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(旧・肱川町)

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伊豫の隅々インデックス

カテゴリ別インデックス

市町村概要


キャッチフレーズ
(1).「わき上がる風でロマンの町づくり」
(2).「湖の温泉の町」

※第8回農村アメニティコンクール優良賞受賞の町


町の花 町の木 町の花木 町の鳥
ツツジ

特産物

沿革
・肱川町は東西11.85km、南北11.01km、面積62.28〜63.35km2で、四国山脈の支脈に囲まれ、平地の少ない峡谷型の山村である。
・農地及び集落は、肱川および河辺川に面した急傾斜地と河岸段丘上に散在している。

・昭和18年、宇和川村、大谷村、河辺村の3村を合併し、肱川村が成立。
・昭和34年、町政施行。(肱川村→肱川町)
 
肱川町へ 明治22年市政町村制施行 藩政時代
肱川町 肱川村 宇和川村
肱川町 肱川村 大谷村
河辺村 肱川村 河辺村
肱川町(一部編入) 横林村
肱川町(一部編入) 貝吹村


地名
大字


文化財
小藪温泉本館【肱川町宇和川】
・国登録有形文化財(平成13年)
・大正2年の建造物。大洲市ホームページによれば、小薮の福山安逸(1864〜1929)が大正11年春頃に建築。

大谷文楽人形頭、衣裳道具一式【肱川町大谷】
・県指定有形民俗文化財

大谷文楽【肱川町大谷】
・県指定無形民俗文化財(昭和39年指定)
・大谷文楽保存会
・嘉永6年に始まった。
・淡路の人形芝居吉田伝次郎一座が当地で巡業中、嘉永6年(1853)将軍家慶の死去にあい、歌舞音曲が禁じられたため大半は帰国した。残った座員が庄屋の保護を受け、生年に伝授、今日まで伝承されてきた。

河辺鎮縄神楽(しめかぐら)【肱川町山鳥坂 松島神社】
・県指定無形民俗文化財
・旧暦の10月最後の亥の日が松島神社の例祭日であり、この日に神社境内にて演じられる。
・山鳥坂鎮縄神楽保存会(肱川町山鳥坂・河辺村山鳥坂部落鎮縄神楽部)によって伝承・保存されている。
・250年以上前(享保年間)から受け継がれ、春の五穀豊穣、秋の豊作感謝など四季折々に神々の前で舞いが演じられる。

