上旬)【広見町】

「でちこんか秋の陣」(10月第3土・日曜日)【広見町】


イベント

施設

森の三角ぼうし【広見町永野市】
1998/10/10
・道の駅
・平成10年1月16日にオープンした林産物等展示販売施設。
・営業時間:09:00〜18:00
・定休日:月曜日

成川渓谷休養センター【広見町成川(奈良)】
・国道320号線成川入口より約4km。
・原生林が生い茂る成川渓谷の中にたたずむ宿泊施設や食堂が完備した山小屋風建物で、キャンプ場やロッジも近くにある。 隣接して高月温泉があり、成川渓谷休養センターを利用する人なら無料で温泉浴が楽しめ、大浴場の窓から四季折々の渓谷美が堪能できる。


学校

温泉

成川温泉【広見町成川】

高月温泉【広見町成川】
・ラジウムと硫黄の混合泉で、万病に効用がある。

清水荘
・愛治地区の中心部、清水(せいずい)に湧出する冷鉱泉を誘引した低張性アルカリ性冷温泉。
・毎週月・火曜日休業


伝説

曽我兄弟亡霊伝説【広見町中野川 等妙寺】
・元応2年(1319)、淡路出身の理玉和尚がここで修行して寺を建てようと定めて、人里に下りて行ったところ、谷川の辺に黒毛の馬を洗う2人の男がいた。(馬洗い=水神を洗う=神迎え)
・夕暮れに近くなっていたので、宿を尋ねたところ、2人は弟の家に和尚を案内した。それは天人の楼閣とも思えるほどの荘厳華麗な邸で、ご馳走を出してもてなしてくれた。
・和尚が不思議に思い名を尋ねたところ、2人は曽我十郎祐成、五郎時致といい、「富士の裾野の巻狩にて父のかたきを討ったが、捕らえられて首をはねられた。宿世の業を終えることができぬため、修羅の巷にあって、1日2度の苦しみにあえいでいる。今まさにその時刻であり、どのような怪異が起こっても驚いてはなりませぬ」と言った。
・すると、どこともなく大勢の敵が押し寄せ、切りかかってくる。兄弟も応戦するが、やがて討たれてしまう。その時、美女が瑠璃の鉢に水を入れ、それを2つの屍に注ぐと、兄弟は夢から覚めるように生き返るという有り様であった。
・理玉和尚は兄弟の供養のために等妙寺を建立した。

・等妙寺開山理玉和尚が奈良山に入ったとき、黒毛の駒を洗う二人の男に出会い、彼らが持っている仏舎利2粒を貰い受けた。
・この二人の男こそ、曽我兄弟の亡霊であった。
・等妙寺縁起に依れば、和尚は鬼王、団十郎に出会って、牛玉、鹿玉、大豆を渡されたという。
 
等妙寺と曽我兄弟
(広見町誌)

御開山龍天寺の話 
…
(広見町誌)

丹後の山猫退治【広見町小倉】
戸祇山の奥山に山猫が住んでおり、この山猫は夜になると里に下りてきて家畜を食い荒らした。この山猫は何百年も生き、人々の言葉さえも聞き分けることができるといわれていた。
困った村人達は隣村の大藤に丹後という鉄棒の名人がいることを聞き、山猫退治を依頼した。丹後は快く引き受け、村人の案内で戸祇山に向かった。
谷川沿いに上り、雄滝・雌滝のそばの険しい山道を登りきると、山頂が見えた。草原の真ん中あたりが踏み荒らされたように横倒しになっている。一人の村人が「毎夜ここで山猫どもが踊り明かすので、このように踏み荒らされている」と言った。丹後はこの話を聞き、草原が人目で見通せる場所に身を隠す囲いを作り、村人を村に帰した。
その夜、大小数百匹の猫の群れが草原に集結し、人間と同じように2本足で踊りを始めた。その群れの真ん中に大猫がおり、その猫に狙いを定めて丹後は銃の引き金をひいた。しかし、猫の群れは見る見る間にかき消え、大猫の爛々と光る目だけが、丹後のほうを睨みつけている。もう一発、もう一発と打ち続けるがカーンという音だけが返ってきて、山猫はあざ笑うかの如く、草むらの向こうへ消えていった。
それから毎日銃を撃ち続けるが一向に仕留めることはできなかった。
やがてその年の大晦日の晩、今夜こそはと丹後は草原を見据えていた。
山猫達は「今夜は大晦日の夜、丹後も居ないだろう。蓑も笠も脱ぎ捨てて踊ろう」と何やら脱ぎ捨てて踊っている。狙いを定めて丹後が銃を撃つと、ギャーという悲鳴とともに大猫がとびあがった。その途端、戸祇山全体が揺れ動き、激しい風が吹き荒れた。やがて揺れと風がおさまり、大猫のところへ近寄って見ると、大猫の全身は銀の針のような毛で覆われ、近くには沢山の弾痕の付いた大釣鐘がころがっていた。
それから後、この地方は丹後の生誕地の大藤の名前をとって、「小倉大藤谷」と呼ばれるようになった。
 
