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伊予の隅々
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(旧・津島町)

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伊豫の隅々インデックス

カテゴリ別インデックス

市町村概要


キャッチフレーズ
(1).「豊かな自然と人情あふれる南楽園の町 "つしま"」

町の花 町の木 町の花木 町の鳥
菖蒲(しょうぶ) 山桃(やまもも) 白鷺(しらさぎ)


特産物
【名産】
真珠
善助もち

【日本一】
真珠(生産量、生産額、質)
大ウナギ(県指定記念物)
・体長2m、体重21.7kgの大うなぎを昭和10年に捕獲した。
光円寺ソテツ(樹齢300年)
手作りジャンボ観光案内板(7m×5m、ヒノキ木彫り)
磯釣り・船釣りのメッカ(由良半島、竹ヶ島周辺)


沿革
昭和30年2月に岩松町・畑地村・下灘村・北灘村・清満村・御槙村を合併して津島町を発足した。


地名
町名の由来:旧来新町の全域が津島郷と呼ばれており、この呼称を町名として採用した。
 
大字


文化財

木造観世音菩薩坐像(1躯)【津島町岩淵 満願寺】
2005/9/17
・県指定有形文化財[彫刻](昭和43年3月8日指定)
・木造一木造りの坐像で、平安時代後期の作といわれる。
・像高90p
・内刳りを施して背板を矧ぎ、粗豪な作風を示している。
・胎内には「行基」の木札が打ちつけられているが、これは後年にだれかのいたずら書きというのが定説。

木造薬師如来坐像(1躯)【津島町岩淵 満願寺】
2005/9/17
・県指定有形文化財[彫刻](昭和43年3月8日指定)
・島根県の一畑薬師、宇和町の山田薬師それに、この薬師像を加えて、行基菩薩作の一木三体一刀三礼の「三大薬師」といわれている。
・像高102.5p
・木造一木造りの坐像。
・頭、体部を通じて前後二材を寄せ、首柄を設けず、粗豪な作風のものである。

禅蔵寺薬師堂(1棟)【津島町上畑地 禅蔵寺】
2005/9/17
・県指定有形文化財[建造物](昭和57年3月19日指定)
・禅蔵寺本堂の南側にある。
・天文9年(1540)ごろ、鶴ケ森城の鶴御前のため津島城主越智越前守通孝が祈願寺として再建したとき建立したのが、そのままの形態で残っていると伝えられている。
・この建物は、方3間(間口5.61m、奥行5.62m)一重方形造、萱葺屋根で、室町時代末期の様式を残して江戸中期に再建されている。
禅蔵寺薬師堂
・県指定有形文化財(昭和57年3月19日指定)
「この建物は、方三間(間口・奥行5.61m)、一重、方形造、茅葺である。
創建は室町時代末期とされその様式を残して江戸中期に再建されている。
外部は素朴な草庵風の、日本の伝統的民家様式で構造及び内部意匠は唐様である。
特に花頭窓は禅宗様の古い形のものである。
建築年代は板札によると天正年間(1573〜1591)とあるが、寺の伝説によると天文九年(1540)ごろ、畑地鶴ヶ森城の鶴御前のため、津島城主越智通孝が祈願寺として建立したと伝えられる。
平成二年三月三十一日、向背・花頭窓・内陣をそのままに解体修復した。

木造童形御神像(1躯)【津島町高田 高田八幡神社】
2005/9/17
・県指定有形文化財[彫刻](昭和43年3月8日指定)※境内説明書きでは「昭和43年3月5日指定」
・榧(かや)材一木造り立像。
・鎌倉時代作
・像高101.5p。
・髪はみづらに結い、その先を両肩の前に長く垂らし、袍衣をつけ、沓をはき、両足を開いて立っている。曲げた両臂の手首から先を失っているので、何の像か明らかではないが、額広く頬が張り、童形ながら威厳のある像容である。
昔は上谷部落にあった神社のご神体と伝えられるが、明治の神社合併のさい、高田八幡神社に合祀されたもので、毛利博士の鑑定によると、像にえくぼがあるところから、鎌倉時代後期の作といわれている。

瓶子(へいし)(1口)【津島町高田 高田八幡神社】
2005/9/17
・県指定有形文化財[工芸品](昭和43年3月8日指定)※境内説明書きでは「昭和43年3月5日指定」
・口節高24.7p、口径3.7p、口高2.2p、底の直径10p、胴径中14.6p、節目が四段で瀬戸灰釉の神事用の器物。
・南北朝後期(約650年前)の作と推定されている。
・記録が残っていないので詳しいことはいっさい不明だが、昔、神事用として一対(2個)だったのが、1個紛失し、1個しか残っていないのではないかとみられる。

高田八幡文書(1巻)【津島町高田 高田八幡神社】
2005/9/17
・県指定有形文化財[書跡・典籍・古文書](昭和43年3月8日指定)※境内説明書きでは「昭和43年3月5日指定」
・県指定有形文化財
・10通の文書を巻子一巻に装丁したもの。
・鎌倉末期〜室町時代の文書で、高田八幡神社に関する寄進状・譲渡状・願文・下知状から成る。
■徳治二年九月 三善朝臣神田寄進状
■嘉暦三年九月 平家盛大鷹願文
■暦応二年十一月 越智俊氏願文
■その他鎌倉、南北、室町時代の古文書

二重柿【津島町岩淵 満願寺】
2005/9/17
・県指定天然記念物(昭和23年10月28日指定)

