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伊予の隅々
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市町村別情報庫
宇和島市
(旧・三間町)

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伊豫の隅々インデックス

カテゴリ別インデックス

市町村概要
愛媛県 三間町  徳島県 美馬町
 姉妹都市    平成4年11月14日姉妹縁組の調印青年団・商工会青年部・議員・中学生らが互いの町を訪問し、友好関係を築いてきた。
各団体レベルだけではなく、町民レベルでの交流を進める。


キャッチフレーズ
(1).「豊かさと新しさが交差する交流拠点の町」
(2).「コスモスの香りと日本一うまい三間米の里」
(3).「文化とふれあいの三間町」

町の花 町の木 町の花木 町の鳥
コスモス クスノキ


特産物

三間米
 米作りに適した重粘土と豊富な水及び低農薬で作られた安全で美味しいお米である。銘柄としてはコシヒカリ・あきたこまちが有名。    9月

じゃこ天
 江戸時代の頃から宇和島地方の庶民の間で親しまれ、宇和海に生息する「ほたるじゃこ」「おいひいらぎ」を主原料として手作りされる天ぷらである。栄養価が高く、色々な料理に広く利用できる。    通年

イチゴ(レッドパール)
 平成5年に町内の篤農家がイチゴの新品種「レッドパール」の開発に成功し、施設園芸に新たな活力が芽生えている。    11月下旬〜2月下旬


沿革
・昭和29 年 三間村、二名村、成妙村の3 村が合併し、三間町が誕生。
・昭和33 年 広見町是延を編入。


地名
町名の由来:「はるか昔、この地が水沼(みぬま)であったため、それが転訛して三間となった」という説と、古文書に「美万」という地名があったことによる。
大字


文化財

木造大日如来坐像【三間町則 仏木寺】
・所有者:仏木寺
・県指定有形文化財[彫刻](昭和40年4月2日指定)←町指定有形文化財[彫刻](昭和37年11月3日指定)

木造弘法大師坐像【三間町則 仏木寺】
・所有者:仏木寺
・県指定有形文化財[彫刻](昭和54年9月14日指定)←町指定有形文化財[彫刻](昭和37年11月3日指定)
 

正法寺観音堂(1棟)附厨子(1基)【三間町黒井地 正法寺】
・所有者:正法寺
・県指定有形文化財[建造物](平成16年4月16日)

花取り踊り(花踊り)【三間町曽根 天満神社】
・所有者:曽根花踊り保存会
・県指定無形民俗文化財(昭和52年1月11日指定)※昭和40年4月2日県指定無形文化財
より指定替え
・天正13年(1585)、土佐の長曽我部元親が歯長城攻略の際、同城主をおびきよせるために毎夜土佐勢に踊らせた。
・かがり火に刀を光らせながら踊る光景に地元民は肝をつぶしたが、単なる娯楽とわかると鎌などを持って踊りに加わるようになった。
・城主はこの踊りを見ようと8月1日の夜、密かに城を抜け出して天満神社の境内まで見物に来た。そして城主は土佐勢に討ち取られた。
・非業に倒れた城主の霊を弔うため、その命日の旧暦8月1日(現在は9月1日)地区民が踊るようになったと伝えられる。
・太平洋戦争の混乱により、一時中止されていたが、昭和34年(1959)より復活。
・小学生から高校生の男子約30人が白紙で飾った刀や鎌を持って踊る。
・「さきだち」「さしあい」「くるま」「もんじり」「きりあい」など計14通りの踊り(太刀踊り8番+鎌踊り6番)から成る。

花取踊
(三宅)
北宇和郡三間町の旧成妙村会根の天満神社に伝わる踊で、毎年旧暦八月朔日に行われる踊で別に鼻取踊の称呼がある。未婚の少年が踊り子となって、足拍子をそろえて声自慢の老壮の声に合わせて踊るのであるが、唄の一部を示すと「昼市にたつはつばめよ、夜市にたつは催馬楽とは、殿のまねしてさしたり、さしたり刀さしたり侍とは名こそよれ」
[愛媛県郷村変遷史「文化財三宅メモから」、三宅千代二、愛媛出版協会、昭和52年1月1日]

