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伊予の隅々
こたろう博物学研究所
市町村別情報庫
今治市
(旧・上浦町)

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伊豫の隅々インデックス

カテゴリ別インデックス

市町村概要


キャッチフレーズ
(1).「海と光と夢の島 かみうら」

町の木 町の花木 町の鳥
躑躅(つつじ) 松(まつ)


特産物
・赤飯まんじゅう:
・いも吉まんじゅう:いも地蔵にちなんだお菓子
・はまぐり:
・たい:刺身、鯛飯など
・ひらめ:
・レモン:
・温州みかん:島の緩斜面と温暖な気候に育まれ、甘さは格別    秋〜冬
・海賊料理:近海で水揚げされた生きのよい魚介類を豪華に盛りつけた料理。
・鶴亀鯛料理:大三島の長寿料理 ・きじ、スッポン、鯛が一度に食べられるのが魅力。きじ鍋、スッポンの唐揚げ、鯛の刺身などとても美味。

沿革
藩政時代:松山藩
明治22年:盛口村、瀬戸崎村
昭和30年3月:上浦村
昭和39年4月:上浦町

地名
大字
甘崎 (あまざき) 
→今治市上浦町甘崎
井口 (いのくち) 
→今治市上浦町井口
盛 (さかり)
→今治市上浦町盛
瀬戸 (せと)
→今治市上浦町瀬戸


文化財

旧井口三番浜丸樋【上浦町】
・国登録有形文化財(平成14年)
・塩田の排水を主目的に築かれた江戸時代末期の石積み施設。
・高さ4.5m。

旧井口四番浜南丸樋【上浦町】
・国登録有形文化財(平成14年)
・高さ4.9m。

旧井口四番浜北丸樋【上浦町】
・国登録有形文化財(平成14年)
・高さ2.5m。

古城島(こじょうじま)(甘崎城跡)【上浦町甘崎(あまざき)】
・県指定史跡
甘崎城天崎城、あまざきじょう)が残る。
・663年に築城された日本最古の水軍城跡。
・天正年間、三島村上氏の属将・今岡民部が居城したといわれる。
・慶長年間(1596〜1615)には藤堂高虎の弟大学頭の居城としていた。
・江戸初期に廃城となった。
・島の周囲には高い石垣が巡らされている。
・岩礁地帯には、所々柱穴(ピット)が残っている。
・海底には大小約30条に及ぶ直線の石垣遺構がある。
・古城島甘崎城は、古名を天崎と記した。
・守護神を祭る甘崎荒神社の伝えによると天智天皇10年(671)8月7日唐軍の侵攻に備えて、勅命によって築城したと言う。その初名を上門島海防城といったため、日本最古の水軍城として、以来 瀬戸内海水軍史上にその名を記した。
・元禄4年(1691)、この沖を船に乗ってきたドイツ人ケンペルも帰国後日本誌にその雄姿を記した。
・今日の姿になったのは幕末の頃のようで、海底はなお築城礎石の巨石の列20余条延べ約1000mを存し、その技法の一部は古代に属するものと見られている。
・1ヶ月に一度、引き潮のときに砂浜の道ができ、城山との間を徒歩で往復することができる。

小みかん【上浦町井口】
・県指定天然記念物

おおむらさき【上浦町甘崎】
・県指定天然記念物

横殿宮跡【上浦町 瀬戸八幡神社】
・町指定有形文化財

村上河内守の墓【上浦町甘崎 明光寺】
・町指定有形文化財

藤堂大輔の墓【上浦町甘崎 明光寺】
・町指定有形文化財

日本廻国碑【上浦町井口】
・町指定有形文化財

瀬山古墳の石棺【上浦町瀬戸】
・町指定有形文化財

萩の岡貝塚
・町指定史跡
・縄文時代の貝塚

藤井比蔵一生記
・町指定文化財
・幕末庶民の手記として貴重な資料。

みたらしの水
・海水中から四六時中清水がこんこんと湧き出ている。大山祇神社の大祭にはこのみたらしの水が献上御供されていた。

増信上人の墓【上浦町井口】
増信上人(〜1862、享年62歳)は、薬師寺の十三代目の和尚。篤志家で、私財を投じて道路補修や架橋工事を行ったという。
・薬師寺は、旧井口小学校の校舎の地に建っていた寺。
・この墓は、増信上人没後、村人によって建てられた。