大藤谷の化け猫
(広見町誌)

畔屋三勇士 
…
(広見町誌)

戸祇山の伝説
  その昔このあたりは西園寺家の所領であったが、天正8年5月長宗我部元親を将とする土佐軍が幡多郡(現高知県)から攻め入ってきた。また大友の軍勢が九州から迫り、腹背に敵を受けた西園寺軍は危機に陥ったのである。河後の森城主渡辺式部少輔、芝一族は出目川で善戦したが、撤退を余儀なくされたのである。その夏の夕暮れ、峰伝いに山の奥深く逃げてゆく女性の一群があった。その中の一人にやつれている気品を備えた多武が森城の奥方「戸祇御前」がいたのだ。山頂で濡れた衣装を乾かしていたが、腰巻きの赤い色が仇となり敵軍に発見されて、死んでいったのである。それから幾百年戸祇の霊峰はこの哀史を伝えているのである。    「広見町誌」 昭和60年3月より

戸祗御前
(広見町誌)

笠地蔵
  むかし、むかし、おじいさんとおばあさんがおっての。あしたはお正月じゃというのに、食べるもんが何もなかったけん、おじいさんが、「あの笠でも売ってお金をくめんして食べるものをこうて(買って)もどろ。」と、おばあさんにいうて笠売りに行ったんじゃ。けんど(けれども)、笠がひとつも売れんもんやけん、それでもどりよったら、帰り道にお地蔵さんが頭へ雪かぶって寒そうなけん、笠をきせてあげた。家に帰って、おじいさんが、「きょうは帰り道でお地蔵さんが、頭へ雪をかぶって寒そうにしておいでたけん、笠をきせてあげた。」と、おばあさんに話しよったら、夜、だれやら起こす人があるけん、「まあ、なにごとじゃろう。いまごろお金をとりに来てもありゃせんが。」というて、おじいさんが、出てみたら、あのお地蔵さんがの、お米やら、お金やらを持ってきてもろうとっての(くださったので)、おじいさんとおばあさんはええ(よい)お正月をしたんと。そんで(それで)人間はやっぱし正直で信心をせにゃいけん(しなければならない)ちゅうことよ。    「新装愛媛のむかし話」 平成3年より

三次郎とお菊愛犬「シロ」 
…
(広見町誌)

金剛淵の蜘蛛 
…
(広見町誌)

蛇王様の由来 
…
(広見町誌)

清水霊泉夜話 
…
(広見町誌)

西野々城主の切腹 
…
(広見町誌)

西野々の古井戸 
…
(広見町誌)

主人の声を聞き分けた名馬 
…
(広見町誌)

ひじり様の由来 
…
(広見町誌)

高森城と白岩様 
…
(広見町誌)

コマイヌになった豊治 
…
(広見町誌)

村境を越えた牛 
…
(広見町誌)

鮎返りに咲いた恋の花 
…
(広見町誌)

庄屋、横目小頭の処刑 
…
(広見町誌)

市越と竜王様
 高知の秤屋に一人娘がいたが、親が二重秤を用いて不正の利を得たため、その罰が下り、娘の身体に鱗が生えてしまった。龍の化身となったのである。
 娘は川上へと転々とし、中野川の池へと辿り着いた。心配して後をつけてきた母親に「二度とこの池に来ないで」と告げると、龍の姿となり、池の底深くに沈んでしまった。
…
(広見町誌)


キャンプ

海水浴
※広見町に海はない!→鬼北町に海はない!

人物

林家源平
 ・広見町出身の落語家。

兵頭精
 ・広見町出身の女性飛行士第1号。

松浦宗案
 ・430年ほど昔、世界最古の農書を著し、地域の農業発展に貢献した。


その他


《References》
・


ご意見・ご感想は

kotaro@kotaro-iseki.net

まで