毛利家屋敷【三間町是能】
2004/6/19
・町指定文化財[建造物](平成6年1月13日指定)
・旧吉田藩庄屋の毛利氏の屋敷。敷地面積1,333u。
・1750年代(宝暦3年)に建造されたもの。
・茅葺き、切妻造りの長屋門が構えている。
・母屋はリ造平屋立て271u。別屋敷が母屋から直角に突き出た角屋となっている。

愛媛県 三間町  旧吉田藩庄屋 毛利家屋敷
 毛利家屋敷は、宝暦3年(1753年)に建設された。1,333uの敷地内には、母屋、米蔵、長屋門などがあり、江戸時代の風格を備えている。母屋は木造平屋立て271u、別屋敷が母屋から直角に突き出た角屋となっている。    町指定 (H6.1.13)
JR予土線 務田駅から徒歩15分

「旧毛利家庄屋住宅〈建造物〉
是能 平成6年1月13日
(三間町指定文化財)
主屋は宝暦3年(一七五三)に初代重威が建築し、一列並び型(ドマ・カッテ・オク)に座敷部(次の間、ザシキ)を角屋として延ばし、家全体が鍵屋、角屋座敷という珍しい例である。
土間部分には落座が残っていて、現在の玄関・茶の間・広間は改造されている。もとは一八畳の一室と考えられ、当時の庄屋(豪農)の生活形態を知ることができる。
外観は角屋座敷をもつ平面からできた独特のものである。また箱棟(厚板で箱型を組みその上に瓦葦小屋根を置く)は、南予地方の豪農の造りとしての特徴を現している。
長屋門は、桟瓦葦切妻造りで、嘉永3年(1850)に建築されている。
石垣の上に造られた下見板漆喰塗りの壁の長屋門は、当時の庄屋の格式を現わすごとく、特徴的である。そこには門及び厩・牛小屋がある。のちにその一部が隠居部屋に改造されている。
主屋・長屋門・蔵・納屋・庭等すべてが、江戸時代の三間の庄屋屋敷の姿をよく残しており、周囲の地形をうまくとり入れた景観と威容は、そのまま保存したい貴重なものである。
又、平成10年に文化財に関心のある人たちの協力により母屋の茅ぶき屋根のふき替え工事等の改修が行われた。」(パンフレット)

豊水池

茶堂【三間町黒井地】
・町指定有形文化財[建造物](昭和54年9月15日指定)
・藩政時代辻堂として使用された。

茶堂【三間町音地】
・町指定有形文化財[建造物](昭和54年9月15日指定)
・藩政時代辻堂として使用された。

太宰遊渕の墓【三間町黒井地】
・町指定記念物[史跡](昭和37年11月3日指定)
・中山池右側の小丘の上にある。
太宰遊渕(貞義)は黒井地村の庄屋で、寛永7年に中山池を完工した。

土居清良の墓【三間町土居中 龍泉寺】
・町指定記念物[史跡](昭和37年11月3日指定)
・廟は龍泉寺山門の右上にある。
・最初は妙覚寺に葬ったが、後に現在地へ移した。

木造薬師如来坐像一躯【三間町迫目 妙覚寺】
・町指定有形文化財[彫刻](昭和37年11月3日指定)
・藤原初期、仏師春日の作といわれる。

木造阿弥陀如来立像一躯【三間町黒井地 正法寺】
・町指定有形文化財[彫刻](昭和37年11月3日指定)
・室町初期の作。来迎相(西方浄土より死者を迎えに来る形)の阿弥陀如来像。

木造文殊菩薩坐像一躯【三間町波岡 妙光寺】
・町指定有形文化財[彫刻](昭和37年11月3日指定)
・室町時代の作。智恵授与の秘仏である。

木造薬師如来坐像一躯【三間町三間中間 保福寺】
・町指定有形文化財[彫刻](昭和37年11月3日指定)
・伝授大師作といわれる。
・室町末期作。
・60年に一度開帳される秘仏。