イチイガシ【肱川町中野 三島神社】
・県指定天然記念物
・周囲8m、根まわり8.5m、高さ20m。
・県下最大のイチイガシ。

小薮のイヌマキ【肱川町下小薮 小薮温泉】
・町指定天然記念物

客神社社叢【肱川町予子林 柳 客神社】
・町指定天然記念物

丸山大師堂の杉【肱川町山鳥坂 上鹿野川】

広常のタブノキ【肱川町大谷 広常】
・町指定天然記念物
・目通り周囲3.6m、高さ16m。

怒田野尾のムクノキ【肱川町名荷谷 八坂神社】
・町指定天然記念物

大野直之終焉の地【肱川町 橡の木瀬】

大野直之と息女の墓【肱川町 元岩谷小学校校庭】
「真心員殿圓行道智居士
 同息女幻娃自圓之墓
 安政三丙辰年再建 施主岡部■」

冨永彦三郎の墓【肱川町中居谷】
「正寿軒直翁定仙居士
文化十五戌寅三月二十日卒 寿八十四」

川中伊蒸の墓【肱川町市の畔】

岡田小草翁墓碑【肱川町予子林 東谷】

福郷寺の鰐口【肱川町上小薮 福郷寺】
・元禄五壬申正月吉日

妙ろ寺五輪塔【肱川町影地】

大和の五輪塔【肱川町久下】

大徳寺の五輪塔【肱川町久下】

森の五輪塔【肱川町森】

笹ヶ森五輪塔【肱川町中居谷】

観音堂の五輪塔【肱川町柳】

予子林の五輪塔【肱川町予子林】

広常の五輪塔【肱川町広常】

道野尾の五輪塔【肱川町道野尾】

法泉寺の棟札【肱川町下嵯峨谷】

大師堂の棟札【肱川町中津棟峠】

福郷寺の棟札【肱川町上小薮 福郷寺】

家老屋敷【肱川町 菟野尾】

旧宇和川村庄屋長屋門・倉(藤田邸)【肱川町萩野尾】

大久保利道書翰【肱川町上小薮】

旧大谷村庄屋(三瀬邸)【肱川町久保】

旧予子林村庄屋(大野邸)【肱川町予子林 町】

旧名荷谷村庄屋(二宮邸)【肱川町山槌】

旧岡部邸【肱川町予子林】

石丸番所跡【肱川町下石丸】

本願寺のクロガネモチ【肱川町橡の木瀬】

中津のトチノキ【肱川町中津】

安楽寺のモッコク【肱川町中居谷 町】

見の越の供養の松【肱川町見の越】

江南堂のサルスベリ【肱川町中居谷】

上森山のツバキ・サルスベリ【肱川町上森山】

中野三島神社のイチイガシ【肱川町】

八幡神社社叢【肱川町中居谷】



城址

橘城跡【肱川町中居谷甲538】
笹森城冨永氏の19代目が築城した。
・領域は数村にまたがり、支城は20数城あった。
桜ヶ城ともいう。
・標高339m。
→See.「都道府県別 日本の中世城館調査報告書集成 第19巻 四国地方の中世城館 愛媛・高知」、東洋書林

猿ヶ滝城跡(さるがたけじょうあと)【肱川町予子林2635】
岩本將監の居城であったが長曽我部の大群に攻められて落城したといわれている。
・城跡には、藤・桜が植えられ、眺望がよく、眼下に鹿野川ダムを一望できる。
・南北朝時代、新田義宗脇屋義治が潜居したという。
・天正時代は三滝城の支城であった。

堀城跡【肱川町山鳥坂丙309-2】
・橘城の支城。
和気氏が居城した。
・橘城主の弟大野直之が奇遇したが、諸臣と対立し落命した。

汗生城跡【肱川町宇和川オクビ】
・橘城の支城。
冨永直安が居城した。
阿瀬部城とも記す。
・標高160m。
→See.「都道府県別 日本の中世城館調査報告書集成 第19巻 四国地方の中世城館 愛媛・高知」、東洋書林

高尾城跡【肱川町大谷】
・三滝城の支城。
・天正年間、北之川左衛門の物頭、兵藤藤左衛門が居城した。

笹の森城跡【肱川町中居谷277】
・永治年間(1184〜)より、橘、冨永氏18代の居城で、郡内最古のもの。
・後に本拠を橘城に移した。

白石城跡(二重之城)【肱川町大谷393】
・白石甲斐助の居城。
・後に大塚氏が移り、三滝城の支城となった。

八黒城跡【肱川町予子林】
・汗生城主直安の家老八黒関右衛門の居城。
・同輩と争い、非業の死を遂げた。

堀城跡【肱川町】

談合城跡【肱川町中居谷】

瓜畦城跡【肱川町共栄】



遺跡

カラ岩谷遺跡【肱川町下敷水】
・肱川町指定史跡→大洲市指定史跡
・河辺川右岸の石灰岩採石場で見つかった骨洞。約40種の動物骨(クマの下顎、オオサンショウウオの骨、魚の骨、カエルの骨、カニのツメ、ヘビの背骨、トカゲの顎、モグラの骨、ネズミの骨、コウモリの骨…)と、人骨・木炭などが発掘された。
・昭和33年8月発掘調査開始。
カラ岩谷化石産出地
・河辺川支流、カラ岩谷にある石灰岩の崖地。
・昭和31年、石灰岩の採掘中に動物化石が発見された。
・昭和33年、愛媛新聞社・肱川村共催の学術調査が行われた。
(第8回山鳥坂ダム環境検討委員会 資料-3、国土交通省四国地方整備局山鳥坂ダム工事事務所、平成18年9月12日、pp.66〜72)
カラ岩洞
・カラ岩谷中腹部にある2つの横穴(山側洞、川側洞)

