[KOMIL:KOtaro's Miscellaneous 
Information Laboratory]
Copyright (C) Kotaro Iseki (1996〜2016).
All rights reserved
伊予の隅々
こたろう博物学研究所
市町村別情報庫
今治市
(旧・今治市)

トップページ】 

伊豫の隅々インデックス

カテゴリ別インデックス

市町村概要


キャッチフレーズ
(1).「タオルと造船のまち今治」
(2).「夢架ける 未来を駆ける今治市」
(3).「瀬戸内海にひらかれた活力と潤いのある人間都市」

市の花 市の木 市の花木 市の鳥
ツツジ クス
国際観光モデル地区指定都市


特産物

沿革
・今治市は、大正11年(1922)に四国で初めて開港場に指定された港を中心に、海上交通の要衝として栄えてきた。


地名
大字


文化財

野間長円寺跡の宝筐印塔【今治市乃万】
・国指定重要文化財
・総高3.6mに及び、関西随一の大型の宝筐印塔である。
・鎌倉時代から南北朝時代にかけての建造物といわれる。

志島ヶ原【今治市桜井】
・国指定名勝
・綱敷天満宮を中心とする約11haの広大な地に、アカマツ・クロマツの老樹が約2,500本立ち並ぶ。
「志嶋ヶ原 桜井村に在り 東は海に臨み 北は桜井町 西南は田圃及び川に接する」(伊豫温故録)

別宮大山祗神社拝殿【今治市 別宮大山祗神社】
・県指定建造物(昭和40年3月29日指定)

今治藩主の墓【今治市】
・県指定史跡
・唐子浜を見下ろす小高い山上にある。
・高さ3.6mに及ぶ宝篋印塔が立ち並ぶ。
・江戸初期の今治藩主の墓所である。

今治及び越智地方の獅子舞
・平成12年4月18日指定
 
鳥生獅子連中:今治市祇園町
高部獅子舞保存会:今治市高部
神宮獅子舞保存会:今治市神宮
矢田獅子舞保存会:今治市矢田
野間獅子連中:今治市野間
延喜獅子舞保存会:今治市延喜
宅間部落獅子連合会:今治市宅間
阿方獅子舞保存会:今治市阿方
杣田獅子舞保存会:今治市杣田
多伎獅子舞保存会:朝倉村古谷
波方青年獅子連中:波方町波方
樋口獅子舞保存会:波方町樋口
小部獅子保存会:波方町小部
養老獅子保存会:波方町養老
脇獅子連:大西町脇
別府獅子連:大西町別府
九王獅子連:大西町九王

蛇越池の植物群落【今治市孫兵衛作】
・県指定天然記念物(昭和50年10月指定)
・えひめ自然100選
・サギソウ、カキラン、チコザサ等約70種類の植物が自生している。

延命寺の梵鐘【今治市】
・今治市指定有形文化財(昭和63年4月6日指定)

谷文晁画神馬絵馬【今治市 別宮大山祗神社】

石燈篭「理海尼の碑」【今治市 別宮大山祗神社】
・今治市指定有形文化財石造物

大熊寺のノダフジ【今治市】
・市指定天然記念物

国分寺のとうつばき【今治市国分 国分寺】
・市指定天然記念物

龍神社のウバメガシ樹林【今治市波止浜】
・市指定天然記念物(昭和45年3月30日指定)

別宮大山祗神社の大樟【今治市 別宮大山祗神社】
・市指定天然記念物(昭和49年7月2日指定)



城址

今治城(吹揚公園)【今治市通町3丁目】
2004/4/25
行ってみよう!えひめ感動の地20選
・「今治城跡」:県指定史跡
・関ヶ原の合戦で活躍した藤堂高虎が慶長7年(1602)6月より築城を始め、慶長9年(1604)に完成した。現在の天守閣は、昭和55年に今治市制60終年記念事業で再現されたものである。
・「今治」という名前は、藤堂高虎が20万石の城下町を築いた際、「今より治める」という意味で名付けた。
・藤堂家の家譜「宗国史」などによれば、本丸には五層五階の天守閣が聳え、城門9ヶ所、約20の櫓があった。
・周囲をめぐる三重の堀に直接海水を引き入れる全国でも珍しい海岸平城。これは藤堂高虎が育ててきた水軍の基地機能を持たせるためであった。
・約1800本の桜の木があり、春には多くの人が桜見物に訪れる。
・現在、天守閣内には武具・骨董美術を展示・公開している。

・慶長13年、藤堂高虎は伊勢安濃津(あのつ、現在の三重県津市)に転封され、その後徳川家康の命を受けて、丹波亀山(現在の京都府亀岡市)に亀山城を建設する際、今治城の天守閣を解体し、その部材を転用したとの記録が残されている。よって勇壮な城郭の姿を見せたのは、高々4年しかなかったことになる。これが、今治城が「幻の城」と呼ばれる所以である。

藤堂高虎公は慶長五年(1600年)関ヶ原の合戦に東軍徳川家康方の先鋒として戦功をたて伊予半国二十万三千石を与えられた。当時諸大名中随一の築城の権威であった高虎公は内海において海陸の要衝である今治を城地と定め渡邊勘兵衛を築城奉行に、木山六之亟を普請方として慶長七年より間九年にかけて城壁高さ六間乃至八間を築き、本丸には五層の天守閣、その他には櫓城門等二十数棟を配し三重の城濠をめぐらして、これに海水を導入して当時としては他に類例のない一大平城を構築した。また公は家康に信任され、慶長十三年伊勢の津に国替し増封されたが天守閣は公が家康から丹波亀山の築城を命ぜられた時献じて亀山城に移築した。その後今治城に義子高吉が二万石で維持し、更に寛永十二年(1635年)に伊勢長島より久松定房が入城し、後三万五千石で世を十代経て明治維新となった。
現在の天守閣は昭和五十三年十月十日今治市制六十周年記念として再建され当時の偉容を再現するに至った。
今治城跡に昭和二十八年十月九日愛媛県教育委員会から史跡として指定を受けている。
今治市教育委員会」

「今治城」(伊豫温故録)
 
鉄門(くろがねもん)
・今治城北東側の堀の内側に位置した。
・築城時から明治時代初期まで存在した。
→See.「鉄門の礎石など確認 今治城復元に弾み やぐら支える石垣幅判明」、愛媛新聞、2004年9月30日
枡形(ますがた)多門櫓
・枡形の上に櫓を置く形式。
→See.「鉄門の礎石など確認 今治城復元に弾み やぐら支える石垣幅判明」、愛媛新聞、2004年9月30日

鷹取城【今治市新谷】

霊仙山城【今治市/朝倉村 霊仙山】
霊仙山城 旦村の西南宮ヶ崎村の界に在り」(伊豫温故録)

五十嵐城【今治市五十嵐】
五十嵐城 五十嵐村に在り 五十嵐小文治居る 鎌倉時代の人なりといふ」(伊豫温故録)

四村城【今治市四村】
四村城 四村に在り 富田豊後守居る 此子孫中村に在りといふ」(伊豫温故録)

湊山城【今治市大浜】
湊山城 大浜村に在り 来島の枝城にして原四郎兵衛居る」(伊豫温故録)

要害山城【今治市桜井】
要害山城 桜井村に在り 廣川主膳居る」(伊豫温故録)

釣塀山城【今治市桜井】
釣塀山城 桜井村に在り 月原安芸守居る」(伊豫温故録)

江口山城【今治市桜井】
江口山城 桜井村に在り 江口遠江守居る 後渡部土佐守居る」(伊豫温故録)

衣星砦【今治市】
衣星砦 鳥生村に在り 鷹の森城越智駿河守通能の弟右衛門尉居る 天正十三年の乱に兄通能の命を受け 門間左衛門佐の一子門間太郎を伴ひ落行くといふ」(伊豫温故録)

鳥生屋敷【今治市】
鳥生屋敷 」(伊豫温故録)



遺跡

阿方貝塚【今治市】
・弥生前期の遺跡

阿方中屋遺跡【今治市】

浅川矢田遺跡(浅川改修地区)【今治市矢田】
・弥生時代〜中世
[まいぶんえひめ No.29、平成14年(2002)]