木造毘沙門天立像一躯【三間町是能 能寿寺】
・町指定有形文化財[彫刻](昭和37年11月3日指定)
・室町時代の作。

大日如来木像【三間町則 仏木寺】

木造弘法大師坐像一躯【三間町則 仏木寺】
・町指定有形文化財[彫刻](昭和37年11月3日指定)
・鎌倉後期の作。

仏木寺記録仝寄進状【三間町則 仏木寺】
・町指定有形文化財[典籍、古文書](昭和37年11月3日指定)
・仏木寺縁起とその後の造営修理等を記録したもの。

清良記全30巻 【三間町宮野下】

・町指定有形文化財[典籍](昭和37年11月3日指定)
土居清良を中心とした戦記物語。昭和63年土居家より町へ寄贈された。

 土居清良は戦国時代、大森城を本拠とした領主で、天文15年(1546)三間町に生まれた。15歳の頃、豊後の大伴氏の攻略で一族滅亡の果てに土佐に落ち延び、一条氏のもとに身を寄せた。 後に17歳で大森城へ復帰し、19歳で一条氏の軍勢を追い返し、自立する。その後も長曽我部氏をはじめとする土佐勢の相次ぐ侵略は20年もの間繰り返されたが、清良は西園寺家の武将として、土佐勢を駆啄し、領土を守りぬいてきた。その武名は中国地方にまでとどろいたといわれている。    清良記 全30巻

当山略図【三間町宮野下 白業寺】
・町指定有形文化財[絵画](昭和55年11月3日指定)
・弘化3年、東国の人浦田仁憙軒の作。

楠(2本)【三間町宮野下 三嶋神社】
・町指定天然記念物(昭和55年11月3日指定)
・三嶋神社境内西側に聳える。

三嶋神社樹叢【三間町宮野下 三嶋神社】
・町指定天然記念物(昭和58年1月24日指定)



城址

萩森城跡【三間町】
・「萩森城 茶臼ヶ森城 鳥屋ヶ森城 能寿ヶ村に在り 尤枝城なりと云ふ」(伊豫温故録)

茶臼ヶ森城跡【三間町】

鳥屋ヶ森城跡【三間町】

岩倉城跡【三間町曽根】
・「岩倉城 曽根村に在り 松浦将監居る」(伊豫温故録)

徳ヶ森城跡【三間町務田】
・「徳ヶ森城 務田村に在り 城主不知」(伊豫温故録)

大森城跡【三間町宮野下】
大森城 宮野下村に在り 城主土居式部大輔清良 先祖は紀州牟婁郡土居太郎清行より土居備中守清時其の末清良なり 都合十三代相続なり 土居氏は鈴木黨なり 高二千六百五十二石三斗一升五合の地を成妙郷の内にて知行す 河野分限録に
土居式部大輔清良 土居城主手勢五十騎」(伊豫温故録)

歯長城跡【三間町】

金山城跡【三間町戸雁】
・「金山城 戸雁村に在り 有馬殿今城肥前守能親居る 此能親天文年中千句の連歌を京住周桂といふ者に見せければ珍らしとて後奈良院の叡覧に備ふ 其の後能親礼儀として上京せし所 父京都に於て千句を催す 是れは伊豫千句と称せり 高四千七百六十一石八斗九升九合の地を成妙郷にて知行す 河野文限録に
今城左衛門尉能元 有馬城主手勢二十騎
家臣 光任備後守義貞 武功名高し」(伊豫温故録)

金山城跡【三間町成家】
・「金山城 成家村に在り 沢邊孫左衛門居る」(伊豫温故録)

船越山城跡【三間町成家】
・「船越山城 大藤村に在り 薬師寺蔵人居る」(伊豫温故録)



遺跡


古墳

浄福寺【三間町中野中230】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:

正法寺【三間町黒井地2285】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:

東林院【三間町迫目】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:
・「迫目村に在り 本尊不動像は大同二年則村仏木寺に於て空海一刀三体の作なりと云ふ 当院は初め紀州熊野五流奇石山東林坊と号し 紀州藤城の大守の香花院たりしか 土居清良の祖 土居太郎清行は藤代大守の子なり 当国へ移住の時此地に其の住僧を聘して此寺院を創建して累世の香花院とす」(伊豫温故録)

能寿寺【三間町是能】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:
・この村は、元々はこの寺の名前から能寿寺村と呼ばれていたようである。
木造毘沙門天立像一躯
・町指定有形文化財[彫刻](昭和37年11月3日指定)