長瀬遺跡【肱川町道野尾】

馬場ノナル遺跡【肱川町道野尾】



古墳

安楽寺【肱川町中居谷1440 ((町)】
・本尊:木造阿弥陀如来坐像
モッコク
・町指定天然記念物
・樹高約6m
・推定樹齢600年

善通寺【肱川町】

陽春院【肱川町宇和川3405(汗生)】
・本尊:聖観世音菩薩坐像

光明寺【肱川町大谷1945 (久保)】
・本尊:木造阿弥陀如来坐像

西行寺【肱川町菟野尾】
・廃寺
・仏像は菟野尾集会所内に安置されている。

正覚寺【肱川町中居谷】
・廃寺
・御堂

盛正寺【肱川町森】
・現在は観音堂

長命寺【肱川町予子林2200 (藤野原)】
・本尊:釈迦牟尼仏坐像
涅槃図
鎧兜
仏画

福郷寺【肱川町上小薮】
・御堂

福泉寺【肱川町上石丸】
・廃寺

宝光寺【肱川町上森山】
・廃寺

法泉寺【肱川町下嵯峨谷】
・御堂

本願寺【肱川町山鳥坂4288 (橡の木瀬)】
・弘法大師座像
涅槃図
クロガネモチ
・町指定天然記念物
・胸高幹周3.8m
・樹高32m
・推定樹齢300年以上

弥勒院【肱川町大谷知者の木】

小薮大師【肱川町小薮】


神社

石鎚神社岳山遥拝所【肱川町 岳山】

石鎚本教龍雲山【肱川町下小薮】

春日神社【肱川町山鳥坂】

春日神社【肱川町岩谷 橡の木瀬】

鹿野川弁天宮【肱川町】

客神社【肱川町予子林 柳】
2006/9/24
・祭神:伊弉諾命、伊弉册命
 
社号碑
「伊予柳郷 総鎮守柳森 客神社」
一の鳥居
二の鳥居
注連石
「敬神」(拝殿に向かって右)
「誠心」(拝殿に向かって左)
神馬像
クスノキの大樹
境内末社:恵比須神社
「肱川町指定天然記念物 予子林客神社社叢」碑
客神社社叢
・町指定天然記念物
・幹周3.8m、高さ25mのクスノキの巨木や、スギ・ヒノキ・ツクバネガシ・シラカシ・ムクロジなどがある。
クスノキ
モチノキ
創立一千五百十八年奉祝碑 昭和六十年
看板
「柳之郷総鎮守 客神社
祭神 伊弉諾大神、伊弉冉大神 他十六柱合祀
由緒略 上皇五十一代平城天皇の大同二年(807)当村(当時横林村)の豪農孫一という者、大和の吉野より二柱の神を勧請して帰ったと云う。
爾来予子林邑外十一ヶ村の総鎮守として尊崇篤し。
御神徳 儲子(ちょし)、安産、長寿、学問
天然記念物 大楠木他社叢
芸能 日本一の定評ある牛鬼、八ツ鹿踊」
町有形民俗文化財 予子林客神社牛鬼
「牛鬼は、当町内神社の秋季祭礼において、渡御の先頭を行き道中の悪魔を払い氏子内の悪鬼夜叉を退散させる出し物として登場する。予子林客神社の秋季祭礼は毎年十一月九日に行われ、この牛鬼も供奉する。客神社牛鬼がいつから始まったかは定かではないが、現存する鬼面は山鳥坂奥の山の池田源蔵(一八六六〜一九三六)の遠祖が製作したものと伝えられている。その後、藤之原の浜口新蔵(大工)、林近太郎が修繕塗替を行い、昭和三十年頃、阿部神具塗師(松山)により原型のまま補修し現在にいたっている。なお、同形の頭(昭和三十年まで栗木氏子により供奉)一個も、客神社御輿庫に収蔵されている。牛鬼は二本の角が真っ直ぐに伸びているのが普通であるが、この客神社の牛鬼は、角の先端が内側に曲がっている特徴があり、眼輝も鋭く、怪異な形相は迫力十分である。黒布で被った胴、ぴんと立った尾(剣)で仕立て、「ブォー、ブォー」と竹笛を鳴らしながら、頭を荒々しく打ち払って暴れまわる様は圧巻である。昭和三十年の町村分離までは、野村町栗木(客神社氏子内)の牛鬼と渡御中激しく角突き合わすのが恒例であった。
 昭和五十年七月二十日、宇和島まつり和霊大祭に、南予各地から牛鬼三十一体が参加して牛鬼パレードが催され、この時出場した予子林の牛鬼は、登場した牛鬼の中で最優秀と評価を受け金モール授与の栄誉に輝いた。また、昭和五十五年度愛媛県教育委員会主催の「えひめ文化百選」にも選ばれるなど、当町祭礼の象徴として地域的特徴を示す代表的なものである。
 牛鬼の由来については、豊臣秀吉が朝鮮を侵攻した文禄の役(一五九二)に加藤清正がこれを用いて敵を脅かしたという説や、中世に大洲太郎が牛鬼の形を作って怪獣の襲来を防いだという伝説もある。わが国において牛鬼という言語は、清少納言の枕草子一五三段に「…うしおに。いかり、名よりも見るはおそろし。」とあるのが初見で、また、太平記巻第三十二鬼丸の記事の条に「…忽ニ長二丈計ナル牛鬼ト成テ」と書かれて登場する。愛媛県下において、牛鬼は南予一円と小田町、菊間町に分布する。
平成三年十一月五日指定  肱川町教育委員会」
常夜灯
・文化十四年
夏越祭
・旧暦六月十九日(2006年…7/14)