伊予国分寺跡【今治市】

伊予国分尼寺遺跡【今治市】

糸大谷遺跡【今治市砂場町2】
・本四架橋尾道・今治ルート来島大橋工事区間
・6世紀後半〜7世紀後半までの半農半漁集団の臨海遺跡。
・漁網のおもりにされたと見られる土錘のほか、農機具の田下駄、馬鋤や塩を作る土器、紡織器具の木錘なども出土した。

石井国友遺跡【今治市】

馬越遺跡【今治市】

馬越和多地遺跡【今治市】

片山貝塚【今治市】

唐子台遺跡群【今治市】

郷桜井八反地遺跡【今治市】

郷新屋敷佛柳遺跡【今治市】

高地スゴ谷遺跡【今治市高地】

桜井浜ノ上遺跡【今治市】

桜井中学校遺跡【今治市】

清水山城遺跡【今治市野間 入鹿谷(いるかたに)】
・一帯は二段構えの城跡と見られる。
・麓からは周囲に柵を築いた柵列の柱穴や、井戸、鉄製の矢じり、13世紀前半の壷・鉢・皿などの土師器などが発見された。
・19世紀にかけての備前焼、唐津焼、瀬戸美濃などの焼き物も出土した。

杣田遺跡【今治市矢田】
・弥生時代終末〜中世
[まいぶんえひめ No.29、平成14年(2002)]

杣田池田遺跡【今治市杣田】
・弥生時代から古墳時代にかけての住居跡遺構が確認された。
・住居の形態は時代を追って円形から方形に変化しており、当時の生活様式の変遷を示す貴重な資料となる。
・3世紀末から4世紀前半にかけた計9棟の住居跡と、ごみ捨て場と見られる遺構などが確認された。
・竪穴式住居で、弥生後期の円形と弥生終末期のやや四角く変形した隅丸方形、古墳時代初期の方形の3形態が確認された。
・住居跡からはベッド状遺構が確認された。ベッドの床面には細い丸太を木組みにした跡や、装身具の管玉も出土した。
・ごみ捨て場と見られる場所からは、二つの壷を継いで作製した長さ65cmの壷棺が発掘された。

四村額ヶ内遺跡【今治市】

旦勇龍遺跡【今治市】

宅間馬場口遺跡【今治市】

高市徳森遺跡【今治市】

高橋岡ノ下遺跡【今治市】

高橋具禅寺遺跡【今治市】

高橋岡ノ端遺跡【今治市】

高橋湯ノ窪遺跡【今治市】

高橋岡ノ端遺跡【今治市】

高橋山崎遺跡【今治市】

中寺馬之■遺跡【今治市】

中屋遺跡【今治市阿方】
・弥生時代中期と古墳時代末期の重複した遺構。
・農免道路脇の丘陵地にある。
・弥生時代中期の竪穴式住居跡と見られる柱穴や小規模な小屋などの柱穴多数が確認された。甕、高杯、製塩土器の破片とともに、古墳時代の須恵器、農工具の製作に用いた鉄の溶解塊、石の矢じりなども出土した。

新谷畦田遺跡【今治市】

登畑寺居遺跡【今治市】

登畑遺跡【今治市】
・中世の集落跡。
・三足土鍋、柄杓などが出土している。

野間入鹿谷・清水山城遺跡【今治市】

八町遺跡【今治市八町西】
・古代から中世にかけての住居跡が確認された。
・伊予国府に近いため、役人の住居跡で、平安後期になって豪族、その後庶民に移ったと見られている。
・8世紀後半から16世紀にかけ、時代が複合した住居の柱穴や溝、井戸跡などが確認され、須恵器や中国産の白磁、青磁などの土器片も多数出土した。

八町ヒル田遺跡【今治市】

八町1号遺跡【今治市】

別名端谷(べつみょうはしだに)1遺跡【今治市別名】
・平成15年、四国で初めての四文字印が出土した。この四文字印は縦横高32×33×37mmのサイズの銅印で、「倉正私印」と刻印されている。
・出土品

別宮上河内遺跡【今治市】

松木広田遺跡(松木遺跡群)

松木2号遺跡【今治市】

宮ヶ崎山形遺跡【今治市】

宮ノ内遺跡【今治市】

三尾の上遺跡【今治市】

保田遺跡【今治市】

矢田西之窪遺跡【今治市】

山方桜ノ町遺跡【今治市】



古墳

相の谷古墳【今治市】
・全長83mと、県下最大規模の墳丘を有する。

片山古墳群【今治市】

唐子13号噴【今治市】

鯨山前方後円墳【今治市】
・応神年間に乎致(おち)国造であった小千命(おちのみこと)の墳墓と伝えられる。

高地栗谷(こうちくりたに)1号墳【今治市高地町1丁目】
・古墳時代後期の前方後円墳
→愛媛新聞、2003年9月20日

清水6号噴【今治市】

近見小学校裏山古墳群【今治市湊町】
・5世紀前半から6世紀後半の古墳4基。
・F号墳から石棺および頭と腰の骨が出土した。
・A号墳から刃渡り77cmの刀、農耕用のカマが出土した。
・B号墳には木棺があったと見られ、赤色顔料が出土した。

近見ハサマ古墳【今治市】

治平谷11号墓【今治市】


跡地
軍船の桟橋跡【今治市 来島】

小島の砲台跡(小島芸予要塞跡)【今治市 小島(おしま)】

・土木学会選奨土木遺産(2001年度)選定
・明治時代(日露戦争当時)にロシア海軍の来襲に備えて構築された要塞跡。
・砲台跡、展望指令塔跡など煉瓦積みの要塞跡が残る。
・遊歩道には2,500本に及ぶ椿が植えられている。

中山神社裏五輪塔【今治市野間】

野間ハチス五輪塔【今治市野間】

野間馬場五輪塔【今治市野間】

野間覚庵五輪塔【今治市野間】

野間高田宇治五輪塔【今治市野間】

野間神社宝篋印塔【今治市野間】

脇屋義助公の墓【今治市】

伊予国分寺跡【今治市】

伊予国分尼寺塔跡【今治市桜井】
(郷土の文化財)
今治市桜井町にある、奈良朝時代に建てた塔跡と見られ、同寺が栄えた時の面影をしのぶものがある。
[愛媛県郷村変遷史「文化財三宅メモから」、三宅千代二、愛媛出版協会、昭和52年1月1日]

篠塚伊賀守の墓【今治市大浜】
篠塚伊賀守墓 」(伊豫温故録)
(伊豫温故録)
今治市大浜にあり、豫陽塵芥集にあり此地を昔は伊賀村といいしと、古書に伊賀守は越智郡沖の島に渡ったとあり、又この地にも今治史談会の建てた墓がある。
[愛媛県郷村変遷史「文化財三宅メモから」、三宅千代二、愛媛出版協会、昭和52年1月1日]


安養寺【今治市馬越2-3-20】

今治別院(いまばりべついん)【今治市別宮町2-4-14】
2004/4/25
・山号:高野山
・宗派:高野山真言宗
・本尊:弘法大師
 
弥勒菩薩
・伊予府中十三石仏霊場 第6番札所
慈母観音
ぼけ封じ観音
渡邊六石遺徳碑

円久寺【今治市宮ヶ崎甲788】

円光寺(圓光寺)【今治市米屋町4-3-5】
2004/4/25
・山号:龍門山

円浄寺【今治市本町4-3-1】

円照寺(えんしょうじ)【今治市高橋甲992】
・山号:狐月山
・宗派:臨済宗東福寺派
・本尊:阿弥陀如来
・伊予府中十三石仏霊場 第11番札所

円蔵禅寺【今治市波止浜3-6-12】
1998/6/6
・山号:護国山
・宗派:黄檗禅宗
芭蕉天満宮
・元禄年間当山初代大休

円通寺【今治市桜井】
伊予桜井浦承認の墳墓(3基)
・墓地入口(北側)近傍。
古帆正順信士(文政12年(1829))
密岳宗伝信士(天保14年(1843))
空翁恵寂信士(嘉永3年(1850))