白業寺【三間町宮野下926】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:
当山略図

仏木寺【三間町則1683】

・四国八十八ヶ所霊場42番札所
・電話番号:0895-58-2216
・山号:一■山(■は「王果」)
・院号:
・宗派:真言宗御室派
・開基:弘法大師
・本尊:大日如来
木造大日如来坐像(1躯)
・県指定有形文化財[彫刻]
木造弘法大師坐像(1躯)
・県指定有形文化財[彫刻]
木造弘法大師坐像一躯
・町指定有形文化財[彫刻](昭和37年11月3日指定)
仏木寺記録仝寄進状
・町指定有形文化財[典籍、古文書](昭和37年11月3日指定)

万泉寺【三間町】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:

妙覚寺【三間町迫目】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:
「妙覚寺 迫目村に在り 臨済宗なり 此寺に安置する今上皇帝の牌裏に延暦元年戌十月五日の九文字を刻記せり 又京都紫野大徳寺僧一休和尚当寺に来って留ること三年或は三月とも云ふ 其の時一休自作の仏像今尚ほ存せり 因って一休和尚を以て当寺中興の祖となし世系に加へたり」(伊豫温故録)
※一休さんの足跡があることは興味深い。

妙光寺【三間町波岡831】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:

龍光寺【三間町戸雁173】

・四国八十八ヶ所霊場41番札所
・電話番号:0895-58-2186
・山号:稲荷山
・院号:
・宗派:真言宗御室派
・本尊:十一面観世音菩薩
・開基:弘法大師
・弘法大師がこの地方を巡錫(じゅんしゃく)したとき、一人の老翁が稲を背負って現れ、「永久に生きて人々を守らん」と大師にお告げをした。大師はこの三間が霊域であることを悟り、尊像を刻み、稲荷山護国院龍光寺を建立した。

竜泉寺【三間町土居中938】
・山号:
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:

真珠山妙光寺(文殊さま)【三間町波岡】
・山号:真珠山
・院号:
・宗派:
・開基:
・本尊:


神社

稲荷神社
・「稲荷神社 戸雁村に在り 旧は四国遍路巡拝四十一番札所なりしが 今は其の傍へ移したりといふ 俗に此神は弘法大師と御約束ありて密教守護神なりと云々」(伊豫温故録)
→龍光寺

おかみ神社【三間町迫目】
・「迫目村に在り 寛政十午年四月村内字築山の池 水俄かに変し四山鳴動す 村民恐怖して門戸を鎖し夜に至っては一人も外に出づるものなし 吉田藩吏鈴木某来ってこれを檢し小祠を其の池畔に創建し轄蓋龍王と称す 明治五年今の名に改む」(伊豫温故録)

白鬚神社【三間町音地】

清良神社【三間町土居中】

曽我神社【三間町金銅285】
・祭神:曽我五郎時致
・五郎時致の手を祀る。
・明治43年三島神社に合祀され、飛地境内社となった。

曽我神社【三間町兼近640】
・十郎祐成の足を祀る。
・大正3年、神明・白王・春日社を合祀した。
→大成郡録を確認しておくこと。

天満神社【三間町宮野下】
「天満神社 宮野下村に在り 菅公を祭る 土居清良の先祖当国に来る時其臣武臣彦左衛門をして勧請せしむと云ふ」(伊豫温故録)
※曽根の天満神社に関する記載か?

天満神社【三間町曽根】
2004/6/19
 
県指定無形文化財 天神花踊傳承四百年之碑
「由来
花踊は 今より四百年以前 天正十三年頃から踊りつがれたもので 戦国の世 長曽我部元親のため討たれた歯長城主の霊を弔うたのがその起源と謂れ 土佐の太刀踊より転化したもので 此所天神様の境内で奉納踊として傳承されてゐる
昭和六十年九月一日 花踊保存会」
花取り踊り
・県指定無形文化財