高知の宮【肱川町中津】
 
中津のトチノキ
・町指定天然記念物
・胸高幹周4.27m
・樹高約24m

金刀比羅神社【肱川町大谷 広常】
1999/5/29

神明神社【肱川町正山(しょうざん) 協生】
2006/9/24
・正山小学校(肱川町名荷 谷1750番地)の隣
★正山小学校では運動会を開催中であった。(2006/9/24
★正山にお住まいの櫻田さん(だったかな?)に風ヶ峠へ抜ける道があるかどうかを尋ねる。
葬儀に向かう最中にも関わらず、
「僕の後ろに付いてきたらええわい。」
と車で林道の入り口まで案内していただいた。
2006/9/24

高城神社【肱川町小薮】
「祭礼相撲土俵免状
喜多郡宇和川村御薮
高城神社 柱預り 徳本勝次 藤川杢十郎
今般依心願当御社御神事祭礼相撲之節茲ニ永代四本柱土俵奉納置…明治弐拾九年旧十月十五日 相撲頭取 音羽山定吉」

八幡神社【肱川町道野尾】

八幡神社【肱川町中居谷】
 
シラカシ林
弁天宮
2006/9/24
・丸山公園へと登る道沿いに赤鳥居が立っている。
・昭和五十六年八月七日建立。
・階段を下りると、畳四畳敷ぐらいのコンクリート製の踊り場が設けられており、その一角に小社が祀られている。
・この踊り場より、清流河辺川を見下ろすと、透明な流れの中に大きな黒鯉が悠々と泳いでいるのが見えた。

松島神社【肱川町山鳥坂 菟野尾】
 
鎮縄神楽

三島神社【肱川町中野 上中野】

三島神社【肱川町大谷 久保】

八坂神社【肱川町名荷谷】
 
怒田野尾のムクノキ
・町指定天然記念物
・樹高約30m

龍王神社【肱川町藤野原】
・昭和10年4月30日落成。

辰の口権現【肱川町道野尾】

田神様(肱川町京造)

オムロ(嵯峨谷道路沿い)


お堂

丸山大師堂【肱川町山鳥坂】
 

・町指定天然記念物

観音堂【肱川町予子林 柳】

道野尾の御堂【肱川町道野尾】




地蔵

石仏【肱川町協生】





御在所山【肱川町大谷】
1999/5/29、2000/5/13
・標高668.8m。
・石灰岩が分布しており、カルスト地形をなしている。
 
御在所自然の森
・昭和53年5月開所。
・キャンプ場、バンガロー、展望台などが設置されている。

岳山


鉱山

川・渓谷

小薮渓谷【肱川町宇和川下小薮】
1999/5/29
 
八大龍王神社
「龍雲山 肱川新四国八十八ヶ所整備事業完成記念の碑」
・肱川お四国学級生一同建立。
・平成6年4月吉日、安川正則贈。
・渓谷遊歩道の入口に建つ。
安川正則頌徳碑