岩松川の大ウナギ【津島町 岩松川】
・県指定天然記念物(昭和43年3月8日指定)
・町中央公民館に体長1.56mのウナギがホルマリン漬けで保存されている。
・天正年間(約400年前)に高田八幡神社の瀬上りの太刀石丸善助により退治された大蛇の化身とも言われる。
「大ウナギは、宇和海に注ぐ岩松川の下流や、岩松皮の支流の増穂川下流に生息しているもので、昔から名物的な存在として知られてきた。しかし、近年は河川の改修が進み、ほとんどその姿を見ることができなくなっている。
 この大ウナギは別名アカウナギ、カニクイ、カニクイウナギとも呼ばれ、赤味を帯びた灰色の皮にゴマ模様の斑点があるのが特徴である。しかし、脂が多く、身はしまりがないので食用には不向きとされている。
 なお、これまでに発見されたもののうち、最大のものは昭和10年(1935)に捕獲した体長2m、重さ21kgのものである。
 本来、熱帯性の魚類で、インド、マレーシア、アフリカ、オーストラリアなどに分布する。」(愛媛の文化財、愛媛県教育委員会文化財保護課、愛媛教育委員会、平成5年3月31日)
    
ソテツ【津島町曽根 光円寺】
・県指定天然記念物(昭和44年2月18日指定)

宇和海特殊海中資源群【津島町/内海村/御荘町/西海町/城辺町】
・県指定天然記念物(昭和40年4月2日指定)
・由良半島から城辺町に至る海岸地先の生物群のうち海岸動物類、貝類、海藻類が県指定天然記念物。

サギソウ自生地【津島町御内 源池公園】
2005/9/17
・県指定天然記念物(昭和43年3月8日指定)

獅子頭【津島町高田 八幡神社】
2005/9/17
・町指定有形文化財(昭和38年10月1日指定)
・鎌倉時代作

棟札【津島町高田 八幡神社】
2005/9/17
・町指定有形文化財(昭和41年 4月1日指定)
・室町時代
・天文十三年十二月願主越智朝臣通孝
・天正十年十二月願主越智朝臣通顕

棟札【津島町御代の川 白王神社】
・町指定有形文化財(昭和38年10月1日指定)

棟札【津島町北灘 三島神社】
・町指定有形文化財(昭和38年10月1日指定)

十六善神(仏画)【津島町高田 金龍寺】
・町指定有形文化財(昭和45年 9月24日指定)

十六善神由来書【津島町高田 金龍寺】
・町指定有形文化財(昭和45年 9月24日指定)

大般若経【津島町近家 名徳寺】
・町指定有形文化財(昭和38年10月1日指定)

十字水須恵器【津島町 津島高等学校】
・町指定有形文化財(昭和44年 3月1日指定)

阿弥陀如来像【津島町御槙 円覚山 少林寺】
・町指定有形文化財(昭和38年10月1日指定)

阿弥陀如来像【津島町曽根 東林山 光円寺】
・町指定有形文化財(昭和42年 3月6日指定)

阿弥陀如来像【津島町北灘面浦 瑞林寺】
・町指定有形文化財(昭和42年 3月6日指定)

阿弥陀如来像【津島町塩定自治会】
・町指定有形文化財(昭和49年11月9日指定)

七条のけさ【津島町岩淵 満願寺】
2005/9/17
・町指定有形文化財(昭和43年 1月10日指定)

青銅鏡【津島町岩淵 満願寺】
2005/9/17
・町指定有形文化財(昭和38年10月 1日指定)

十一面観世音菩薩像【津島町山財 通正寺】
・町指定有形文化財(昭和38年10月1日指定)

千手観音像【津島町山財 報恩寺】
2005/9/17
・町指定有形文化財(昭和44年 3月1日指定)

如意輪観世音菩薩像【津島町北灘 慈済寺】
・町指定有形文化財(昭和44年 3月1日指定)

薬師如来像【津島町鴨田】
・町指定有形文化財(昭和38年10月1日指定)

薬師如来像【津島町牛ノ浦集会所】
・町指定有形文化財(昭和46年 1月29日指定)

須弥壇と勾欄【津島町上畑地 禅蔵寺】
2005/9/17
・町指定有形文化財(昭和41年 4月1日指定)

念仏鐘【津島町塩定自治会】
・町指定有形文化財(昭和49年11月9日指定)

有田焼壺【津島町塩定】
・町指定有形文化財(昭和49年11月9日指定)

六斉鉦【津島町上槙】
・町指定無形文化財(昭和46年1月29日指定)
・旧盆施餓鬼供養として行われる行事で、鉦五つ、太鼓一つで死者の霊を弔うものである。現在は新暦8月5日に行われる。

神木一本杉【津島町高田 八幡神社】
2005/9/17
・町指定天然記念物(昭和47年3月23日指定)

しいの木【津島町槙川 少林寺】
・町指定天然記念物(昭和38年10月1日指定)

ならの木【津島町槙川石原】
・町指定天然記念物(昭和44年3月1日指定)

大蘇鉄【津島町曽根 光圓寺】

さぎ草【津島町御内】
2005/9/17

大公孫樹【津島町岩松 三島神社】
2005/9/17

ゴウラ窯跡【津島町御内】
・町指定史跡(昭和61年4月30日指定)
・窯跡は殆ど破損しているが、登窯の煙道が明瞭に確認できる。
・平安後期から鎌倉期のもので、中世の窯業を知る上で貴重な存在。



城址

和泉ヶ城【津島町岩渕】
・「岩淵村に在り 曽根近江入道通之居る」(伊予温故録)

御手洗城【津島町岩渕】
・「岩淵村に在り 城主不知」(伊予温故録)

山崎城【津島町岩渕】
・「岩淵村に在り 城主不知」(伊予温故録)

天ヶ森城【津島町岩松】
・天ヶ森山(標高334m)にある。
→See.「都道府県別 日本の中世城館調査報告書集成 第19巻 四国地方の中世城館 愛媛・高知」、東洋書林