延命寺(えんみょうじ)【今治市阿方甲636】
1996/3/10
・四国八十八ヶ所霊場 54番札所
・電話番号:
・山号  :近見山(きんけんざん)
・院号  :宝鐘院(ほうしょういん)
・宗派  :真言宗豊山派
・本尊  :
・開基  :
本堂
・本尊:不動明王
方丈
薬師堂
・本尊:薬師如来
鐘楼
梵鐘
・今治市指定有形文化財(昭和63年4月6日指定)
・近見三郎作
・宝永元年(1704)作
・四面に当山の歴史が刻まれている。
不動明王
水子地蔵
合霊堂
・府中四国74番の薬師如来を祀る。
越智孫兵衛の墓
弘法大師生誕千二百年記念碑
至徳凝然國師供養塔
頓圓自覚法師碑
真念法師建立の標石
ツブラジイ
・今治市保存樹木 指定9号(昭和50年4月3日指定)
・目通り 3.2m、樹高 20m、推定樹齢 約200年。
稲荷大明神
山門
・元々は今治城城門の一つで、建造年代は不明。(天明年間か?)
・明治3〜4年に今治城を取り壊した際、譲り受けたもの。
仁王門

大熊寺【今治市小泉1丁目7-25】
・電話番号:今治市文化振興課 0898-36-1608
・駐車場:無し
ノダフジ
・今治市指定天然記念物
・樹齢200〜300年
・棚面積 2アール、幹周辺 80cm、房の長さ 最長120cm
ふじまつり
・4月29日〜5月上旬

海禅寺(かいぜんじ)【今治市山方町2-1167】
・山号:日照山
・宗派:臨済宗妙心寺派
・本尊:釈迦如来
・伊予府中十三石仏霊場 発願寺

観音寺【今治市山方1丁目甲1462】
柳瀬忠治義達の墓
柳瀬忠治義達は伊豫かすりに関連する人物。

歓喜寺【今治市町谷甲493】

吉祥寺【今治市新谷(にや)甲1885】
       「吉祥寺 新谷村字脇に在り」(伊豫温故録)

空音寺【今治市中寺491】

廣紹寺【今治市広紹寺町1丁目3-19】

高野山今治別院【今治市別宮町2丁目4-14】

国分寺(こくぶんじ)【今治市国分4丁目1-33】
1996/3/10
・四国八十八ヶ所霊場 第59番札所・電話番号:
・山号  :金光山(こんこうざん)
・院号  :最勝院(さいしょういん)
・宗派  :真言律宗
・本尊  :薬師瑠璃光如来
・開基  :
・一国守護 別格本山
本堂
大師堂
・大師額:安政二卯三月吉日
金比羅大権現
・本堂と大師堂の間に配置されている。
方丈
持仏堂
門柱
・大正3年3月吉日の刻有り。
鐘楼
紙本金地著色柳橋図(1双)
・県指定有形文化財[絵画]
国分寺文書(3巻)
・県指定有形文化財[書跡・典籍・古文書]
・聖武天皇の勅願により建立されたと伝えられる。
白皮松(三葉松)
・高野山金剛峯寺の三鈷之松の一種。
唐椿(とうつばき)(1株)
・今治市指定天然記念物(昭和45年3月30日指定)
・高さ約5m

金剛寺【今治市矢田甲804-1】

西念寺【今治市中寺724】

西宝院【今治市波止浜3丁目7-14】

西方寺【今治市東村1丁目15-36】

西明寺【今治市神宮甲900】

西蓮寺【今治市風早町4丁目99】
2004/4/25
・宗派:浄土宗

実正寺【今治市中寺136】

実法寺【今治市北鳥生町3丁目1-3】
2004/4/25
・山号:仏徳山
・宗派:曹洞宗
・伊予府中八十八ヶ所 第5番札所
・伊予西国三十三ヶ所 第14番札所
寺号碑
「曹洞宗実法寺 紀元二千六百年記念 ....」
稲荷神社

正法寺【今治市風早4丁目1-7】
2004/4/25
・宗派:浄土宗

地福寺【今治市宅間甲1211】

城慶寺【今治市湊町2丁目1-45】

常高寺【今治市風早4丁目1-13】
2004/4/25
・山号:天祥山
・宗派:浄土真宗 本願寺派

浄寂寺【今治市五十嵐361】
2002/2/24
普賢菩薩
普賢菩薩は文殊菩薩と共にこのお寺の御本尊釋迦牟尼佛としてお悟りりの心を開かして下さる佛様です。私達は普賢菩薩を信仰することにより佛界と同じ清浄な境地へ導かれ延命長寿の願いひをかなえて下さいます。六牙の白象に乗っておられ四七日忌を司る佛様でございますので伊予府中十三佛霊場第四番になっております。私達はこの普賢菩薩様を礼拝することによりご先祖の霊を苦界より救って成佛解脱せしめ病魔災難を除き福徳を授けそれぞれの所願を成就に導き一家の繁栄と幸せをお約束して下さいます」

乗禅寺【今治市延喜甲600】
・山号:普門山
・院号:瑞應院
・宗派:真言宗豊山派(総本山長谷寺[奈良県桜井市])
・通称「延喜観音」、「波切観音」とも呼ばれる。
・本尊:如意輪観世音菩薩
・「延喜観音」で知られる。
・約1200年前の建立。醍醐・後醍醐天皇の勅願寺として栄えた。
 
乗禅寺石塔跡(宝篋印塔)[11基]
・国指定重要文化財(昭和36年指定)
五輪塔(4基)
宝篋印塔(5基)
多宝塔(2基)
石経
・鎌倉時代作
・縦20cm、横15cm
・法華経安楽品(?)の一部
一字一石経
・江戸時代
・5cm丸の石約200個
・法華経?
後醍醐天皇綸旨
・祈祷申込書一通
足利尊氏将軍教書
・祈祷の申込指令書一通
野間神社祭礼様式古文書(一通)
延喜の観音さん
義人八木忠左衛門
・過酷な年貢の取り立てに直訴し、打ち首となった。
※子供相撲はこの八木忠左衛門を弔う行事か?

浄土寺【今治市郷本3丁目2-7】

称名寺【今治市本町4丁目1-21】

常明寺【今治市八町西3丁目2-11】

神供寺【今治市本町6丁目1-18】
庚申さん

真光寺(しんこうじ)【今治市富田】
延命地蔵

真光寺(しんこうじ)【今治市東村甲442-4(4丁目1-14)
・山号:海松山
・宗派:高野山真言宗
・本尊:薬師如来
・伊予府中十三石仏霊場 第1番札所

瑞光寺【今治市波止浜3丁目7-8】

瑞泉寺【今治市山路298】

清唱寺【今治市黄金4丁目2-3】

泰山寺(たいさんじ)【今治市小泉1丁目9-18】
1996/3/10
・四国八十八ヶ所霊場 第56番札所
・電話番号:
・山号  :金輪山(こんりんざん)
・院号  :勅王院
・宗派  :真言宗醍醐派
・本尊  :
・開基  :
本堂
大師堂
宿坊
仁王像
・金剛力士像
・坊主の像
地蔵堂
供養塔
地蔵車
回すと何かご利益があるんだろうか?
二胡松(白皮松)
大師不忘松
菩提樹
修行大師像
石柱:「本尊地蔵菩薩千枚通穴字各号」
石柱:「おくのゐんみち」

大雄寺(だいおうじ)【今治市室屋町4丁目3-6】
2004/4/25
・山号:百丈山
・宗派:曹洞宗
・本尊:釈迦如来(真言:なうまくさんまんだ ぼたなんばく)
・伊予府中十三石仏霊場 第2番札所

大仙寺【今治市本町4丁目113】
2004/4/25
・宗派:曹洞宗
・山号:蓬莱山
あごなし地蔵

大蔵院【今治市矢田乙41-2】
 

大福寺【今治市大新田2丁目4-7】
 

天祐寺【今治市】
天祐寺 町谷村字楠谷にあり」(伊豫温故録)