轟の滝【肱川町大谷】
1999/5/29
 
轟(とどろ)の滝
・上滝は13m、下滝は23m。
轟龍王神社
・春季大祭が4月15日に行われる。
轟龍王伝説


ダム
鹿野川ダム【肱川町鹿野川】

・昭和35年8月、日活映画「南海の狼煙」(小林旭、宍戸錠、…)のロケが行われた。
・昭和35年5月、鹿野川湖水一帯が肱川県立自然公園に指定された。
 
鹿野川ダム湖畔のイルミネーション



轟大橋

大谷橋
・昭和32年9月竣工。

河辺橋
・大正2年10月19日開通竣工。
・昭和26年9月、洪水で崩落寸前となる。

赤岩橋【肱川町赤岩】
・沈下橋。→架け替え

鹿野川橋
・昭和38年6月5日竣工。

鹿野川大橋
・昭和26年6月完成。(吊り橋)
・昭和53年4月竣工。

鹿野川湖大橋
・平成8年3月26日竣工。

岩谷の屋根付き橋【肱川町岩谷】

鳥首橋

道野尾橋
・農免道路
・昭和63年3月29日竣工。


風景

十二月野の棚田

中居谷の棚田


洞窟・鍾乳洞

見の越風穴【肱川町】

小薮龍雲鍾乳洞【肱川町小薮】
→See.「写真で綴る肱川町のあゆみ 風の軌跡 ひじかわ」


樹木

イチイガシ【肱川町中野 三島神社】
・県指定天然記念物
・周囲8m、根まわり8.5m、高さ20m。
・県下最大のイチイガシ。

小薮のイヌマキ【肱川町下小薮 小薮温泉】
・町指定天然記念物

客神社社叢【肱川町予子林 柳 客神社】
・町指定天然記念物

丸山大師堂の杉【肱川町山鳥坂 上鹿野川】

広常のタブノキ【肱川町大谷 広常】
・町指定天然記念物
・目通り周囲3.6m、高さ16m。

怒田野尾のムクノキ【肱川町名荷谷 八坂神社】
・町指定天然記念物

本願寺のクロガネモチ【肱川町橡の木瀬】

中津のトチノキ【肱川町中津】

安楽寺のモッコク【肱川町中居谷 町】

見の越の供養の松【肱川町見の越】

江南堂のサルスベリ【肱川町中居谷】

上森山のツバキ・サルスベリ【肱川町上森山】

中野三島神社のイチイガシ【肱川町】

八幡神社社叢【肱川町中居谷】




鹿野川道路
「鹿野川道路事業概要
愛媛県東宇和郡野村町から同県喜多郡肱川町に至る延長10.7km間の現道は、昭和34年に完成した鹿野川ダムの付替道として施工されたものである。幅員は4.5mと狭小で全国的に有名な地すべり地域であり交通の難所となっていた。このため、建設省大洲工事事務所は、昭和59年より道路事業に着手し、14年の歳月をかけ平成11年に完成させた。
路線名 一般国道197号
規格 第3種3級 設計速度50km
延長 6.7km
事業費 約214億円
幅員 車道6.0m 歩道2.5m 全幅10.0m
平成11年6月」(栗ノ木トンネル入口の事業概要碑)

林道ウジマル線

百ヶ市風ヶ峠線
・未舗装
百ヶ市風ヶ峠線開通記念碑



峰峠(むねんとう)【肱川町中津】

松之越【肱川町予子林 藤之原】
・旧往還。
・旅篭・苗木屋跡の石垣がある。

風ヶ峠
2006/9/24
河辺・中居谷、愛の森、中居谷・五十崎・大洲の三方向分岐。
変哲のない普通の分岐路。景観も望めず、峠名の痕跡もない。
風車が建っているわけでもない。
がっくりである。
仕方がないので、愛の森にでも登ってみるかと標識に従って南へと延びる道へと進んでいく。
すると、平成二年に建てられた石碑「風峠」が建てられていた。
これを写真に収める。収穫だ。
……
道の途中に見晴らしの良い場所がある。神南山方面が一望できる。
……
途中の標識でで「見の越」という地名が目に留まった。見の越風穴の所在を確認したい。
未舗装の悪路を降りていく。やがて舗装道路になり、見の越の小集落へと至る。
……
しかし、どこにも風穴らしきものは見当たらない。

峠(名称不詳)
2006/9/24
 
津の内園地 花と銀杏の真心公園
※大洲市肱川町観光マップには「風の憩い公園」と記している。
・平成三年十一月完成
・造園者 安川正則
谷本義光翁頌徳碑
翁は、明治三十一年二月五日正山に生まれる。宇和川村助役、肱川村長を歴任。県議会議員二期。地方自治振興に貢献され、特に県議会建設委員長、電力特別委員長に就任。地域発展の為、鹿野川ダムけんせつに努力。県公営事業の功績は誠に大なる。昭和四年より四十有余年の長きにわたり農林業福祉増進に献身され、特に宇和川村施業土木森林組合を設立。組合長となり永田茂三郎氏の協力と相俟って赤岩から弁天に至る道路を開設。地方産業文化向上に貢献。宮内省御用、国鉄自動車用木炭の生産に尽力。その功により農林大臣表彰の栄に浴された。
ここに翁の不滅の業績をたたえ、永遠に残すため頌徳碑を建立するものである。
昭和四十六年十二月
正六位 谷本義光翁顕彰会
叙勲 勲五等 瑞宝章 昭和四十七年十一月三日
風車
この風車は、肱川町の地域創生資金の一部を利用して正山地域の風おこし運動(地域つくり)のシンボルとしてみんなで協力して作った手づくりの風車です。
私たちの地域では、イベント、奉仕作業を通じて話し合いながら、子供達が「父ちゃん、この地域におるけん」と言ってくれる地域、みんなが「この地域に生まれて良かった」と言える地域、皆さんから「良い所にお住まいですね」と言っていただく地域を目指して頑張っています。ご理解、ご指導、ご協力をお願い致します。
平成四年四月 正山風の会
記念植樹 銀杏20本 正山小学校 平成3年度卒業生