三島神社【三間町宮野下】
・「三島神社 宮野下村に在り 天平年中越智某勧請し其子孫をして当社の神職となし百貫の地を附す 西園寺を始め土居・今城・河野の諸地頭皆氏神とし三間郷の惣鎮守にして四十五村の氏神なり 往古は若干の社領ありしが天正年中悉く没収せられ 社務祭儀頓に衰微せり 然れども藤堂和泉守・冨田信濃守各信仰あり 吉田藩に至て祈願所となり先祖の通り三間郷の惣氏社四十五村の神社は都て当社の末社なり 明治六年郷社に列す(明細書)」(伊豫温故録)
子供相撲
秋祭り
楠(2本)
・町指定天然記念物(昭和55年11月3日指定)
・三嶋神社境内西側に聳える。
三嶋神社樹叢
・町指定天然記念物(昭和58年1月24日指定)


お堂



地蔵

音地地四国【三間町】






鉱山

川・渓谷

池・沼・湖

中山池【三間町黒井地】

・えひめ自然100選
・初夏には美しい黄菖蒲の花が咲く。
・江戸時代、寛永4年(1627)に灌漑用を目的に築造された。
・三間町にある108の溜め池のうちの最大の池。
・野鳥の楽園でもある。
・池の周辺には遊歩道が設けられている。
・中山池は、北宇和郡三間町大下にあって、宇和島より「レールバス」で25分間で三間町の宮ノ下駅につき、それから歩いて約40分もあれば、この中山池につきます。その池の大きさは南予地方では一番大きいといわれており、周囲は約3.5kmくらいあって、谷間に土を盛って水をせきとめており、両側の山には、ツツジ、シデザクラの花が、いまを盛りと咲きほこっております。その池の中にも谷間にも水が入りこんで、出入りの多い水際の風景は人目をひいて、訪れる客のたえまがありません。
 中山池の由来 この池を作ったのは、この土地に住んでいた、庄屋の太宰義裕という人で、寛永4年から約4年間かけ私財を投じて落成しました。この義裕翁は農業に精を出し、三間の平野に広がる、多くの田に水をひく目的をもってつくったものです。この池のそばに立てられた記念碑を読んでみますと、池の水は、数ヵ村に浴し、その恩恵は百世に沢ると書いてあります。今でも、この翁のことを「裕遠さま」といって、お祭りをして翁の御恩に報いているそうです。翁はこの大事業を完成した日に人柱としてこの池の守神となられたそうです。いまでも、この池の水は三間平野の稲作になくてはならないものになっています。
(「中山池付近の地質」、宇和島教育事務所 大塚文夫、宇和島地方の自然、愛媛県立博物館編、愛媛の自然文献資料集 その2)
中山池キャンプ場


穴ヶ滝【三間町音地】
 
穴が滝自然公園


ダム



風景

洞窟・鍾乳洞

樹木

楠(2本)【三間町宮野下 三嶋神社】
・町指定天然記念物(昭和55年11月3日指定)
・三嶋神社境内西側に聳える。

三嶋神社樹叢【三間町宮野下 三嶋神社】
・町指定天然記念物(昭和58年1月24日指定)


花街道
コスモス街道
つつじ街道
すいせん街道
チューリップ街道
ひがん花街道
コスモス広場





歯長峠【三間町則】
2004/6/19
「この峠は、法華津連峰の一隅にあり、三間町と宇和町を結ぶ交通の要衝です。
昭和45年に、県道宇和三間線が開通するまではずっと上方の旧へんろ道が唯一の道路であったため往来に不便をきたしておりました。
この地点からは、足摺字和海国立公園のリアス式海岸が一望できるほか、はるかに鬼ヶ城連山が望め四季折々変化のある景観が眼下に展開されます。」
学林創設者 太宰金治郎氏頌徳碑
・大正11年4月
・県道31号線、歯長峠にある。

十本松峠【三間町/吉田町 】

目黒仁左衛門の墓(ニエモン様)

(ふるさと目黒)


井関邦三郎翁出生之地 碑
2004/6/19


公園

中山池自然公園【三間町黒井池】

・2001年3月完成。
・「憩いの森」、「交流広場」などから成る。
・三間町出身の彫刻家・藤部吉人氏の「森の魚」も置かれている。

三間町運動公園【三間町】
・約5haの敷地に1.2haの他目的広場をはじめ、テニスコート・ゲートボール場・児童広場などがある。

三間公園【三間町】


祭り・イベント

みまの清良市(毎月第2日曜日 9:00〜11:00)【役場前ふれあい広場】

妙光寺文殊さま縁日(旧暦1月25日)【三間町波岡】
妙光寺には、聖徳太子の作と伝えられる文殊菩薩像があり、旧暦1月25日の縁日には参拝者でにぎわう。    浪岡・妙光寺
1月25日