・「岩松村に在り 津島越前守通孝安芸守通繁彌三郎通顕居る 岩松郷、岩藤郷、清光郷、来村郷の内にて高一万石の地を領す 初めは高田村釈迦ヶ森城に居り 後ち当城に移る 最初は祝森村甲斐ノ森城にも居たよし 河野分限録
 津島三郎通顕 津島城主手勢四十五騎
  寄騎衆
  岩藤與左衛門尉繁昌  西新蔵人入道
  曽根近江入道通之  上高田善介通宗
 以上四騎 合四十九騎」(伊予温故録)

松ヶ城【津島町岩松】
・「高田村に在り 釈迦ヶ森城の枝城なり」(伊予温故録)

釈迦ヶ森城【津島町高田】
・「高田村に在り 津島越前守通孝居る 後岩松村天ヶ森城に移る」(伊予温故録)
・「高田村に在り 城主越智越前守通孝安芸守通繁弥三郎通顕等也 西園寺十五将の一人にて、岩松郷・岩藤郷・清水郷・来村郷内にて高壹万石を知行して世に津島殿と称すと云」(愛媛面影)

鶴ノ城(鶴ヶ森城)【津島町上畑地】
・「上畑地村に在り 城主不知」(伊予温故録)

藁江城【津島町近家】
・「近家浦に在り 享禄中但馬守橘高村居る 又式部太夫孝義居る」(伊予温故録)

門石城【津島町近家】
・「近家浦に在り 藁江城の枝城なり」(伊予温故録)

ひしやこの森城【津島町近家】
・「近家浦に在り 藁江城の枝城なり」(伊予温故録)

向城【津島町近家】
・「近家浦に在り 藁江城の枝城なり」(伊予温故録)

西ノ丸城【津島町近家】
・「近家浦に在り 藁江城の枝城なり」(伊予温故録)



遺跡

池の岡遺跡【津島町御内(みうち)】
・源地公園から約300m東の小さな谷川を挟んだところに位置する。
・縄文早期の押型文土器、縄文前期の九州系土器・局部磨製石斧・石鏃などが最終されている。
・大分県姫島産の黒曜石製の石器が多数出土している。出土する黒曜石の量では四国随一である。

犬除遺跡【津島町御内】
・縄文時代後期の遺跡。
・道路拡張工事中に発見された。
・出土遺物数は10,000点にも及び、同時期の出土数としては県内最大級である。
・石器、剥片、石核などが出土している。
・調査に当たった町教育委員会や県埋蔵文化財調査センターでは、縄文後期の石器工房であったと見ている。
・近くに流れる松田川の河原の石を加工し、四国西南地域一帯に石器を供給していたと見られる。

中駄馬遺跡【津島町御内】



古墳

円通寺【津島町弓立140】

観音寺【津島町大字下畑地甲1075】

金龍寺【津島町高田乙36 稲中(いなか)】
2005/9/17
・山号:覚雲山
・「高田村に在り 臨済宗 文明十三年釋霄叟の開基にして三寶寺号す 津島組領主越智通興の香花院たり 天明五巳年今の寺号に改む(明細書)」(伊予温故録)
 
十六善神由緒書
・町指定有形文化財(昭和45年9月24日指定)
十六善神神仏画
・町指定有形文化財(昭和45年9月24日指定)

桂輪寺【津島町大字御内1-565(槙川)】

見性寺【津島町大字増穂追の川丙1558】
2005/9/17
・宗派:曹洞宗
・山号:直指山
 
イチョウ
宝篋印塔
六地蔵

光円寺【津島町曽根769】
・山号:東林山
 
ソテツ

河願寺【津島町岩渕】

慈済寺【津島町北灘鵜の浜甲】
・山号:補陀山
 
如意輪観世音菩薩像
・町指定有形文化財(昭和44年 3月 1日指定)

浄智寺【津島町横浦460】

少林寺【津島町御槙】
・山号:円覚山
 
しいの木
・町指定天然記念物(昭和38年10月1日指定)

瑞応寺【津島町岩渕】
・(地図上で所在確認できず)
・「岩淵村に在り 創建不知といへども 開山玄関徹公禅師が応永6年2月1日辞世の謁あり(舊記)」(伊予温故録)

禅蔵寺【津島町上畑地】
・山号:法林山
・「上畑地村に在り 昔しは伊予御子大明神と称す 応永12年12月25日越智彌三郎俊義、文安3年11月25日越智彌三郎民部亟綱俊、享禄3年9月9日越智彌太郎實俊、永禄11年臘月越智安芸守入道通繁等の棟札あり 明治6年11月郷社に列す」(伊予温故録)
 
薬師堂
・県指定有形文化財
須弥壇と勾欄
・町指定有形文化財(昭和41年 4月 1日指定)

通正寺【津島町山財】
 
十一面観世音菩薩像
・町指定有形文化財(昭和38年10月 1日指定)

福寿苑【津島町下灘 須下】

報恩寺【津島町山財下組279】
2005/9/17
・山号:岩林山(山額がかかっている)
・宗派:臨済宗妙心寺派
千手観音像
・町指定有形文化財(昭和44年 3月 1日指定)

満願寺【津島町岩淵甲1657】
2005/9/17
・宗派:臨済宗妙心寺派
・山号:香雲山(光雲山)
・天ヶ森城主・津島殿の祈願所といわれる。
・本尊の薬師如来(県指定有形文化財)は、島根県の一畑薬師、宇和町の山田薬師と合わせて、行基作一木三体一刀三礼の三大薬師といわれる。
・「岩淵村に在り 臨済宗 薬師を安ず 行基の作なり 弘法大師此寺に来り 景致を愛し自ら桜木柿木を栽ゆ 柿木は俗に二重柿といふて異種なり 天正己前天ヶ森の城主河野安芸守の祈願所なり(明細書) 開基不詳といへども四国遍路の札所なれば八百年余になるべし(舊記)」(伊予温故録)
 