句碑の道
・平成元年度から行われている肱川町俳句大会の入選句を碑に刻んでいる。

平成元年度:「石楠花は 蝶の揺り籠 夢の籠」 上隅まさを(五十崎町)
平成2年度:「石楠花の 素顔へ落ちし 傘しづく」 篠崎たかこ(大洲市)
平成3年度:「芽吹く山 ダム放水の 水しぶき」 佐藤美江子(肱川町)
平成4年度:「此の峡も やがては湖底 燕とぶ」 隅田一恵(大洲市)
平成4年度:「とっぷりと 湖暮るゝ 鹿の聲」 岩城節子(肱川町)
平成5年度:「文楽を 守りて山の子 卒業す」 板倉勉(大洲市)
平成6年度:「オカリナの 少年春の 湖光り」 清水美和子(肱川町)
平成7年度:「風車 みな南風歓喜し 風館」 井関しげる(野村町)
平成8年度:「花の私語 聞こえて来そう 風の里」 穴田柳子(五十崎町)
平成9年度:「孕み鹿 庇う雄鹿の 角をふる」 都築仙崖(五十崎町)
平成9年度:「周公に 逢いたる夢の 朧哉」 大野和(肱川町長)
平成10年度:「水の意に 風の意に添ひ 花筏」 浜本美和(吉田町)
平成11年度:「世に出でし 歌麿版木 花の里」 山内栄(肱川町)
平成12年度:「歌麿の 町の未来図 風光る」 佐藤比呂志(野村町)

和気郁太郎翁功労表彰碑
・鹿野川駅前。
・大正14年建立式典が行われた。


公園

猿ヶ滝公園【肱川町予子林 藤之原】
・標高約250m。
・眼下に鹿野川湖の各所が見える。

丸山公園【肱川町鹿野川】
1999/5/29、2006/9/24
・鹿野川ダム県立自然公園
・4月頃には、約 300mの遊歩道がある約3.5haの園内に白・ピンクのシャクナゲが美しく咲き競う。
・県内有数の花園の名所として知られる丸山公園は、別名「シャクナゲ園」といわれれているように、高山植物であるシャクナゲが園内に3000本も植えられており、4月上旬には見事に咲き乱れる。この園内には、ツツジ、エビネラン、桜、楓 カエデ、の自然樹が数多くみられる。
丸山公園より200mの高台に鹿野川園地があり、鹿野川湖を見おろす展望台休憩所、遊具などの施設がある。
しゃくなげ谷
・駐車場に「ようこそ風の町へ」の看板。
「丸山公園 しゃくなげ谷」の碑
「手づくり郷土賞」の碑
・建設大臣 越智伊平書
・小さなふれあい広場三十選
・昭和六十三年七月
・寄贈 (社)四国建設弘済会
えひめ森林浴八十八ヶ所 平成十五年三月 二十六番 丸山公園・茶堂ルート
鹿鳴園
句碑
展望台
・幼稚園生の頃にここに来たような記憶が蘇る。
山田庄太郎翁頌徳碑
・内閣総理大臣 佐藤栄作書
「肱川県立自然公園 鹿野川園地」の碑
柳子句碑
「花の私語 聞こえて来そう 風の里」
綾井章江女史顕彰碑
風の博物館 【喜多郡肱川町予子林99-1】
・1994年 3月オープン
・料金: 小・中学生 100円、大人 200円
・開館: 09:00〜17:00
・休館:月曜日、祝日の翌日
風洞実験機(吸込型)
「心に風を」の碑
・肱川町長 大野和
肱川町創立四十周年記念の碑
「波」SPACE
・平成十七年一月十日 肱川町閉町記念
風車
白いヒガンバナ
・まあ、特段珍しいってことでもないのだが・・・。
大洲市大駄馬ふれあい広場
風のフォリー
・博物館外の茶堂ルートにあり、遠くから見たり、近くから見て、風の動きや風の音が聞ける屋外彫刻。
・風のフォリーが建つ山は、一ヶ森という名前である。
風の憩公園
イチョウ並木の美しい公園。水車、風車がある。
風洞実験
風速15m前後の風を起こして、風の強さを体感させる施設。
電気自動車、おもしろ自転車
・自動車1周:100円
・自転車:50円/15分
乗馬クラブ