東禅寺【今治市乃万】
お薬師さん

東禅寺(とうぜんじ)【今治市蔵敷町2-14-2(南宝来町3丁目7-8)
・山号:霊樹山
・宗派:真言宗醍醐派
・本尊:薬師如来
・伊予府中十三石仏霊場 第3番札所

南光坊(なんこうぼう)【今治市別宮町3丁目1】
1996/3/10、2004/4/25
・四国八十八ヶ所霊場 第55番札所
・伊予府中十三石仏霊場 第12番札所
・電話番号:
・山号  :別宮山(べっくうさん)
・院号  :金剛院(こんごういん)
・宗派  :真言宗醍醐派
・本尊  :大通智勝如来
・開基  :越智玉純
本堂
大師堂
弘法大師像
瑠璃光堂
護摩堂
筆塚
・今治市の書家・織田子青氏らの手で建立された。
大日如来
今治市戦災の碑
今治空襲犠牲者追悼式典
・8月5日

野間寺【今治市野間甲819】

幡勝寺【今治市風早町】
2004/4/25
・山号:上宮山
・宗派:真宗 大谷派 東本願寺末

附属寺(ふぞくじ)【今治市立花】
お地蔵さん

附属寺(ふぞくじ)【今治市郷本町3-4-12】
・山号:来島山
・宗派:真言宗醍醐派
・本尊:地蔵菩薩
・伊予府中十三石仏霊場 第5番札所

佛城寺(ぶつじょうじ)【今治市四村163】
・山号:法幢山
・宗派:臨済宗東福寺派
・本尊:釈迦牟尼佛
・伊予府中十三石仏霊場 第4番札所

宝寿寺【今治市中寺45-2】

法徳寺【今治市宮ヶ崎甲609-1】

法華寺(ほっけいじ)【今治市桜井甲243-3】
・山号:補陀洛山
・宗派:真言律宗西大寺派
・本尊:十一面観世音菩薩
・伊予府中十三石仏霊場 第10番札所
・新四国曼荼羅霊場 第37番札所
・伊予道前道後十観音霊場 (現身観音)(減罪)
・御詠歌:いにしえの 奈良の后は 人のみな 安らかなれと 今にほほえむ
法花寺 桜井村字寺山にあり 聖武天皇勅願所なり」(伊豫温故録)

法華寺【今治市中浜4丁目118】
2004/4/25
・山号:一乗山
・宗派:日蓮宗
日蓮上人像
稲荷神社
一乗山法華寺略誌

本性寺【今治市桜井4丁目3-23】

幡勝寺【今治市風早町4丁目1-10】
「幡勝寺」(伊豫温故録)

美保院【今治市室屋5丁目2-5】

明積寺(みょうしゃくじ)【今治市北鳥生3丁目2-8】
2004/4/25
・山号:須弥山
・宗派:真言宗醍醐派
・本尊:千手観世音菩薩(真言:おんばざら たらまきりく)
・伊予府中十三石仏霊場 第8番札所
・せとうちバス「鳥生」停留所よりすぐ西へ入る。
本堂
※一人の老婆が黙々と線香立ての灰をまさぐってゴミを集めている。(2004/4/25)
観世音菩薩
伊予府中十三石仏霊場 第8番「観世音菩薩」(真言:おんあろりきゃそわか)
六地蔵
※大抵の六地蔵は胡座をかいて座っているのだが、ここの六地蔵は直立不動である。(2004/4/25)
手水石
・奉 施主村中 文化元年三月
学信和尚の墓:「学信和尚御誕生由緒之墓標」
飴買い幽霊

明正院【今治市黄金4-3-8】

来迎寺【今治市山方町1丁目甲1345】

隆慶寺【今治市米屋町4丁目3-2】
2004/4/25
・山号:龍門山
・宗派:曹洞宗
十一面観音立像一躯
・有形文化財(昭和44年3月30日指定)
六地蔵

龍泉寺【今治市小泉1丁目8-18】


神社

荒木八幡大神【今治市宅間甲1439】

出雲大社今治分院【今治市石井町1丁目3-1】

厳島神社【今治市波止浜】
1998/6/6
・祭神:市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命
・相殿:大山津見命 外六柱
・例祭:5月12日 神幸祭
・慶長13年8月19日、木原仁右ヱ門通興の建立する所なり。仁右ヱ門の父祖峯明神の城主にして弘治の合戦に毛利元就に属し、厳島宮を祈誓して補助を蒙り大いに戦功を樹て爾後安藝の厳島神社を遥拝するを常とせり 毛利家滅亡の後高部村に帰り居住す 或年早朝海辺にて沐浴中立派な宮室流れ着きたるに依り大いに驚き恐み厳重に自宅に奉斎し奉り、御啓示あれば姫神三座ます 外神は猿田彦大神なり 慶長13年の春、狭霧山の霊地に奉祀する為新に神殿を建立し、8月19日工成りて木原本家より神殿に遷座す 狭霧山は潮霧夕霧に陽に陰たる海辺の森にして青銅器時代約2000年前の古墳の趾なり 爾来近郷の人等の崇拝甚だ厚く寛文8年産土神となす 延宝2年拝殿を奉建し享保2年8月御輿を設け明治9年村社に列せられる。
境内社:和霊神社

伊加奈志神社【今治市五十嵐 上ノ山甲634】
2002/2/24
・延喜式内社
・祭神:五柱命、五十日足彦命、伊迦賀色許男命
・急峻な約200段の階段の奥に小殿が鎮座する。
・「伊加奈志神社 」(伊豫温故録)
 
文政元年の鳥居
境内社:山之神社
境内社:厳島神社
境内社:荒神社

石清水八幡神社【今治市五十嵐】
2002/2/24

府頭山頂上に鎮座する。
・栄福寺の脇から参道が続く。天保5年の大きな鳥居をくぐると、5分足らずで山頂に着く。
・石清水八幡神社は、貞観元年(859)に行教(ぎょうきょう)上人が宇佐に向かう途中この地に漂着し、社殿を建立して勝岡八幡宮を建立したのが起こりであるという。

伊万里立町天満宮【今治市桜井】

大須伎神社【今治市高橋乙358-3
・祭神:少那毘古那命 阿遅鋤高日子根命、 伊邪那美命 熊野忍隅命 品陀和気命 息長帯姫命
稲荷神社
・「稲荷神社の御由緒
此の山の顛の稲荷神社は慶長の昔藤堂高虎 候が山城国伏見稲荷神社を勧請せられた御 社であります。始め高虎候が今治城を築城の 時方数間もある荘麗無比の社殿を建てられ、 この御神霊を城内に祀られたが程なく国替え となり、初代久松定房候が城主となるに及んで 御信仰ことの外厚く寛文十年伊予熊野神社 を再興せられた時社殿を建てて稲荷神社の 御神霊をここに遷されました。
代々の藩主は二月の初午祭と十一月の例祭 ごとに近臣を使わして御代拝せしめた他、 毎年一度ずつ自ら御参拝になって幣帛を奉り 厚く御尊崇になられました。
高虎候が計畫した百分の一の模型は現に此の 殿内に奉安してあります。これは定房候が今治 城内よりここに奉遷せられたものであります。」(説明書き)
雨乞石
・「雨乞石
古代から大旱魃の年には、村民が此の石の許に 集まって、雨乞祈祷を行った。その時不思議に も此の石が潤い、くぼみに水滴ができ、大降雨 となって恵みの雨を戴いたと伝えられている。」(説明書き)
御宝松
・「御宝松
この石積の中に御宝松と称する樹齢百年を経 た老松があった。 その昔これを切ろうとし た時、一羽の鳥飛来して鳴いて切らさず、  爾来村民はこれを御宝松と称して崇めたが樹 齢つきて枯死した。その鳥の止まった御宝松 の姿を描いた狩野某の絵は、当社の宝物とし ていたが、昭和二十年宝物庫の戦災で焼失し た。御宝松の跡に実生した二代松も松食虫の 被害を受けたため現在の松を移植した。」(説明書き)
展望台