木造観世音菩薩坐像一躯
・県指定有形文化財(昭和43年3月8日指定)
「本尊である木造観世音菩薩坐像は、像高90cm、一木造の古風な構造のもので、内刳りを施して背板を剥ぎ、粗豪な作風を示している。製作は、平安時代中期頃とみられる。」
木造薬師如来坐像一躯
・県指定有形文化財(昭和43年3月8日指定)
「木造薬師如来坐像は、像高102.5cm、一木造の古風な構造のもので、頭、体部を通じて前後二材を寄せ、首柄(ほぞ?)を設けず、粗豪な作風のものである。丸顔で鼻は短く、口をとがらした面白い表情を持っており、地方色豊かな作例として興味深い。
製作は、平安時代中期頃とみられ、古来「舟板の名号」とともに、近郷の信仰を集めている。」
二重柿
・県指定天然記念物
七条のけさ
・町指定有形文化財(昭和43年 1月10日指定)
青銅鏡
・町指定有形文化財(昭和38年10月 1日指定)
首無し地蔵
・文化二年十一月
※「首無し地蔵」という名前は正式なものではない。2005/9/17探訪時、頭部がもげて、丸石に置き換えられていたので、勝手にそう名付けたに過ぎない。
六地蔵
清満戦没者位牌堂

名徳寺【津島町近家】
・山号:法護山

妙徳寺【津島町近家甲841(西本谷)】

臨江(りんこう)禅寺【津島町岩松830】
・四国ぼけ封じ33観音霊場 第15番札所
・宗派:臨済宗妙心寺派
・山号:金龍山

日切地蔵の看板

古岩禅師高弟の墓(姓名不詳)
古岩禅師に随行して、阿弥陀如来像を護り乍ら、建長寺出発以来の労苦に耐へられ、この地に来りその一生を終へられました。生前牛馬治療の術に長じ、附近の農民から喜ばれ、死後に至るも馬頭観音の如く、平癒祈願をされていました。法門のためとは云へかかる僻地に、生命を捧げられた功績は永久に部落の歴史を飾り、今が世に至るも私共の胸を打つ次第であります。
平成二年四月吉日
奉納 槙川 林繁利

山口家の先祖 大内重隆の墓
周防長門を始め附近七ヶ国の大守として其の名を海外にまで轟かせた大内家は三十一代義隆に至り家臣、陶晴賢の謀反により天文二十年一家滅亡しました。
この時一族の内重隆公十六才、難を逃れ四国に渡り津島城主越智通続の領内槙川村に住みつき山口と姓を替え屋代弾正友成とも名のり通顕公に至る迄幼君二代を補佐して、土佐長宗我部勢に対するため砦を築き戦備を整え天正八年四十五才で亡くなりました。
その子友重、武勇に勝れ数度の合戦に臨み勇名を馳せ庄官職を務め子孫に至りました。
世が世であれば百万石の一族たるべきを、あたる家臣の厄に遭ひかかる僻遠の山里に眠れるは哀れとも言うべきです。
昭和五十八年一月吉日
林繁利 山口房夫

「あの山の向ふも里か凧(いかのぼり)蘭亭」

古岩禅師と吉良蘭亭翁
少林寺開祖古岩禅師の墓は大正…


神社

一宮神社【津島町北灘 福浦】

大勢宮【津島町北灘】

加茂神社【津島町北灘】

祇園牛頭神社【津島町北灘】

熊野神社【津島町山財】
 
常夜灯
・明治26年3月

御槙神社【津島町槙川】
・祭神:大物主神、天照皇大神、菊理姫命、須佐之男命、大山祇命、大鷦鵄命、伊弉那美命、聖神、菅原道真、長仕山口姥白髪、松浦山城命
・(合併神社)白王、諏訪、白髪、八坂、山神、天満、拝高、地主、姥神、山口、白王、白王、長社、聖、八坂、神明、山神、天満、琴平、山神、若宮、白王

高田八幡神社【津島町高田】
2005/9/17
「神殿壹反、寄附状あり、徳治二年九月十一日、右馬助三善朝臣敬信と誌したり。願文の中に
大鷹取せてたびまして候はゞ、鷹を手にかけ、十日より内に遂参詣、百番■御百度祝神楽可仕候
嘉暦三年九月二十六日 平家盛敬白 花押」(愛媛面影)
木造童形御神像
・県指定有形文化財
瓶子
・県指定有形文化財
高田八幡文書
・県指定有形文化財
獅子頭
・町指定有形文化財
棟札
神木一本杉
・町指定天然記念物(昭和47年3月23日指定)
鳥居
・弘化二年
狛犬
・大正三年三月十五日
手水石と井戸
境内社
社日大神

琴平神社【津島町 浦知】

篠山神社【津島町御槙】
 
篠相撲
・10月20日頃

神明神社【津島町北灘】
 
お伊勢踊り
・旧暦2月16日、8月16日に行われる。

洲崎神社【津島町 曲島】

曽根殿神社【津島町下灘】

嶽神社【津島町北灘】
 
相撲大会
・2月に開催される。

天満神社【津島町北灘 牛の浦】

白王神社【津島町近家】

白王神社【津島町御代の川】

八幡神社【津島町下灘 曽根】

二島神社【津島町下灘】

増穂龍王大権現
2005/9/17
・平成元年九月吉日

三島神社【津島町津島町岩松235】
2005/9/17
大公孫樹
鳥居
・明治30年3月
近所に住む人に「この神社はハイタカ神社と呼ぶんですか?」と尋ねるが、「いやぁ…。三島神社と呼ぶが」と答える。「この辺りは三島拝高という地名ですよね。三島拝高神社と呼ばれているんじゃないんですか?」「いや…」。
思ったような回答は得られない。
鳥居は見事なまでに大きい。境内地の大きさに見合わないほどだ。この背後の山全体が神域ということだろうか。(2005/9/15)