稲荷大祭(3月第1日曜日)【三間町戸雁】

仏木寺大日さま縁日(4月19日)【三間町則 仏木寺】

子供相撲(7月上旬)【三間町宮野下 三島神社】
・約150年前から続いていた「えびす相撲」が復活したもの。

納涼大会(8月13日)【三間中学校グラウンド】
ねり踊り、盆踊り、打ち上げ花火など。町内の盆の風物詩。三間中学校グラウンドで毎年8月13日に開催される。

天満神社花踊り(9月1日)【三間町曽根 天満神社】
・県無形民俗文化財(昭和40年指定)
・花踊りは、戦国時代から伝わる伝統芸能。五穀豊穣の祈りを込めて、天満神社に奉納されている。古風な田歌にあわせて太鼓が打ち鳴らされ、シデで飾らせた真剣と鎌を手に繰り広げられる舞は勇壮である。

まちおこし町民運動会
 成妙、三間A、三間B、二名ブロックに分かれて地区別対抗戦などを繰り広げ、中でも「男女混合リレー」と「なわとび対抗戦」は行政区別対抗のため、大いに盛り上がる。    運動公園
9月第一土曜日

コスモスまつり(10月10日)【三間町土居中 ふれあいコスモス園】
・モデル撮影会、バーベキューなど
 昭和54年、町制施行25周年を記念して制定した「町花コスモス」を町全体に育て、花いっぱい運動の集大成として昭和63年から実施している。 各種イベントが盛りだくさん。    土居中コスモス園
毎年10月10日

三島神社統一秋まつり(10月23日)【三間町全域】

町民祭(11月上旬)【国民体育館など】
 プログラムは「発表の部」、「展示の部」、「お祭り広場」からなり、幼保育園児から老人の方々まで参加し町民総参加の”町民祭”となっている。    町民会館 三間中学校グランド 他
11月第一日曜日


施設

三間町町民会館【三間町】
・三間町出身の版画家・畦地梅太郎氏のデザインによる緞帳や、彫刻家・藤部吉人氏のモニュメントがる。

道の駅「みま」・コスモス館【三間町務田180-1】
2004/6/19
・2003年7月19日オープン。
・町総合交流促進施設。
・開館時間:9:00〜18:00
・休館日:毎週火曜日(火曜日が国民の休日にあたる場合は翌日休)
【参考資料】
ちょっと寄り道 県内「道の駅」探訪、愛媛新聞、平成18年(2006)3月18日
畔地梅太郎記念美術館
井関邦三郎記念館
・開館時間:9:00〜17:00
みまサイクリングマップ
[自転車レンタル]
・利用時間 午前9:00〜午後6:00
・電動アシスト自転車 \500 自転車(大人)\300 自転車(小学生以下)\200