大浜八幡神社【今治市大浜町3丁目1-6】
大浜八幡神社大祭

祇園神社【今治市祇園町一丁目1-63】
2004/4/25
「三島神社/祇園神社由緒
三嶋神社 御祭神 大山積命(おおやまづみのみこと)(上津姫命、下津姫命)
当社は、「鳥生(とりう)の宮」と称され、祭神大山積大神は、天照大神(あまてらすおおかみ)の兄神で第三十二代崇峻(すじゅん)天皇御宇(おんう)即位二年(589念)この地方の豪族、小千直益躬(おちのあたいますみ)(後の国司)が戦功をたて、小千郡(おちぐん)木の下の浜(鳥生の浜)に着船、大樹の榊茂れる枝に、益躬自ら、鏡をかけて大三島宮の祭神、大山積大神を奉斎、此の木に白鳥多く巣を作り、小鳥が生まれたところから、地名今に鳥生と云われている。
(明治二年、今治藩達により五百メートル東の新田字宮(しんであざみや)の本の地より、この地に御鎮座ありし古社である。)
祇園神杜 御祭神 須佐之男命(すさのおのみこと)(稲田比女命)
(旧社名 須賀神社)
天照大神の弟神で第五十六代清和(せいわ)天皇御宇貞観(しょうかん)十一年(869年)京都八坂大神を祀ったので古くから「鳥生の祇園さん」と呼ばれ、病気平癒、疫病消除の神様として崇拝されております。今治藩主久松家の殿様が鶴狩りの節に御参拝された古社にて現在も旧六月十四日の祇園祭には、近郷からの参拝者でにぎわっている。」
三島神社/祇園神社
荒神社
御鉾宮
「獅子舞発祥ノ地」碑
「創始者高山重吉氏は弘化元年鳥生村に生る。明治初期当村民の要望により上方に赴き、祭礼に奉納する獅子舞の演技を習得し、勇壮なる太鼓と共に其の技を究め、弟子達に依て各地に指導され祭礼に奉納。是が当地の方に傳る鳥生獅子と之れ氏が開祖にして当所が発祥の地なり。崇高なる郷土芸能として名声高く氏の偉業を讃え其の功績を顕彰し永く後世に傅う。
昭和49年5月吉日」
祇園さん

鴨部神社【今治市】
「鴨部神社」(伊豫温故録)

樟本神社【今治市八町西3丁目3-15】
・祭神:素盞嗚命
本殿
柑子女神社の石碑

神明神社【今治市波止浜】

綱敷天満宮【今治市桜井6丁目2-1

・電話番号:0898-48-0038
綱敷天満神社 桜井村字志島ヶ原にあり 菅原道真を祭る」(伊豫温故録)
今治桜井志々満ヶ原
・国指定名勝地
衣掛けの松
学業成就祭
・1月15日、2月11日
梅花祭
綱敷天満神社大祭り

新谷三島神社【今治市新谷乙2-17】

野間神社【今治市神宮(かんのみや)699】
・「野間郡熊野峰、熊野と名のつくところは、昔熊野という船が石となって今にあるから名付けられた」(伊予国風土記)
・祭神:飽速玉命(あきはやたまのみこと、安芸の国造)、若弥尾命(わかみおのみこと、飽速玉命の孫、神功皇后の頃の野間[怒麻]の国造)、野間姫命(若弥尾命夫人)、須佐之男命
・式内社 伊豫國野間郡 野間神社 名神大
・旧県社
宝篋印塔
・「神宮野間神社・宝筐印塔
(国指定重要文化財・昭和29年3月)
以前は下方の谷間にあった ものを、現在の神社石手裏に 安置したものと伝えられる。
鎌倉期の作であるが、九輪や 宝珠は江戸時代の後補であ るが、全体としては、大変重 厚な安定感を与えている。
特に塔身の梵字は、金剛 界四仏を鋭く薬研掘りして あり、総高280cm余りである。」
継ぎ獅子
・約300年の歴史をもつ獅子舞の中で全国に知られ、今治市に昔から続く郷土芸能。
・特に乃万地区は継獅子が盛んな所であり、5月中旬(5月19日)の春祭りには、地区内各神社で華やかでスリル満点の継獅子が奉納される。
・「獅子舞
野間神社の境内で毎年5月10日の春祭りには、 ユニークな伝統芸能「継獅子舞」が奉納 され大勢の見物客でにぎわう。」
秋祭り:藁神輿(わらごし)
・「わら神輿(市指定文化財・昭和46年4月)
野間神社に伝わる年中行事で、10月中旬に 行われる”わら神輿”は新しいわらで作っ たもので、直径70cmくらいの丸い胴体で上 部に鳳凰が羽をひろげた形のものをつけ榊が 立てられる。少年たちがこれをかいて、各小部落を 戸別に一巡し、野間神社に奉納する。この時、当 元では甘酒をふるまう習慣があり、「甘酒まつり」 と称せられている。甘酒は、祭神の須佐之男命 の八岐大蛇退治の際の八しおりの酒にちな んだものだといわれる。この神輿はその日の夜、野間神社境内の相撲場でもやし、その明かりで 子供相撲を奉納する。全国でも珍しい行事である。」
石神さん
・野間神社境内後方約500mの山中、奥の院にある巨石。
須佐之男命のお足跡:須佐之男命が、楠の船に乗って当地に来たとき、その船が化石になったのだという。
・この巨石に触れると腹が痛くなるという。
・以前その周りに沓石(くつぬぎいし)、冠石などが7、8つあったという。
鳥居
神門
・櫛磐間戸神と豊磐間戸神の2柱の門神、大直日神・神直日神の2柱の神像がある。
拝殿
本殿

姫坂神社【今治市宮下町3丁目甲1475】

姫坂神社【今治市日吉】
・延喜式内社
・祭神:市杵嶋比賣命
・往古は、蒼社川支流・泉川の姫宮(ひめのみや、現在の南日吉町)というところに鎮座していた。
 
境内社:青木神社
・祭神:少彦名神
境内社:大己貴神社(大己貴神社、大山祇神社、山王神社の三殿合祀)
・大己貴神社[中央に]、大山祇神社[向って右]、山王神社[向って左]
・明治42年に合祀された。
大己貴神社
・荒神様、大国主神、大黒様。
・元は宮ノ下、本 村城台、新屋敷、八軒家、鯉池、今城、横畑の地区の守護神と七体のご神体が合祀されている。
大山祇神社
・宮ノ下、八軒家の祭神が 合祀されている。
山王神社
・山王権現社又は日吉山王社とも称する。
・泉川町から合祀された。
境内社:稲荷社

吹揚神社【今治市通町3丁目1-4】
吹揚神社 蔵式村旧今治城本丸の跡に在り 明治五年十一月 今治村神明社 厳島社 蔵敷村八幡神社 浜町美保社の四社を合せ吹揚神社と称し 郷社に列す 蔵敷村八幡宮は旧と今治一藩の産土神なり 八月二十五日を祭日とす 或はいふ 越智の祖神を祀れりと 是亦大浜八幡の類なるべし 別当正福寺 旧地は城中 井上某の邸中に在り」(伊豫温故録)
伝統芸能「継獅子」
・市指定民俗文化財
奥の院
石神さん
住吉さん