三島神社【津島町 吉井】
2005/9/17?
常夜灯
・昭和二十三年七月再建
狛犬
・萬延元庚申年九月
神馬像
社日神
合祀社
元森信鎮座神明社
元音地鎮座岩神社
元結之川鎮座大本神社
元藤井鎮座竈神社
元繁近鎮座新田社?
元結之川鎮座白王神社
などが見えるが、墨書きが薄れていて判読し難い。
巨木

三島神社【津島町 北灘】
 
大楠
棟札

三島神社【津島町下灘 須下】

三島神社【津島町下灘 成】

三島神社【津島町 平井】

三島神社【津島町上畑地 三島】
2005/9/17
・「」(伊予温故録)
 
鳥居
・明治43年4月
常夜灯
まつたけ石?
・参道階段の最上部左側に「松茸石」と呼ぶに相応しい形状の石がある。
境内社:神明神社
※参道脇の田圃では刈り入れ作業の最中であった。(2005/9/17)

八坂神社【津島町 神田】

由良神社(ゆらじんじゃ)【津島町下灘】
 
和船競漕(わせんきょうそう)[裸祭]
・7月15日に鼠鳴湾(ねずなきわん)で行われる。
・150年近くの歴史を持つ。
・天保8年(1837)、由良神社建立時に神の怒りに触れてできた水堤を、二隻の新造船を押し合って崩したのが始まりとされる。
・戦後一時中断していたが、1986年、由良はだか祭り押し船保存会が網船を建造し復活させた。
・十丁櫓、44人乗り組み
・花火を合図に由良神社沖をスタートし、鼠鳴港までの 1.6kmを競い合う。

若宮神社【津島町岩松】
・「岩松村字町東に在り 津島彌三郎の臣土居勘助の霊を祭る 其故事詳ならず」(伊予温故録)

綿津見神社【津島町北灘】
 
夏祭り
・7月20日に行われる。

社日神
2005/9/17
・白いヒガンバナ
・槙川バス停留所

猫神様?
2005/9/17
上畑地の禅蔵寺の下に住む老婆に「はいたか神社」の所在を確認すると、「金剛橋の袂に小さな祠がある」という。確かに祠はあったが、中に祀られているのは招き猫。


お堂

十一面観世音菩薩
2005/9/17
・観音前バス停留所




地蔵

十一面観世音菩薩【津島町御内】
・「観音前」バス停の北。




篠山【津島町/一本松町】
・標高1064.6m

瀬戸黒森【津島町/一本松町】
・標高976.4m

譲ヶ葉森【津島町】
・標高1015.6m
・広野峠−加塚越−譲ヶ葉森
・大道川(おおどうがわ)橋の袂、大道川(おおどがわ)バス停留所のところに登山口標識あり。(2005/9/17確認) ここより左折。

天ヶ森山【津島町】
・標高334m
 
天ヶ森城


鉱山

川・渓谷

岩松川

増穂川

野井川

本覚川

御代の川

報音寺川
・岩松川水系
・土石流危険渓流

槙川

祓川

加塚川

芳原川(ほばらがわ)

於泥川

保場川
 

遠近川
 

元越川
 

祓川渓谷【津島町槙川】
 
焼滝

横吹渓谷(よこぶきけいこく、Yokobuki Gorge)【津島町山財】
・えひめ自然100選
・足摺宇和海国立公園(Ashizuri Uwakai National Park)
・県立篠山自然公園(Sasayama Natural Park)
 
ひょうたん渕
なべの渕
なべの滝
・美しい娘と若者が滝壷に身を投じ、大蛇になったという悲哀伝説が残されている。
・岩松川の大ウナギは、その大蛇の化身との説もある。
夫婦岩
千畳敷


鍋の滝【津島町】
 
岩松川の大ウナギに纏わる話
・むかし、この村に笛の名手がいて、河畔でよく笛を吹いていた。ある日を境に、美しい娘が笛を聞きにやってきては、笛を吹き終えると静かに去っていくという毎日が続いた。二人はやがて恋に落ちていった。
・しかし娘は一向に自分の住まいや名を教えない。ある日、男は娘のあとをつけていった。川岸で水面に顔を映して化粧する娘を背後から覗き込むと、水面には大蛇の顔が映し出されていた。(この場所を「水鏡」と呼ぶ。)
・正体がばれた娘は大層悔しがった。男も途方に暮れていた。娘が最後の思い出にと笛の演奏を懇願する。男が望み通り笛を奏でる。演奏が終わると娘は鍋の滝の滝壷に身を投げ、二度と浮き上がってこなかった。
・岩松川の大ウナギはこの大蛇の化身であるという。

焼滝【津島町槙川 祓川渓谷】

緑田の滝【津島町 保場川】
 
緑滝温泉


ダム

山財ダム〜鷺里湖(さぎりこ)【津島町山財】
2005/9/17
・昭和53年3月竣工
・天端標高 EL94.5m、堤高64m、堤頂長205m、天端幅4m、堤堆積 220,000立方b
・集水面積29.4ku、湛水面積0.3ku、総貯水容量6,500,000立方b
 