学校

温泉

中間温泉【三間町】
・昭和49年、老人憩いの家を新築。
・泉質:冷泉、アルカリ単純泉
・効能:神経痛、リューマチ、皮膚病


伝説

すなはちぶらくのちめい【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

にざえもんさま【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

みのらないかき【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

大ふじのおこり【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

長谷の三つ池【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

ごしょがいちのかわうそ【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

オオカミの話【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

りゅうの通りみち【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

実盛様おくり【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

お地ぞう様のゆらい【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

歯長のたて穴【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

たんごさま【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

お監物さま【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

藤山事件【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

五輪様の話【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

花とりおどり【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

しょうげん様の大蛇【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

虫送り【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

丹後・但馬【三間町成妙】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

やおちがたに【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

りゅうの目だま【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

せんぐり食い【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

りきへいさん【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

たぬきのいたずら【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

麦うすぶち【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

りゅうの目玉と雨ごい【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

きつねのよめ入り【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

じゃぼりの大へび【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

一ぱい水の話【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

たもと石【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

落雷【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

お薬師様【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

耳とり峠【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

川之内の大じゃ【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

市兵衛屋しきと馬じぞう【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

大ぐちなわ(地名)【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

八助(はちすけ)【三間町三間】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

みみがみさま【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

まつおかやしきの井戸のいいつたえ【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

おさんだぬき【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

いだ天様【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

岡本城の話【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

「なきりんたね」の話【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

あたご様【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

きぬかさ城の話【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

高森城ものがたり【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

耳の地ぞう様【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

麦臼渕のかっぱ【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

加藤様【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

雨ごい【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

曲げた鉄砲でカモ三羽【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

うすひき唄の由来【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

兼近越えの地蔵様【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

狸をだました話【三間町二名】

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

かんじょう岩と衣笠石

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

池の怪

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)

まつり神

(三間のむかしばなし−民話・伝説−、三間町教育委員会・三間町教頭会、昭和57年3月1日)


キャンプ

海水浴

人物

今 松治郎
・衆議院議員。宇和島中学、一高をへて東大法学部(旧制)卒旧内務省に入省し、北海道保安課長をふりだしに、群馬県警察本部長、内務省警保局長、和歌山県知事、静岡県知事(官選)を歴任

竹葉 秀雄
・愛媛県教育委員長。戦前、自宅を三間塾として開放し郷土青年の教育に努力。大横綱双葉山との親交もあつく、双葉山は二度も三間村塾を訪れた。昭和19年三間村長就任したのを経て、昭和26年県社会教育委員、29年考案医院を歴任。昭和31年には県教育委員となり昭和44年まで12年余り県教育会の重鎮として活躍。

太宰 孫九
・伊予鉄道社長。宇和水電(株)創立と共に29歳で常務取締役に就任。実業界に進出し、太宰コンツェルンと呼ばれる程多数の会社を設立し、実業界の重鎮として活躍する。大正14年伊予鉄道電気(株)の合併に伴い副社長、昭和8年社長。昭和17年伊予鉄道(株)設立と同時に初代社長に就任した。政治家としても旧二名村長、郡会議員、県会議員から、衆議院議員を経て再び見解議員として、愛媛県政界に重きをなした。

井関 邦三郎
・井関農機社長。農機具の近代化を追求する中で昭和11年(1936年)井関農機株式会社を設立。農業機械のトップメーカーに育て上げる。

土居 清良
・室町時代から安土桃山時代の頃の武将。鬼北地方を舞台として一条氏・土佐勢との間で20年間に渡る戦いを行なった。治世は親しく領民に接し農業を振興したので、領民は清良の没後、清良神社を創設し今日まで徳をしのんでいる。

藤部 吉人
・彫刻家。イタリアで彫刻を学んだ後、ヨーロッパ各国の美術展に出品、国際シンポジウムに参加し、個展数回開催。現在は大野ケ原にアトリエを構えている。

中尾 義隆
・版画家。日本版画協会会員で、外国画会30執念記念賞等を受賞している。特に人物のユニークな表現に定評がある。

河内 政義
・日本画家。独学で日本画を学び、昭和53年大潮展に出品し初入選する。現在、日本総合芸術協会理事として活躍中である。

畦地 梅太郎
・版画家。昭和2年日本版画協会展に入選し認められ、ついで昭和5年には第11回帝展に初入選を果たし、今日まで現役として活躍を続ける。


その他

戸雁焼【三間町戸雁】
頁岩の層は、大下部落から成家に向う、通学の道路を行きますと、その山の中の中腹くらいにわずか見つけることができます。なお、通路の山頂より、やや、成家に向うところには、暗黒の「亜炭層」に気づくことができます。このところで、宇和島市小浜の亜炭層を思い浮べて、よく観察しましょう。完全ではありませんが、植物の化石が含まれていることに注意しましょう。また、頂上付近の通路には、砂岩の風化した、白色のざらざらした粘土が露出しています。昔、三間町字、戸雁部落(とかり)では、この粘土を利用して、戸雁焼と呼ぶ、「茶わん」などを焼いていたそうですが、現在は、やめています。
(「中山池付近の地質」、宇和島教育事務所 大塚文夫、宇和島地方の自然、愛媛県立博物館編、愛媛の自然文献資料集 その2)



《References》



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