風呂神社【今治市桜井】
風呂神社:安産神
事代主命:商業神
桜川の神:桜井開祖

別宮大山祗神社【今治市別宮町3丁目6-1】
2004/4/25
「日本総鎮守三島地御前
別宮大山祇神社由緒
御祭神 大山積大神
御祭神大山積大神(おおやまづみのおおかみ)は、天照大神(あまてらすのおおかみ)の兄神で、山の神々の親神にあたられて(古事記、日本書紀)、和多志大神(わたしのおおかみ)とも云はれ(伊予国風土記)、日本民族の祖神として、また、地神、海神兼備の大霊神として海上の安全、交通、産業の守護をはじめ日本の国土全体を守護し給ふ神であるところから、古代より日本総鎮守守と尊称される。
当神社は、和銅五年(皇紀1391年、西暦712年)越智玉澄(たまずみ)公により、日本総鎮守 大山祇神社(大三島町元国幣大社)の地御前(じごぜん)として勧請創建せられ(豫陽盛衰記)、伊予国一の宮の別宮として、創建以来、代々の領主、藩主等は勿論、人々に広く篤く崇敬されてゐる。」[境内の説明書きより]
別宮大山祗神社拝殿
・県指定建造物(昭和40年3月29日指定)
・和銅年間(708〜714)に越智玉純が勧請。拝殿は天正3年9月12日、来島城城主村上三郎九郎越智通総が再建・奉ったものと棟札に記されている。
「建造物 別宮大山祇神社拝殿
 和銅年間(708〜714)、越智王澄公が大山祇神社の地御前として、この地に勧請した。この拝殿は天正3年9月12日(1575) 来島城主村上三郎九郎越智通総が再建し奉ったものであると、棟札に記されている。
 この拝殿は間口五間、奥行四間、平屋切妻造檜皮茸の建物である。
 昭和12年社殿新築のとき、この拝殿を他に移して絵馬殿に使っていたが、昭和20年の戦災で新社殿が焼失したので、元の位置すなわら現在地にもどして拝殿とし、昭和37年解体修理復原工事を施したものである。
 棟札写および風蝕、小屋束の形式等から天正の頃と思われる。当地方唯一の純和様神社建築である。
 他に谷文晁画神馬絵馬(市指定文化財)、大樟(市指定天然記念物)がある。
昭和40年3月29日指定
愛媛県教育委員会」[説明書き]
奈良原神社/門脇神社/細野神社
・鳥居の横に合同碑(昭和40年6月建立)が建っている。
・奈良原神社
・門脇神社
・細野神社
越智郡玉川町鈍川木地に鎮座していたが、過疎により当地に移転。
大樟
・今治市指定天然記念物(昭和49年7月2日指定)
・目通り3.7m、樹高17m、推定樹齢300年
「市指定天然記念物
クスノキ くすのき科
目通り370cm、樹高17m、樹齢300年以上、県指定天然記念物玉澄の大クスに次ぐ大木である。
昭和20年8月の空襲で市街ほとんど焼失、焔は境内を包み、本殿、拝殿をはじめ社叢も多く焼けた中で幸にこの大クスは焼失をまぬがれた、幹を見上げると無残な空襲による焼けあとがあり、空襲のすさまじさを記録している。再起した大クスは、信仰の木となり、市民に親しまれている。クスは暖地性の植物で昔は山地部はもとより平野部の各地に自生していたのであろうが特に大山祇の神との縁が深く老巨木も多い。この社叢の占有種で、クスの森ともいえる。
今治市には名木や街路樹にクスが多いところから市の木はクスとなっている。
昭和四十九年七月六日指定
今治市教育委員会」[説明書き]
荒神社
・祭神:三宝荒神、大穴牟遅神
「荒神社
祭神 三宝荒神(さんぽうこうじん)、大穴牟遅神(おほなむちのかみ)
ご祭神、三宝荒神は竈神、また蔭にあって人々を守護し給ふ神さまで、大穴牟遅神は、大国主命とも申し縁結び、夫婦和合、開運、医薬と、ご神徳の広い神さまです。この社殿は、寛政6年(1794)摩利支天宮(まりしてんのみや)(大穴牟遅宮?)として建てられたものです。」[説明書き]
石燈篭「理海尼の碑」
・今治市指定有形文化財石造物
・「常夜燈」「願主 理海尼」「天明三卯冬十一月吉日」と彫り込んである。
「有形文化財・石造物 石燈籠 『理海尼の碑』 昭和59年4月14日指定 今治市教育委員会」[説明書き]
稲荷神社
阿奈婆神社
・通称あなばさん。
・祭神:磐長姫大神
・大三島より勧請。
「阿奈婆(あなば)神社由緒
祭神 磐長姫大神(いわながひめのおおかみ)
このお宮は、昔から『阿奈婆さん』といって、親しまれているお宮で大三島の阿奈婆神社から勧請申しあげたお社です。
ご祭神磐長姫大神は、本社のご祭神大山積大神のご長女にあたられ、大変ご長命にあらせられた上、福徳円満の神さまで、『長生の神さま』、『福徳円満の神さま』としてご神徳の高い神さまであります。
また、特に『下の病』の治療にすぐれた力をお持ちの神さまとして崇敬者の祈願奉賽のため遠近より参拝するものが四時絶えません。」[説明書き]
谷文晁画神馬絵馬
・今治市指定文化財
手洗石
寛政十戌歳午十二月吉日

三島神社【今治市町谷】
・旧村社
・祭神:大山祇命
末社:姫坂神社
・祭神:市杵嶋比賣命
境内社:大己貴神社
境内社:山神社
境内社:秋山明神社

美保神社【今治市美保町】
2004/4/25
★美保町の町並みには、至るところに小社が祀られている。(2004/4/25)

八千矛神社【今治市 来島】
・村上氏の祖先を祀る。

龍神社【今治市波止浜1丁目2-13】
1998/6/6
ウバメガシの樹林
・市指定天然記念物(昭和45年3月30日指定)
神明神社山車および祭り
・無形民俗文化財(平成元年11月1日指定)
人長・随神、絵馬
・有形文化財(昭和62年1月7日指定)


お堂



地蔵

延命地蔵【今治市美保町】
2004/4/25




伊賀山【今治市大浜】
「伊賀山 大浜村字湊山にあり 」(伊豫温故録)

鷹取山【今治市新谷】
・吉祥寺南西

近見山(ちかみやま)【今治市】
・標高244mの山頂には展望台があり、瀬戸内海の島々や来島海峡に架かる橋梁の眺望が美しい。
・ドライブウェイや遊歩道も整備されている。

霊仙山【今治市/朝倉村】
・標高157m、三等三角点、点名:宮ヶ崎
霊仙山城

八幡山【今治市五十嵐〜玉川町八幡】
・今治藩の逸話集「今治夜話」にもホタルの名所として紹介されている。


鉱山

川・渓谷



ダム

来島海峡・来島海峡大橋
・ 「えひめ感動の地20選」の第1位に選ばれた。
・せとうち夢海道50景(読売新聞社選定)
・来島海峡は日本三大急潮の一つに数えられる。
・来島海峡大橋は、世界初の三連吊り橋。


風景

平山郁夫スケッチポイント「しまなみ海道五十三次」
(42).来島大橋 馬島 今治(県道糸山公園線・歩道、サンライズ糸山駐車場より200m(徒歩1分)) 
(43).来島 波方港 今治(糸山公園展望台、糸山公園駐車場より300m(徒歩5分))
(44).今治港から来島大橋を眺望(片原町一丁目地先(今治港第3桟橋)、駐車場から200m(徒歩1分))
(45).来島第一、第二、第三大橋 今治 糸山公園より(糸山公園展望台、糸山公園駐車場より300m(徒歩5分))
(46).大島亀老山 馬島 今治より(県道糸山公園線・歩道、サンライズ糸山駐車場より200m(徒歩1分))
(47).今治城(通町3丁目(市道 黄金通線・歩道)、駐車場から200m(徒歩1分))

馬島(うましま)【今治市】
・今治市波止浜の沖合いに浮かぶ。
・かつては今治藩の放牧地であったため、「馬島」と呼ばれるようになった。古地図には「牧島」との名も見える。
・温暖な気候を利用してフリージア、スイートピーなどの花の栽培が盛んな「花の島」でもあったが、本四連絡橋の建設に伴い、島の様相は著しく変化してきている。

小島(おしま)【今治市】
 2006/11/5 糸山公園展望台より

来島(くるしま)【今治市】
・波止浜湾口に浮かぶ周囲僅か1km弱(850m)の小さな島。
・急潮流に守られて天然の要塞をなす。
・昔、この島には来島村上氏の海城があったが、来島氏が関ケ原の戦い後に豊後の山中に移封されてから廃城となった。
・今も石垣の一部や海岸の柱穴が残る。