鹿野川園地【肱川町大駄馬】

・県立自然公園。


祭り

イベント

ふれあいまつり
・昭和60年5月、第1回ふれあいまつりを開催。


施設

ひじかわ特産開発センター【肱川町大字宇和川4327】

・農林産物の付加価値を高めるための研究開発を行う。
・特産品の開発や都市との交流を基軸とした販路拡充を行う。
→閉鎖→場所を変えて「道の駅・清流の里ひじかわ」へ

※町内栗園での「観光栗ひろい」に行くには、ここで入園券を調達するようになっとったが、これは「道の駅・清流の里ひじかわ」へと継承されたんじゃろか?
※せっかく作った水車小屋が物悲しそうに道端に佇んどる。

道の駅・清流の里ひじかわ【肱川町大字宇和川3030】
・平成13年(2001)12月1日オープン。
2002/4/16
 
観光案内所
レストラン・華の森
物産品販売所
農産物販売所
木工芸品販売所
えみゅ〜(商業集積施設)

肱川町交流促進センター鹿野川荘【肱川町大字宇和川588-1】
・1997年4月2日オープン。
・宿泊料金:1泊2食付\11,000〜
・国道197号線沿い、鹿野川ダム堤よりやや南にある。

文楽伝習館【肱川町大谷】

風の博物館【肱川町予子林99番地1】

歌麿館【肱川町予子林99番地1】
・平成14年(2002)3月24日オープン。
・肱川町内で発見された喜多川歌麿の版木から復元した「狐釣之図(きつねつりのず)」などを展示している。
・休館日:火曜日


学校
正倫学校跡碑(肱川町 旧庄屋 三瀬貞子氏宅)

大谷保育所(肱川町大谷広常)

大谷小学校(肱川町大谷 広常)
・平成4年校舎(十四角形)落成。

河辺尋常高等小学校鹿ノ川分教場:現在の肱川郵便局

宇和川北尋常高等小学校:現在の正山小学校

正山小学校
・昭和26年3月、校舎新築落成。

宇和川小学校(赤岩)

岩谷小学校
・昭和27年12月校舎落成。
・平成11年3月、閉校。平成11年度より中野小学校に統合。

岩谷中学校
・昭和27年12月校舎落成。

河辺尋常高等小学校:現在の嵯峨谷捷水路

堀小学校:現在の嵯峨谷捷水路
・昭和25年12月、焼失。→河辺農協階下を仮校舎とする。

河辺中学校:現在の嵯峨谷捷水路
・昭和25年12月、焼失。

予子林小学校
・昭和41年3月、校舎(鉄筋コンクリート2階建て)落成。

中野小学校(上中野)

中津小学校
・昭和44年3月、閉校。4月より予子林小学校に統合。

肱川中学校
・昭和35年4月、宇和川中学校、岩谷中学校、予子林中学校、大谷中学校を名目統合して肱川中学校となる。
・昭和37年4月、実質統合。
・昭和37年5月、校舎落成式。

貝吹中学校
 
貝吹中学校跡碑(野村町貝吹)

大洲農業高等学校肱川分校
・昭和23年9月発足
・昭和24年9月、大洲高等学校肱川分校となる。
・昭和28年12月、鹿野川に校舎落成。

野村高等学校横林分校
・昭和23年10月発足


温泉

小薮温泉【肱川町宇和川下小薮】
1999/5/29
・鹿野川ダム県立自然公園
・肱川支流小藪川沿い

・国道197号線沿いに肱川上流へと向かい、鹿野川湖下流の赤い鳥居をくぐって山へと入っていくと小藪温泉がある。
・本館は木造3階建て、大正2年(1913)の建築である。
・別館は昭和63年に建築された。
小藪温泉は愛媛県を代表する古い湯治場で、文久元年(1861)に温泉成分を含んだ水がでたという。
・泉質は無色透明のアルカリ単純泉で、リューマチ、神経痛、アトピーなどに効能があると言われる。
 