山財ダム完成記念碑


御手洗橋
岩松川支流本覚川に架かる。報恩寺の下。


風景

南レク街路の町並み
・和風の公園につながる市街道路。

岩松地区旧小西家の倉

西村酒造の家屋及び酒倉

大畑旅館(旧小西家屋)

てんやわんや王国
・ミニ独立国。昭和62年4月5日建国。

岩松川の白魚漁
・早春の風物詩。

横吹渓谷
・篠山県立自然公園

篠山のアケボノツツジ

岩松川の白魚漁

由良神社夏祭り前夜祭花火大会
・四国最大の仕掛け花火「ナイヤガラ」600m。

臨江寺の鐘
・町民に親しまれている時の鐘。

横吹渓谷の「鍋の滝」の轟音

岩松地区町並み【津島町岩松】

由良岬【津島町/内海村】

大浜海岸【津島町】


洞窟・鍾乳洞

樹木

二重柿【津島町岩淵1667 満願寺】
2005/9/17
・県指定天然記念物(昭和23年10月28日指定)
・根回り1.7m、目通り1.4m、樹高16.7m
・小形の渋柿で、子持ち柿とも呼ばれる。
・津島町の町章は二重柿を図案化したもの。
・これを食すと子宝に恵まれると信じられている。不妊の人が食べれば妊娠し、妊婦が食べれば安産であるという。

 むかし満願寺の近くにいつも争いが絶えない親子が住んでいた。今日も崖の上で口論が始めている。そこを通りかかった行基が仲裁に入った。そのとき子供が不意に崖から落ちそうになり、それを必死になって親が助け上げ、親子は抱き合って喜んだ。
 その姿を見た行基は、「世の中を仲むつまじく親と子が二重の柿にそれと知るべし」と歌を詠み、杖を地面に立てて去って行った。やがてその杖は芽吹いて、大きな柿の実を実らせた。
 不思議にもその柿は実の中にもう一つ柿がある、いわゆる二重柿になっていた。
 里人はこの柿を二重柿お大師様と呼んだ。
古来、弘法大師巡錫の途中、杖を立てられたものが根を下ろしたものとして「世の中を仲睦まじく親と子が二重の柿にそれを知るべし」の歌とともに伝承せられてきた。子宝に恵まれるということから、全国から干し柿の希望者も多い。県内では、まれな品種である。
小形の渋柿
根回り2.8m 目通り1.2m 樹高10m

ソテツ【津島町曽根 光円寺】
 ・県指定天然記念物(昭和44年2月18日指定)
・樹齢推定300年
・根回り8m
「光円寺の庭いっぱいに枝を広げ、主幹の目通り2m、周りに4本の小幹があり、全体の根回りは8mに及ぶ。このほか、境内には12本が群生しており、雄株が1本あるので、毎年朱色の美しい実をたくさんつける。
 このソテツは、寺を開基して間もなく、曽根の海岸に漂着していたのを開山の正念大法師が庭に植えたと言い伝えられ、樹齢約300年といわれている。」(愛媛の文化財、愛媛県教育委員会文化財保護課、愛媛教育委員会、平成5年3月31日)
正念大法師(1698年=元禄11年没)

三度栗【津島町神田】
・惣八という男の子がいた。ある秋、山へ栗拾いに行くと一人の老遍路が寄ってきて栗をひとつくれといった。惣八が袋に入れた栗を手渡すと、「こんなに高い木じゃ取りにくいのぅ」といいながら杖で栗の木を突付いた。すると不思議にも、栗の木は背を低くし、容易に木に登れるようになった。
・この不思議な話は瞬く間に近所に広がり、その栗を分けてもらって山畑に植えた。するとこの栗は1年間に三度実をつけたので、三度栗と呼ばれるようになった。
→c.f.西福寺(土居町上野)にも三度栗有り。

正月桜【津島町下灘】
・「下灘浦の内まけの浦といふ所にあり 此櫻毎年かならず正月十二三日の頃は花盛りなり 世に珍しきとて此枝をつぎ木するといへども 外には常の桜の如し(舊記)」(伊予温故録)

神木一本杉【津島町高田 高田八幡神社】
2005/9/17
・町指定天然記念物(昭和47年3月23日指定)
・推定樹齢(伝承樹齢)500年以上
・目通り幹周4.7m
・樹高20m

しいの木【津島町槙川 少林寺】
・町指定天然記念物(昭和38年10月1日指定)
・推定樹齢800年幹回り6.2m、高さ27m
槙川のツブラジイ  目通り6.1m/樹高15m/枝張り10m/愛媛県津島町槙川・少林寺
見逃した。残念。

ならの木【津島町槙川石原】
・町指定天然記念物(昭和44年3月1日指定)
・幹回り3.5m、高さ35m




林道不呂の奥線
・幅員4.0m、延長1,613m
・満願寺裏手。





獅子文六句碑【津島町岩松】

「思ひきや 伊予の涯(はて)にて 初硯(はつすずり)」
・句碑は国道56号線沿いに建てられている。
・平成9年(1997)2月8日、除幕式が行われた。
・碑は高さ1.15m、幅1.56m、厚さ30cmの御影石製。
・津島ライオンズクラブが創立10周年を記念して建立した。