桜井海岸【今治市】

行ってみよう!えひめ感動の地20選
日本の渚百選に選ばれておる。(平成8年選出)
・唐子浜から東予国民休暇村にかけての約8kmの白砂の海岸。
・夏は海水浴で賑わう。春とか秋に、弁当でも持っていってのんびりするのもええぞね。
 
志島ヶ原
衣干岩
「衣干岩 桜井村志島ヶ原海岸より東南五町余の海中に在り」(伊豫温故録

蛇越池【今治市孫兵衛作】
 
植物群落
・県指定天然記念物(1950年10月指定)
・えひめ自然100選
・サギソウ、カキラン、チゴザサ等約70種類の植物が自生する。

今治市ホタルの里(ゲンジボタル)
ふるさといきものの里百選(環境庁)


洞窟・鍾乳洞

樹木

蛇越池の植物群落【今治市孫兵衛作】
・県指定天然記念物(1950年10月指定)

龍神社のウバメガシ樹林【今治市波止浜】
・市指定天然記念物(昭和45年3月30日指定)

別名の大楠【今治市】

別宮大山祗神社の大楠【今治市】

大熊寺のノダフジ【今治市】









「椀船の港」の碑【今治市桜井】
「伝へきく 椀舟河岸や 鯊子釣」 道子 ※鯊(はぜ)
「椀舟の 昔偲ふや 浮寝島」 まき子


公園

吹揚公園【今治市通町三丁目】
2004/4/25
「今治城跡」碑
※昭和28年10月9日建立。吹揚公園入り口に建っている。
勘兵衛石
矢野七三郎銅像
菅原利■先生之像
※菅原利■[すがわらとしはる](■=「金栄」)
蒼吹の井...
石鎚山詩碑
御金櫓
今治城
吹揚神社
・天照大神、八幡大神、事代主大神(えびすさん)、大己貴大神(だいこくさん)、住吉大神、猿田彦大神、菅原道真、藤堂高虎 ※他に数神合祀あり
合祀社(住吉神社 猿田彦神社 海神社 天満宮)
※社号碑を見ると、猿田彦がメインのようではあるが、掲げられた奉納小絵馬を見ると、天満宮向けの学業成就の願いを記したものが殆どであった。
吹揚稲荷神社
麁香神社
・建設業祖神 麁香神社
・亥の子石
土?神社
・麁香神社境内地内に鎮座。
原爆死没者慰霊碑
「この碑は 広島長崎で被爆し この今治の地にねむる 被災者の霊にささげ あとの世にふたたび 核兵器による惨禍をおこさせぬ決意をこめてこれを建てる 一九七一年八月 今治原爆被害者の会 小聖山重 原水爆禁止今治協議会」

糸山公園【今治市大浜】
1998/5/3、2001/7/28、2003/5/1、2006/11/05
・県道糸山公園線を市内から北上し、糸山トンネルを抜けると絶景が広がる。
日本三大急潮の来島海峡と、瀬戸内海国立公園の島々、そして世界初の三連吊り橋来島大橋」が見渡せる。
来島海峡(くるしまかいきょう)
行ってみよう!えひめ感動の地20選
・潮の干満によって海峡を抜ける潮流は、日本三大急潮の一つとして知られ、早いときには時速10ノット(18km/h)に及び、瀬戸内海随一の難所といわれ、昔から海上交通の要衝をなしている。
・瀬戸内の多島海美を堪能できる。
・鳴門海峡、関門海峡と並び日本三大海峡の一つに数えられる。
来島大橋

来島海峡展望館(くるしまかいきょうてんぼうかん)【今治市小浦町2丁目5番2号】
 2006/11/5 糸山公園展望台より
・開館時間:10:00〜18:00(3〜10月)、10:00〜17:00(11〜2月)
・電話番号:0898-41-5002
・料金:無料
・休館日:毎週月曜日、12月29日〜1月3日
行ってみよう!えひめ感動の地20選 第一位来島海峡」の碑
「来島海峡大橋」の碑
野口雨情詩碑
・「狂い汐なりや 来島瀬戸の 汐もぜひなや 渦もまく」
「瀬戸内海国立公園 来島海峡」
・「ここ来島海峡は、日本三大急潮の一つに数えられ、最大時速10ノット(約18km)にも達し、各所に白く逆巻く大渦を生ずる。古くは、来島水軍が活躍し、現在も海の銀座とよばれるほど多くの船舶が行き交う。また、海の幸の宝庫としても知られ、急潮で育った魚介の味は格別である。この海峡をひとまたぎする長大橋は、世界初の三連吊り橋で瀬戸内海国立公園でも屈指の多島美と現代文明の織りなす新たな景観をつくり、感動とロマンを与えてくれる。 今治市」
・碑の左端には、吉井勇の歌「来島の 瀬戸のうず潮 とどろとどろ たかなる聞けば 雄心の湧く」が彫り込まれている。
ブロンズ像
糸山公園案内板
高浜虚子句碑
「戻り来て 瀬戸の夏海 絵の如し」
・展望台入り口駐車場内に建てられている。
展望台
 2006/11/5 糸山公園展望台より近見山を望む
 2006/11/5 糸山公園展望台より波止浜港方面を望む
平山郁夫画伯「しまなみ海道五十三次スケッチポイント」

鹿ノ子池公園(かのこいけこうえん)【今治市町谷】
・上空から見ると、形が鹿の子に似ているため、この名が付けられた。
ふるさとの家
歴史民俗資料館
緑の相談所

唐子浜パーク(からこはまぱーく)【今治市】

桜井総合公園(さくらいそうごうこうえん)【今治市】

市民の森・フラワーパーク(市制50年記念公園)【今治市国分】
市民の森ゾーン
フラワーパーク
・市で一番大きい植物公園。42,000本のツツジ・桜牡丹・椿など四季を通じて花が咲き、芝生広場やトリムコースなどがある花と緑の公園。
ツツジ(4〜5月)
  レンゲツツジ、キリシマツツジ、トウダンツツジ

波止浜公園(はしはまこうえん)【今治市波止浜】

野間馬ハイランド(のまうまはいらんど)【今治市野間】

・平成9年(1997)4月に第二期拡張整備を終え、リニューアルオープンした。
まきば館
・平成9年(1997)に建設・オープンした。
野間馬(のまうま)
・今治市指定文化財。
・日本最小の在来馬。一時絶滅の危機に瀕していたが、現在では約30頭が元気に育っている。
・野間馬は、日本に昔から住んでいる馬の中で一番小さく江戸時代から今日まで約350年の歴史がある。
・寛永12年(1635)に松山の殿様、久松定行が、弟で今治の殿様の久松定房に命令して、現在の本四連絡橋架橋地点である「馬島(うましま)」に戦い用の馬をたくさん飼うようになった。しかし餌不足と病気のため牧場は長続きしなかった。そこで今治藩では、馬を松山領野間郡の農家の人々に飼ってもらうようにした。
・そして馬の体高が4尺(約121cm)より高い馬はお金を与えて今治藩が買い、それより低い馬は農家に無料で払い下げた。こうして農家では体高の低い馬同志の子供ができ、現在のような小さな野間馬になったのではないかといわれている。
・このようにして生まれた小形の野間馬は粗末な食べ物でもよく働き、丈夫で力が強かったので、この地方はもちろん瀬戸内海の島々にまで広く買い取られ、土地を耕したり荷物を運んだりするのに大変役だった。
・しかし明治時代の終わりに、国が戦い用の馬を育てるために、野間馬のような小さな馬を増やすのを禁止したことや、戦争後、機械を使って農業をするようになったことにより、馬の数は急速に減少した。馬を愛する人々は人目につかない場所で細々と飼っていたが、昭和50年代には今治市には1頭もいなくなり、愛媛県の動物園に2頭、松山市の愛好家が4頭を育てるだけになってしまった。
・昭和53年にこの愛好家が、野間馬が滅んでしまうことを心配し、野間馬の故郷である乃万地区で増やすことが一番良い事だと考え、今治市に4頭の馬を寄付した。
・今治市では「野間馬保存会」を作り、地元の人々と地域ぐるみでこの大切な野間馬を「故郷の宝」として大切に育て増やそうと努力している。
・昭和60年10月、日本馬事協会より全国で8番目の日本在来馬として認められた。