小薮のイヌマキ【肱川町小薮】
・小薮温泉前にある。
・町指定天然記念物(昭和42年7月24日指定)
・高さ12m、目通り3mの大きさで、地上4mぐらいのところから枝が貼り出している。
・県内では城辺町の万福寺の2株に次ぐ大きさのものである。

深瀬温泉【肱川町汗生】


伝説

丹後の化け猫退治【肱川町予子林】
予子林の奥の六地蔵に化け物が出るという噂がたった。
そこで予子林の東丹後が火縄銃を担いで六地蔵に出向いた。すると牛程もある大きな猫の化け物が大きな目玉を光らせて出てきた。その猫に狙いを定めて丹後は銃の引き金をひいたがカーンという音だけが返ってきて、何度撃っても仕留めることができなかった。
やがてその年の大晦日の晩、今夜こそはと丹後は草原を見据えていた。
山猫は「今夜は大晦日の夜、東丹後も居ないだろう。
蓑も笠も脱ぎ捨てて踊ろう」と何やら脱ぎ捨てて踊
っている。狙いを定めて丹後が銃を撃つと、ギャーという悲鳴とともに大猫がとびあがった。気がつくとい化け猫の姿はない。その代わり、血の跡が点々と続いており、それを辿っていくと自分の家の台所まできた。竈の側には長い間かっていた大きな三毛猫が胸を撃たれて死んでおり、その近くには沢山の弾痕の付いた東丹後家の茶釜の蓋がころがっていた

轟龍王伝説【肱川町大谷】
 その昔、6代目の当主に権大僧都彌勒院快仙法印という修験者がいた。
 祈念霊験ともに優れた山伏で、近郷近在の善男善女に大変慕われていた。
 時に桃園天皇の御代で、延享5年7月(1748)のある日、いつものとおり下女が轟に洗濯に行ったが、昼になっても帰ってこない。いぶかしく思った快仙が迎えに行ってみると、洗濯物が洗って籠に入れてあるのに下女がいない。滝壷の淵に草履が揃えてあるので、龍に見入られたに相違無いと思い、小刀を口にくわえ滝壷に入った。岩穴の奥に岩屋があり、下女は表の間で糸を紡いでいた。下女は快仙を見るとはらはらと涙を流し、
「わたしはもう人間界には戻れません。誠に勝手ながらお暇を下さい」
という。事情をつぶさに聞いた快仙が、後生の供養を約束すると、
「ただいま主人は奥の部屋で仮眠中です。起こさないよう、また覗かないようお願いします」
と念を押し、茶を入れてくると席を外した。興味を惹かれた快仙が襖の隙間からうかがうと、十畳ほどの部屋で龍がとぐろを巻いて寝ていた。娘が戻ってきたので、しばらく話して、それではと別れを告げ、滝壷から出てから含んできた茶を吐いてみると、真っ赤な血であったという。
 その後快仙は、娘との約束通り、滝の上部にお室を造り、龍王と娘の霊を併せて轟龍王神として祀った。何年か後、大旱魃があり、大変困っていたとき、娘の霊が快仙の夢に現れ、「御祀りいただいて龍王も大変嬉しく思っています。今旱魃でお困りの様子、皆さんで雨乞いをなさればお取り次ぎします」という。快仙は、早速村人にはかり、御室の前で雨乞いを始めた。すると、天俄にかき曇り、雷鳴轟き、閃光は滝の底にも達し、大雨が降り旱魃が解消した。(大谷を考える会)


キャンプ

海水浴

人物
福山安逸
・宇和川村長

三瀬俊蔵
・大谷村長

矢野惟一
・河辺村長

和気郁太郎
・河辺村長

宮武熊丸
・大谷村長

山田庄太郎
・肱川村長(昭和18年〜昭和21年、昭和29年〜昭和31年)

谷本義光
・肱川村長(昭和22年〜昭和26年)

池田萬千雄
・肱川村長、肱川町長(昭和26年〜昭和29年、昭和31年〜昭和44年)

藤川守仲
・肱川町長(昭和44年〜昭和52年)

久保田仁之
・肱川町長(平成13年〜平成15年)

大野和
・肱川町長(昭和52年〜平成13年、平成14年〜)


その他


《References》
●「写真で綴る肱川町のあゆみ 風の軌跡 ひじかわ(肱川町閉町記念写真集)」、肱川町、2004年12月


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