[KOMIL:KOtaro's Miscellaneous 
Information Laboratory]
Copyright (C) Kotaro Iseki (1996〜2016).
All rights reserved
伊予の隅々
こたろう博物学研究所
市町村別情報庫
西条市
(旧・丹原町)

トップページ】 

伊豫の隅々インデックス

カテゴリ別インデックス

市町村概要


キャッチフレーズ
(1).「田園・観光・文化の町」
(2).「五感にうったえるふれあいとであいのまち」
(3).「心のかよう田園と文化の町」

町の花 町の木 町の花木 町の鳥

特産物
愛媛県 丹原町  アムスメロン
 
 

愛媛県 丹原町  あたご柿
 焼酎で渋抜きされた干し柿の一種で年末の贈答品として珍重され、関東・関西方面に出荷されている。
 

愛媛県 丹原町  アスパラガス
 
 

愛媛県 丹原町  ハウスみかん


沿革
・松山藩領に属し、初代藩主松平定行公により商業町「松の町」が設けられた。(天保元年1644〜1647)

・今井村、池田村、願連寺村

・明治23年、桜樹村、中川村、田野村、福岡村、徳田村が成立。
・大正2年、福岡村が町制をしき「丹原町」となった。
・昭和30年4月、丹原町と徳田村が合併して「丹原町」となった。
・昭和30年7月に中川村と桜樹村が合併して「中川村」となった。
・昭和31年9月に、丹原町、田野村、中川村が合併して「丹原町」となった。
・平成16年(2004)年、西条市・東予市・丹原町・小松町が合併し、「西条市」となる。


地名
「丹原」という地名は、江戸時代に商業地として整備された土地が、赤色の砂礫の原野であったところに由来する。
大字
明穂(あかお)→西条市丹原町明穂
池田(いけだ)→西条市丹原町池田
石経(いしきょう)→西条市丹原町石経
今井(いまい)→西条市丹原町今井
臼坂(うすざか)→西条市丹原町臼坂
川根(かわね)→西条市丹原町川根
願連寺(がんれんじ)→西条市丹原町願連寺
北田野(きたたの)→西条市丹原町北田野
楠窪(くすくぼ)→西条市丹原町楠窪
久妙寺(くみょうじ)→西条市丹原町久妙寺
鞍瀬(くらせ)→西条市丹原町鞍瀬
来見(くるみ)→西条市丹原町来見
高知(こうち)→西条市丹原町高知
古田(こた)→西条市丹原町古田
志川(しかわ)→西条市丹原町志川
関屋(せきや)→西条市丹原町関屋
高松(たかまつ)→西条市丹原町高松
田滝(たたき)→西条市丹原町田滝
田野上方(たのうわがた)→西条市丹原町田野上方
丹原(たんばら)→西条市丹原町丹原
千原(ちはら)→西条市丹原町千原
寺尾(てらお)→西条市丹原町寺尾
徳能(とくの)→西条市丹原町徳能
徳能出作(とくのでさく)→西条市丹原町徳能出作
長野(ながの)→西条市丹原町長野
明河(みょうが)→西条市丹原町明河
湯谷口(ゆやぐち)→西条市丹原町湯谷口

文化財
西山興隆寺本堂(1棟)【丹原町古田 西山興隆寺】
・国指定重要文化財[建造物]
西山興隆寺 付厨子(1基)【丹原町古田 西山興隆寺】
・国指定重要文化財
西山興隆寺 老斗(1個)【丹原町古田 西山興隆寺】
・国指定重要文化財
西山興隆寺 棟札(1)【丹原町古田 西山興隆寺】
・国指定重要文化財
西山興隆寺 銅鐘(1口)【丹原町古田 西山興隆寺】
・国指定重要文化財[工芸品]
・「弘安九年五月」の銘有り。アリ)
西山興隆寺 宝筐印塔(1基)【丹原町古田 西山興隆寺】
・国指定重要文化財[石造美術]
 

福岡八幡神社樹叢【丹原町今井 福岡八幡神社】
・国指定天然記念物(大正13年12月9日指定)

西山興隆寺文書全3巻【丹原町古田 西山興隆寺】
・県指定有形文化財[書跡・典籍・古文書]
西山興隆寺 銅造如来立像(1躯)【丹原町古田 西山興隆寺】
・県指定有形文化財[彫刻]

中細形銅剣(1口)【丹原町今井 福岡八幡神社】
・県指定有形文化財[考古資料]

お簾踊り【丹原町田滝】
・県指定無形民俗文化財
・田滝民俗芸能保存会
・「けわしきみ山の黒滝に、」まつる十二社大権現。人もおらぬに神神楽、月に三度は、笛や太鼓の音がする....」
・この歌の示すように、無人の本殿から、月に三度、笛や太鼓の神楽の音が鳴り響くのだという。
[ライト&ライフ 8月号 No.404、四国電力株式会社、1994年8月1日]

衝上断層【丹原町湯谷口】
・県指定天然記念物
・和泉砂岩層が石墨片磐に突き上げられた断層。
・日本列島を縦断する中央構造線で学術上貴重なもの。

西山【丹原町古田】
・県指定名勝

モウソウチク林【丹原町高松 八雲神社】
・県指定天然記念物(昭和28年2月13日指定)