水神様の井戸【上浦町井口】
・旧井口小学校の裏にある。
・昔からどんなに日照りが続いても、どんなに汲んでも枯れないので、「水神様の井戸」とよばれた。

防空壕【上浦町井口】
・上浦町役場のすぐ隣にある。



城址

甘崎城跡【上浦町甘崎(あまざき)】



遺跡

萩岡遺跡【上浦町】
・縄文時代の遺跡



古墳

跡地

横殿宮址
 ・現在大三島町宮浦に鎮座している大山祇神社の旧司祭地である。


向雲寺(こううんじ)【上浦町瀬戸1754】
・宗派:曹洞宗
・瀬戸内七福神:福禄寿
甘薯地蔵堂(いもじぞうどう)
向雲寺境内にある。
・芋地蔵は、薩摩の国禁を犯してサツマイモを持ち帰り、その普及に努め、そして島民を飢饉から救った下見吉十郎(あさみきちじゅうろう)を祀る。
・吉十郎は、早世した二男二女の子供達の慰霊のため、回国巡礼の旅に出た。そして、薩摩国日置郡で初めて口にしたサツマイモを正徳元年(1711)に大三島に持ち帰った。やがてサツマイモは島民の常食となり、享保の大飢饉(享保17年(1732))の際も、周辺の島々から餓死者を出さなかったという。

甘藷地蔵
  享保17年(1732年)、西国は干害によって大飢饉が起こり、翌年は多数の死者を出すほどの被害を受けた。しかし、この時大三島や付近の島からは一人の死者も出さなかったばかりか、藩への多量の米を供出したほどだった。その秘密は、さつまいもにあった。大三島出身の下見吉十郎が、正徳元年(1711年)に薩摩国(鹿児島県)伊集院村から、さつまいもの種を持ち帰り、この地方に普及させたのである。吉十郎は、4人の子どもを幼くして亡くしたため、回国巡礼に出、薩摩でさつまいもに出会った。その美味に舌鼓を打ち、是非島に持ち帰ろうと思ったが、当時薩摩はさつまいもの国外持ち出しを禁止していたため、苦労の末にひそかに持ち帰った。 この偉業を称えるために、向雲寺の墓地の最後部に甘藷を抱く地蔵を祀って、命日旧暦9月1日には報恩の祭典が行われている。地蔵尊には、彼の老年期の号、古岩独釣の文字が刻まれ、彼を支えた妻の墓が、傍らにひっそりと祀られている。

いも地蔵祭
・向雲寺境内にあるいも地蔵は下見吉十郎をまつったもので、高さ50cmほどの石地蔵である。さつまいもで、大飢饉から島民を救った下見吉十郎をしのび、島の人々はその命日(旧暦9月1日)を「いもじぞうさん」と呼び報恩の祭典を行っている。
下見吉十郎の像
下見吉十郎は、1673年、瀬戸に生また。
・スズカという妻を迎えたが、生まれる子供が相 次いで亡くなってしまった。吉十郎は子供の冥福を祈りつつ、全国行脚の旅へと出た。そして、国禁の罪と知りつつも、薩摩から甘藷を持って帰った。そのおかげで、どんな日照りでも飢饉で死ぬ人はいなくなったという。
向雲寺の門
 
極楽寺【上浦町甘崎3751】

西光寺【上浦町上浦町盛2412】
・山号:照運山
・本山は、広島県三原市高坂町にある佛通寺。
・文明2年に開かれた。島内で最も古い寺といわれる。
 
閻魔様
西光寺地蔵
・宝永50年とある?そのうち丑年は,6年の己(つちのと)丑だけなので、宝永6年の作製だと考えられる。
銅鐘
十王堂
不動明王、薬師如来、阿弥陀如来、弥勒菩薩、勢至菩薩、釈迦如来、観世音菩薩、普賢菩薩、文殊菩薩、閻魔王

真行寺【上浦町井口4403】

善光寺【上浦町甘崎】

宝珠寺【上浦町井口3013】

明光寺【上浦町甘崎1373-1】
・元禄年間(1668)に開かれた。
(ちくしんおしょう)が造った。
村上河内守の墓
・村上河内守の墓と言い伝えられる五輪塔の残部。
藤堂大輔の墓