「甦る岩淵の里」の碑
2005/9/17
碑文
ここ岩淵地区は、開田以来、洪水と干ばつの被害に悩まされ続け、幾度かの河川改修を行い、干ばつ時には地下水を汲み揚げて対処してきたが、昭和五十四年の山財ダム建設によって農業用水の確保と共に改善された。
しかしながら、水田は狭隘で飛地となっており、又その半分は湿田であり、農道・水路についても老朽化し耕作に支障をきたしていた。
こうした状態を打開するため、農家の土地基盤整備事業に対する意欲は高まり、昭和五十六年に団体営岩淵地区圃場整備事業として採択され、同年九月に着工、以来七ヶ年の歳月と総工費二億五千五百万円を費して、昭和六十三年三月に完成をみたのである。
まさに歴史的大事業であり、役員諸氏の献身的努力と地権者の理解と協調により、ここ岩淵地区は新耕地として甦り、将来に明るい展望を切り開くに至った。
この里が、さらに一層の発展を遂げることを願い、この碑を建立する。
昭和六十三年三月吉日
岩淵土地改良組合
津島町
狭隘=きょうあい

山財ダム完成記念碑
2005/9/17
・愛媛県知事白石春樹題
・碑文
「この地域は、宇和海沿岸特有の急峻な地形のため、豪雨出水時には、各所で氾濫し、多くの災害を受ける一方、保水力が著しく低いため、渇水時には慢性的水不足をきたし、たび重なる洪水と干ばつとの二重苦に悩まされ続けてきた。
特に昭和四十二年の夏には、百年来の大干ばつに襲われて地域の住民と産業は大きな打撃を受けたのである。
こうした窮状を打開するため、抜本的な治水対策を施して水資源の確保をはかるべく、津島町、内海村、宇和島市が総力を結集して、県および国に対して強力な要請運動を展開した。
かくて苦節七年にわたる努力の結果、岩松川総合開発事業として多目的ダムの建設が具体化し、多くの人々の誠意と協力によって、着工以来六年の歳月を費やして、昭和五十五年三月山財ダムの完成をみたのである。
まさに歴史的大事業である。この感激を後世に伝え、豊かで住みよい郷土建設の礎たることを念じつつ関係各位の献身的労苦に思いを致し、この碑を建立する。
昭和五十六年六月
岩松川総合開発促進対策協議会
会長 松岡多四郎
津島町
内海村
宇和島市
書、平田琴風」

下槙圃場整備碑
2005/9/17


公園

源池公園【津島町御内】
2005/9/17
源池
「源池公園」の碑
・背面には「栄松」と刻んでいる。
句碑
「名月や…」
御槙村歴代村長記念碑
「御槙村歴代村長
初代二代 林鉄五郎
三代七代 吉良寿
四代八代 吉良頼雄
五代六代 居本氏明
九代 堀田良吉
十代十一代十五代 渡辺熊太郎
十二代 住田藤平
十三代十四代 福田三代蔵
十六代 山口都一
十七代 梶原百太郎
十八代 林信一
建立の趣意
明治二十三年町村制実施と共に御内、槙川の両村は清満地区の各村と合併し清満村として発足した。
然るところ明治三十二年七月一日再び清満村と分離し今度は新たに御槙村として誕生を見た。
■■て昭和三十年二月十一日町村合併促進法に基づく津島町の実現を見るに至り御槙村も亦之に合併し遂に永年の村政に幕を閉じた。
前述の通り明治大正昭和の三代五十有六年の長期にわたり幾変遷の中■く村政担当の責に任し地域のために貢献された多大の功績をたたえこれを永く後世に伝えるため、■■碑を建立する。
昭和四十九年十二月
御槙村■次■翁碑
「源池」水源の森
多目的保安林総合整備事業
林野庁 愛媛県 津島町
さぎ草園
「愛媛県指定天然記念物
さぎそう自生地
御内 源池公園
昭和43年3月8日指定
さぎそうは8月下旬から9月初めに咲く蘭科の植物で、花は白くあたかも白さぎが飛んでいるような清楚可憐な花を咲かします。さぎそうの自生地として完全に保護されているのは、ここと今治市桜井の二箇所しかなく全国的にも数少ない現状です。又ここにはさぎそうの他に、ときそう、食虫植物等、湿地帯植物が群生し美しい花は見られます。
津島町教育委員会」(立て看板)
「サギソウは陽のあたる湿地原野に生えるラン科の多年生草本で、最近は栽培種が家庭の観賞用として広くでまわっている。地下に径1cmほどの楕円形の根があり、上方に細い根茎を立てる。
 津島町のサギソウ自生地は、御内の源池公園内の約10aの湿地帯にあり、8月下旬から9月初上旬にかけて、いっせいにシラサギに似た純白の清らかで美しい花を咲かせる。
 この自生地には、サギソウの群生のほか、他のラン科植物、食虫植物、ノハナショウブ等も生育しており、県内では今治市孫兵衛作の県指定天然記念物「湿地植物」とともに数少ない湿地植物の自生地である。」(愛媛の文化財、愛媛県教育委員会文化財保護課、愛媛教育委員会、平成5年3月31日)

南レク都市公園【津島町近家】

南楽園

行ってみよう!えひめ感動の地20選
・開園時間:9:00〜17:00
・無料駐車場有り
・四国最大規模を誇る総面積約15haの池泉回遊式日本庭園で、四季折々に美しい花が
咲き、訪れる人々の目を楽しませる。
 
南レク日本庭園
・入園料: 大人200円、子供100円
つつじまつり
・4月17日〜29日
大賀ハス
・1951年、千葉県の弥生遺跡の地下6mから出土した種を発芽させたものを、岡山県の後楽園より1990年に10株譲り受けて栽培している。
・花季は6月中旬〜下旬。
オートキャンプ場
・1997年4月にオープンした。
・利用期間は4月25日〜10月31日

津島プレーランド
・全長700mのサーキットでゴーカート、池でペダルボートが楽しめる。
・人工芝の全天候テニスコート12面がある。(料金は半日500円)