@北海道太平洋岸 和種馬
A長野県木曽郡 木曽馬
B長崎県対馬 対州馬
C鹿児島県トカラ列島 トカラ馬
D宮崎県都井岬 御崎馬
E沖縄県宮古島 宮古馬
F沖縄県与那国島 与那国馬
G愛媛県今治市 野間馬


祭り・イベント
神明さん(1月15日)【今治市波止浜 神明神社】

延喜の観音さん[大縁日初観音](1月17日)【今治市乃万 乗禅寺

えびすぎれ(2月9日〜)【今治市 中央商店街】
・大阪の「今宮戎」にあやかって明治初期に呉服商が端ぎれを安売りしたのが始まりとされる。
・店頭には反物・帯・草履・足袋・半襟などの商品が山積みされ、市価の2〜5割引で販売される。

梅花祭(2月下旬日曜日)

ふじまつり(4月29日〜5月上旬)【今治市 大熊寺】

綱敷天満神社大祭り(5月5日)【今治市 綱敷天満宮】

今治春まつり(5月3日〜13日)

継ぎ獅子【野間神社、吹揚神社】
・今治市を中心に、周辺の波方町、大西町、菊間町、玉川町、大三島町、朝倉村など、安芸灘と燧灘を東西に分けるように繋がる芸予諸島と高輪半島先端部一帯に伝承される。
・少年が獅子頭をかぶってシシノコを務める。台の両肩に立ち上がり、演目に合わせて所作をする。
・人の柱を継ぎ足して演じる様は、天の神に少しでも近づこうとした古くからの風習を継承している。
・台の肩に乗る人数によって二継ぎ、三継ぎ、....となり、最上段で扇をかざして勇ましく獅子頭を振る少年の所作は「立ち芸の華」として観衆の声援を浴びる。

お薬師さん(7月4日)【今治市乃万 東禅寺】

庚申さん(7月5日)【今治市本町 神供寺】

祇園さん(7月14日)【今治市 祇園神社】

住吉さん(7月26日)【今治市 吹揚神社】

今治空襲犠牲者追悼式典(8月5日)【今治市別宮町3丁目 南光坊】
・「今治市の戦災を記録する会」などが主催。
・黙祷、献花など。
・今治空襲は、1945/4/26、5/8、8/5〜6)の計3回あり、県内で最も大きい被害を受けたとされる。
・市街地の約八割が焼失し、575人以上が亡くなった。
See.→愛媛新聞、2016/8/6、「今治空襲風化させない」)

観音さん(8月17日)【今治市乃万 乗禅寺

延命地蔵(8月23日)【今治市富田 真光寺】

お地蔵さん(8月23日)【今治市立花 附属寺】

今治港まつり(10月7日〜8日)
・港湾感謝祭、郷土芸能フェスティバル、カラオケ大会、今治おまつり音頭行進などが行われる。

大浜八幡神社大祭(10月10日)【今治市大浜 大浜八幡神社】

いまばり日曜朝市(毎月第2、第4日曜日の午前中)【今治市 本町と常盤町のアーケード街】


施設

今治地域地場産業振興センター【今治市】

愛媛文華館【今治市】

河野美術館(こうのびじゅつかん)【今治市旭町1丁目】
・今治市名誉市民河野信一氏が寄贈した施設。
・平安時代から現代に至るまでの書画、仏像、著名人の原稿など、約12,000点の作品が展示されている。

桜井漆器会館【今治市】
・今治の漆器は江戸時代に産声をあげた。

今治サイクリングターミナル・サンライズ糸山【今治市砂場町2丁目8番1号】
・レンタサイクルを貸し出している。
・利用料金:大人500円、小学生以下300円(いずれも1日)
・電話番号:0898-41-3196 (fax)0898-41-3188
・営業時間:07:00〜21:00
・休館日:年中無休
サイクリングターミナル「サンライズ糸山」 
 来島海峡大橋の開通にあわせて橋のたもとに誕生した、全国で60
 番目のサイクリングターミナルです。レストランや宿泊施設、レンタ
 サイクルが用意されています。潮風に吹かれながら、自転車歩行
 者道が併設されている、しまなみ海道の橋上サイクリングを楽しむ
 ことができます。

http://www.dokidoki.ne.jp/home1/imasai/

テクスポート今治【今治市】
・今治城の東南に位置する。
・日本のタオル生産量の6割を占める今治タオルの製造工程見学・展示即売などが楽しめる。


学校

温泉

湯ノ浦温泉【今治市桜井】
・四国初の国民保養温泉地。
・ラドン(Rn)やフッ素(F)を多く含有し、療養効果が高い。
・瀬戸内海の多島美と白砂青松を眺めながら、のんびりと湯につかることができる。

クアハウス今治

湯ノ浦ハイツ

桜井岩風呂【今治市桜井】
石風呂 桜井村字浦手にあり」(伊豫温故録)

清正の湯【今治市】


伝説

飴買い幽霊(あめかいゆうれい)【今治市鳥生 明積寺】
・江戸時代中期頃のある寒い日に、ある家で葬式があった。ほんの4〜5人しか集まらぬひっそりとした葬式だった。
・その葬式の翌日から不思議なことが起こった。
旭町で代々飴屋をしていた河上家に、色白の若い女が毎晩飴を1文分だけ買いに訪れた。7日目の晩、哀れんで特別にたくさん入れてやったが女は1文も払わずすーっと店を出ていった。
・不審に思った河上氏はその女の後をつけていったところ、女は蒼社橋を渡って鳥生の明積寺に入り、新仏のある辺りで姿を消した。
・不思議に思った河上氏が和尚を起こし、二人で墓地に行くとどこかで赤ん坊の声がした。丁度1週間前に亡くなった新仏の墓の辺りからその声が聞こえた。
・和尚が読経しその墓を掘り起こしてみると、若い母に抱かれた赤ん坊が飴をしゃぶりながら泣いていた。人が亡くなったときに極楽へ行けますようにと棺の中に入れる1文銭6枚が全て亡くなっていた。
・和尚は不思議な因縁で生まれたその子をおぼうさんにして、母親の魂を慰めた。
この赤ん坊は成長するにつれ学問や仏道に励み偉いおぼうさんになって人々に尊敬されるようになった。
・このおぼうさんこそ、後に今治三僧の一人と言われた学信和尚である。


キャンプ

風の顔ランドキャンプ場【今治市小島】
・厚生省のウェルカムベビーキャンペーンの一環で整備された施設。


海水浴

唐子浜海水浴場(からこはまかいすいよくじょう)【今治市】


人物

その他

今治港【今治市】
「今治港 今治町にあり 慶長七年の創築なり 港口北に向ひ 干汐深さ二尺 満潮深さ一丈二尺 定繋船五十七艘あり」(伊豫温故録)

桜井里【今治市】
「桜井里 桜井村是なり 能因歌枕に桜井里と出たる名所なり 天明年中冷泉泰卿の歌あり
  花の浪 匂ふみるへの 浦近く みるめにかすむ さくらひのはる」(伊豫温故録)

(*1)能因
・延二〜没年未詳(988-?)
・別称:古曾部入道、俗名:橘永?(ながやす)、法名:融因→能因。
・父は肥後守橘元?(もとやす)かという。子に元任と女子一人がいる。
・大学に学び、文章生となるが、長和二年(1013)、二十六歳の時出家し、摂津国に住む。諸国を旅し、奥州・伊予・美作などに足跡を残した。

(*2)冷泉泰卿

来島水軍【今治市】
・戦国時代、村上水軍は能島因島、そして来島三島(来島小島馬島)を本拠地として瀬戸内海に一大勢力を誇っていた。
・来島村上氏は、厳島の合戦などで功績をあげて14,000石の大名となったが、関ヶ原の戦いで西軍側に属したため、慶長10年(1605)、豊後の山中の森藩に転封された。



《References》



ご意見・ご感想は

kotaro@a1.mbn.or.jp

kotaro@kotaro-iseki.net

まで