薬師寺【上浦町井口】
大三島西国第19番 薬師寺
「ふるさとを なおしたわれて いのくちの たまのうてなと いのるやくしぢ」」


神社

井田八幡神社【上浦町井口(いのくち)】

荒神社【上浦町甘崎】
 
境内末社:粟島神社
・360年ほど昔に紀伊から勧請したとか、伯耆(ほうき=今の鳥取県)の粟屋から勧請したと言われる。
・当初は裏参道の大きな楠の木のところに祀ってあったが、明治末期に本社西側の山肌を掘削してそこに移した。
・甘崎の粟島さんの祭日は旧暦2月13日。
参道の大楠に纏わる話

盛八幡神社【上浦町盛】
小笠原流弓祈祷
・江戸時代初期に伝わった武家礼式。昭和32年(1957)を最後に途絶えていたが、平成15年7月、再現。

瀬戸八幡神社【上浦町瀬戸】
・祭神:誉田別命(応神天皇)、息長足姫命(神功皇后)
・養老三年(719)まで、瀬戸内海の鎮守社としての使命があり、栄えていた。
横殿宮史跡
・町指定文化財
・所有者:瀬戸八幡神社

横殿神社【上浦町瀬戸】
・この神社は大山祗神社の旧址であったと伝えられる。
日露戦争記念碑
みたらしの水
現在、新田とよばれる場所は、往古は海であったが、真水が湧く場所があり、人々から大切にされていた。
大山祇神が、海水でお祓いをし、後から清水で禊ぎをし、海中に立って「清水よ出よ!」というと、清水が湧出したのだと伝えられる。
大山祇神が、宮浦へ移った後も、大山祇神社祭礼時は、このみたらしの水を瀬戸から献上したという。
お旅所
・祭礼時に獅子が集まる。


お堂



地蔵

不動さん 【甘崎】
・昔、甘崎地区で伝染病が流行した。伝染病を抑えるため、この不動に祈りを捧げたという。

お大師さん【上浦町井口】
・大三島西国第16番「地蔵堂」
・「よたやしと たれがゆいけん なにもにぬ いつもたえせぬ のりのにわかな」
・4月21日に巡礼される。今でもお菓子のお接待があるという。






鉱山

川・渓谷



ダム

大三島橋
・大三島と伯方島を結ぶ328mのアーチ橋は、東洋一の流麗な姿を誇る。


風景

鼻栗展望台【上浦町瀬戸】
・大三島と伯方島の間、鼻栗瀬戸を跨ぐ大三島橋が一望できる。
・皇太子殿下の句碑が建立されている。
・春には一面に桜が咲き乱れる。
 
皇太子殿下の句碑

立石展望台【上浦町】
・多々羅大橋が一望できる。
平山郁夫スケッチポイント「しまなみ海道五十三次」
(29).多々羅大橋 生口島を望む(しまなみ公園内駐車場から30m(徒歩2分))
(30).大三島 井口より生口島への多々羅大橋(国道317号線沿い 駐車場から50m(徒歩3分))
(31).大三島 上浦町 盛漁港(盛港駐車場内)
(35).大三島橋 鼻栗瀬戸 伯方島(鼻栗展望台、駐車場から200m(徒歩5分))

ひょうたん島【上浦町】
・周囲700m。面積1.9haの無人島。NHKテレビ人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルとして有名。
・島へは渡れない


洞窟・鍾乳洞

樹木

小みかん【上浦町井口(いのくち)】
・県指定天然記念物
・室町時代に植えられたもので、樹齢500年といわれる。
・みかんの種類は紀州みかん。
・樹勢旺盛で、毎年天皇陛下に献上している。
・管理者:菅道久氏
・樹高:約7m。
・小みかんはもともと1本の木であったが、そのその1本から枝が伸びて根をおろし、今では独立した幹が33本に及んでいる。
・収穫時期は12月上旬で、約1000キログラム収穫できる。

おおむらさき【上浦町甘崎】
県指定天然記念物
・樹齢300年以上、樹高約3m。枝張りは19m。
・枝が16本に分かれていて5月頃に綺麗な花を咲かせる。
・ヒラドツツジ。

旧盛小学校のくすの木【上浦町盛】
・樹齢約110年→学校創立時辺りに植えられたものだろう。盛小学校の前側に小さい社があり、それを守るために2本植えられたもののうちの1本。1本は戦時中になくなった。

旧瀬戸崎小学校のくすのき【上浦町甘崎】
・旧瀬戸崎小学校の運動場の真中にあった。
・樹齢100年以上。









耕地整備記念碑【上浦町盛】
・明治43年に、麓恒三郎と、(どいかねしろう)の二人は、反対する村人たちを説得して、十数年の歳月とたくさんのお金をかけて、耕地整備を成し遂げた。
 