嵐坂ポケットパーク「風園(ふうえん)」
2005/9/17


祭り・イベント

しろうお祭り
・1月の最終日曜日に、岩松川おまつり河原(雨天時は中央公民館)開催される。
・郷土料理・特産品の即売、試食、実演や、各種イベントが行われる。

篠相撲
・御槇地区で行われ日中から夜10時まで近隣の市町村から腕を競う伝統行事。実施日10月下旬。

しょうぶ祭り
・南楽園のメイン行事。3万株20万本の花菖蒲は壮観。実施日5月25日から6月15日。

津島町文化祭
・実施日11月中旬から下旬

つしま健康祭り
・実施日11月中旬

カザルス合奏団演奏会
・実施日11月上旬

つしま夏祭り
・水と光と音の祭典。川を練る仮装いかだ、舞踊行進、花火大会など夏の風情がいっぱい。実施日8月16日から17日

津島白魚&産業祭り
・津島の味覚であるシロウオなど郷土料理や特産品の販売などを岩松川河原で。実施日2月上旬。

由良神社夏祭り
・和船競漕、権現太鼓、600mの仕掛け花火など。実施日7月14日から15日

秋祭り
・五穀豊穣に感謝する伝統行事。牛鬼、五鹿踊り、ほてい様、宝船などが見もの。実施日11月3日


施設

津島やすらぎの里【津島町高田甲830-1】
2004/6/19、2005/9/17
・健康増進施設、研修集会施設、特産品販売所
・平成14年春オープン。
・駐車場:約250台駐車可能。
 
宇和島圏域観光マップ
獅子文六ゆかりの里 津島マップ
熱田の湯
・泉質 ナトリウム−炭酸水素塩温泉
    (低張性弱アルカリ性温泉)
・泉温 源泉40.6℃(気温12.6℃)
・効能 神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、
    関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、
    痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、
    きりきず、やけど、慢性皮膚病
 「足湯
  ようこそ南予路へ
  歩き遍路の皆さんへ
  どうぞ津島やすらぎの里の「足湯」でしばしご休息ください
  ご出発はお気をつけて
  町民のささやかなお接待です」
柏槙
熱田の湯の玄関口に展示されている。
「柏槙(びゃくしん)
通称「はくの木」
この木は推定樹齢1000年にも余るといわれ、樹根太鼓「津島平安太鼓」になっている大楠木とともに、北灘三島神社に植えられていたものです。
寄贈 津島町鵜ノ浜 越智達男」
薬師寺薫氏寄贈 田中坦三記念ギャラリー
「彫刻家・田中坦三(1918年生)は、パリに、西海に、重信に生き、愛媛の一本松に生まれ育った芸術家。木に石に自らの表現を求め、生涯旅人のように芸術に身をゆだねる。南予の地で薬師寺さんにめぐり合い、ここに代表作品群を設置し、記念ギャラリーを創設するものである。この坦三芸術の輝きが次代への光となることを願う。」と刻まれた碑がある。

「津島町制50周年 薬師寺薫氏寄贈 田中坦三記念ギャラリーオープニング展」が平成17年1月29日(土)〜2月11日(金・祝)に開催された。

田中坦三氏の石彫作品約20点が常設展示されている。

田中坦三氏は(愛南町=旧一本松町出身)の彫刻家。
1918年、一本松町生まれる。
1966年、洋画家・木村忠太を頼って渡仏する。
1985年11月、愛媛県立美術館で「田中坦三展」を開催。
1986年、朝日ギャラリーで朝日新聞社主催「田中坦三彫刻展」を開催。
1991年10月、一本松にて個展を開催。

薬師寺薫(大阪府在住)は津島町出身の実業家。


学校

御槙村新制中学校
・1948年、御槙村新制中学校校舎完成。


温泉

熱田温泉(あつたおんせん)【津島町高田 津島やすらぎの里】

祓川温泉【津島町槙川203番地】

馬の渕温泉【津島町】
馬の渕という名前は、昔、馬子達が河原から湧き出る湯に馬の足を浸けてその労をねぎらったことに由来する。

緑滝温泉
 


伝説

しぐれ松と姫の悲哀【津島町】

八兵衛池【津島町尻貝部落】
・昔、尻貝部落に八兵衛池と呼ばれる池があった。
・この池には大蛇が住んでいた。

化生碆【津島町岩淵】
・「岩淵村に在り 和泉城の城主曽根通之一夜川狩に出たるに此碆の上に容顔美麗なる女に逢へり 汝何者ぞといひもあへす 取ておさへ既に殺さんとせしが彼女答に 我は此川の主なり 腹内にやどる子あり 産せんとて此岩に上れり 命を助けて給われさあらんにはおろし子にしてあたへん 家の系図に載せよといふ 通之必ず約たがへじとて一命を助く 其の後かのおろし子通之にあたへたるとも云ふ 又通之早く果たるともいへり(舊記)」(伊予温故録)

護良親王(もりながしんのう)来訪伝説【津島町 岩松川沿い】
@後醍醐天皇第四子・護良親王が土佐から御内に入り、河原で休息した。この河原を王河原と呼んだが、恐れ多いので大河原に改めた。
※大川原は山財の字であるが、御内で休息したことに間違いないのであろうか?ひょっとして御内に王河原が存在するのだろうか?
A逃亡に疲れた親王一行は、家臣ともども岩松の竜の口に身を投げた。
B遺体は岩松川を流れ、惣蔵ヶ鼻(そうぞうがはな)に漂着した。村人達は、親王の背丈が余りにも高かったので拝高大明神として祀り、慰霊した。
※三島拝高という字が岩松川左岸に残っている。


キャンプ

海水浴

内ノ須海水浴場【津島町北灘】

田之浜海水浴場・キャンプ場【津島町北灘】


人物

その他


《References》



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