忠魂碑【上浦町井口】
・井口好味集会所ある。


公園

道の駅 多々羅しまなみ公園【上浦町】
2015/6/6
・しまなみ海道 大三島ICより車で約2分。
レストラン
特産品センター
インフォメーションセンター
・観光案内、情報提供を行う。
・レンタサイクル設置
サイクルヤード
水軍公園
ふれあい屋台市

多々羅総合公園【上浦町井口7851番地】
2015/6/6
 
歴史民俗資料館
・上浦町内の文化財や民俗資料を展示。
村上三島記念館
・文化勲章受章の書道家・村上三島先生の作品を展示。
上浦町国際交流村
自然環境活用センター
農林・漁業の新興、都市・農村の交流を図るために設けられた。
上浦芸術会館
多々羅大橋
・橋長1480m、中央支間長890mの世界一の斜張橋である。
・平成2年8月着工。
・上浦側の橋名碑(縦1m、横2m、大島石製)の碑文は上浦町出身の書道家村上三島氏が揮毫、瀬戸田側の橋名碑(向原町花崗岩)は瀬戸田町出身の画家平山郁夫氏が揮毫した。
多々羅キャンプ場
多々羅温泉
多々羅スポーツ公園
多々羅海水浴場
ふるさと交流館
・旧盛小学校を再利用した宿泊・研修施設。
友情の丘
国際交流村
上浦ふるさとの家
展望台


祭り

イベント

獅子舞
・町内全域

やっこ

海道夢太鼓
・ 太鼓の響きが海を渡り、エコーとなって共鳴し、本町が若者の交流の拠点となることを願って、平成元年3月設立    」

サマーフェスタ in 上浦
・立て干し網を利用した魚のつかみ取りや芸能ショー、花火大会など沢山の催事が楽しめる。


施設

上浦芸術会館【上浦町井口7505】
・開館時間:9:00〜17:00
・休館日:毎週月曜日、12月30日〜1月1日
・料金:大人500円、学生400円、小人250円
 
村上三島記念館
・昭和57年4月、上浦町歴史民俗資料館として開館。
上浦町出身の書道家、村上三島を始め、青山杉雨、安東聖空など、日本を代表する書道家の作品を多数収蔵・展示しており、日本一の書の殿堂として全国的に名高い。
多々羅いろは坂
村上三島記念館へと上がっていく坂道。
いろはがるたをもじった碑を建立している。
書と俳句の丘
多々羅いろは坂を上りきったところ。  
歴史民俗資料館
自然環境活用センター
ふるさとの家


学校

温泉

多々羅温泉【上浦町 井口7851】
・「瀬戸内美人の湯」とも。
・電話番号:0897-87-4100
・営業時間:10:00〜20:00(受付19:30終了)
・料金:大人300円、小人150円
・休館日:毎週月曜日
・地下約1,000mから湧出する天然の温泉。
・源泉名:多々羅温泉
・泉質:含弱放射能(ラドン)塩化物冷鉱泉
・適応症:神経痛、筋肉痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、打ち身、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え症、病後回復期、疲労回復、健康増進
・湯冷めしにくく、腰痛や関節痛に効くと専らの評判である。
・ふるさと創生資金を活用し、町内の高齢者福祉対策のために整備したものであるが、今では町外からの利用者が大半を占める。


伝説

参道の大楠に纏わる話【上浦町甘崎】
・大変美しい姫が都から流され、ここ姫ヶ浜に漂着したが、その時の古城主、南部藤堂に助けられた。
・姫は南部に恋焦がれたが、その恋は実らず、悲しみの余り姫は死を選んで海に身投げした。
・村人はこれを哀れんで、粟島神社のところに葬って、楠の木を植えたと言う。
姫は死の直前、「私は死を選びますが、後の女御衆の恋は必ずや守ってあげます」と言い残したので、村人たちは未だに「あの楠の木が生き続ける限り、甘崎の娘の恋は必ず実る」と信じている。


キャンプ

盛キャンプ場 【上浦町盛】


海水浴

盛海水浴場
・オープン7月20日
・納涼台:500人 ・貸しボード ・潮干狩り ・貸しテント ・更衣室・シャワー


人物

村上三島
・本町出身の書道家
・上浦芸術会館内に展示室がある。


その他


《References》



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