西山興隆寺 三重塔【丹原町古田 西山興隆寺】
・町指定文化財

宝篋印塔【丹原町】

久妙寺 石造三重塔【丹原町 久妙寺】
・町指定文化財

道標(4基)【丹原町】
@七里碑:国道11号の傍(鞍瀬村と千原村の村境近くの旧街道七里木にあった。)
A八里碑:臼坂村と来見村の村境近くにあった。
B九里碑:田野小学校正門の東の神社前にある。
C十里碑:丹原町本庁西門にある。(丹原高校の近くにあった。)

劈巌透水【丹原町鞍瀬】
1999/6/27(日)
・町指定史跡(昭和57年11月20日指定)
・「伊予の青の洞門」としてその業績を讃えられている劈巌透水は、安永9年(1780)時の来見村の庄屋越智喜三左衛門によって起工され、私財を投じ、自身も鑿(のみ)を振い岩を削り、9年の歳月をかけて、長さ十二間(21.6m)の井堰と二十間(36m)の隧道及び九十六間(172.8m)の岩石堀割水路を設け、寛政元年(1789)完成したと伝えられている。
・その後、明治19年(1886)と大正2年(1913)に喜三左衛門の後裔で当時の中川村越智茂登太翁が大改修を実施し、美田三十町歩を潤す水路を完成させた。
・記念碑は、大正9年(1920)5月に願成寺(大字北田野)の鳳快洲和尚が、来見村耕作組合員に請われて文を撰し書写した。
喜三左衛門が農民の灌漑用水の不足による窮状を見兼ねて起工し、苦労の末に完成した堰堤が、風雨によって決壊し、その修復工事の労苦と農民の喜びを託し、さらに茂登太翁の農民を思い村を愛する熱情によって二度にわたる大改修により、大いに水利の便を得たことが述べられている。
★連日の大雨で中山川は増水し、普段とは異なり勢いよく流れる姿を見せていた。(1999/6/27)

綾延神社の殿中奴【丹原町田野上方 綾延神社】
・町指定無形民俗文化財

磐根神社毛槍投げ奴【丹原町 磐根神社】
・町指定無形民俗文化財

熊野神社の柏の木【丹原町志川 熊野神社】
・町指定天然記念物(現在指定解除?元々指定なし?)

ツツジ群【丹原町高知甲729番地 高知八幡神社】
・町指定天然記念物(昭和62年10月1日指定)
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)

クロガネモチ【丹原町徳能616番地 湯座八幡神社】
・町指定天然記念物(昭和62年10月1日指定)
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)

専念寺イチョウ【丹原町徳能383番地】
・町指定天然記念物(昭和57年11月20日指定)
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)

シダレザクラ【丹原町古田甲1644番地】
・町指定天然記念物(平成4年5月19日指定)
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)

ツバキ(熊谷)【丹原町古田甲1657番地 西山興隆寺】
・町指定天然記念物(平成2年6月28日指定)
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)

コウヨウザン(広葉杉)【丹原町古田甲1657番地 西山興隆寺】
・町指定天然記念物(昭和57年11月20日指定)
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)

土居のクスノキ【丹原町北田野662番地 土居】
・町指定天然記念物(昭和57年11月20日指定)
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)

黒滝神社社叢【丹原町田滝乙280番地1 黒滝神社】
・町指定天然記念物(昭和57年11月20日指定)
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)

サクラ(陽春)【丹原町来見866番地】
・町指定天然記念物(平成4年5月19日(11日?)指定)
※「合併記念 西条市指定文化財パネル展」では、5/11指定となっている。
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)

カゴノキ(コガノキ)【丹原町臼坂 柳曽(臼坂甲748番地)】
・町指定天然記念物(昭和61年3月28日指定)
・所有者:小笠原信幸
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)

磐根神社のイチョウ【丹原町鞍瀬 高座 (鞍瀬甲862番地) 磐根神社】
・町指定天然記念物(昭和61年3月28日指定)

ツバキ(寿三郎(じゅさぶろう)紅散り)【丹原町明河】
・町指定天然記念物(平成15年1月31日指定)
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)

岩石標本【丹原町池田1711番地1】
・町指定天然記念物(平成16年9月28日指定)
・所有者:西条市佐伯記念館
(合併記念 西条市指定文化財パネル展、西条市教育委員会)



城址
赤滝城趾【丹原町明河】
・「赤滝城跡御祓川(おはらいがわ)の源流青滝山(1303m)の山腹あたりがそうである。文台、大熊の前哨戦に敗れた平家勢が最後の拠点として逃げ落ちたのが赤滝城であった。断崖絶壁の中に洞窟がある。本城の岩屋野地の岩屋木釣の岩屋である。しかし、洞窟戦は所詮は負け戦であった。今はこれまでと覚悟を決めた目代とその一族9人は岩屋から討って出て乱戦の末、自害して果てた。その地が九騎峠で温泉郡川内町滑川近くである。源平両氏の興亡を占う戦いが丹原町で起き、源氏方の河野勢が大勝した文台、大熊、赤滝の城跡は、日本史を飾る大史跡である。 平成6年3月吉日 丹原町文化協会建立」と説明書きが登り口のところに建てられている。
・「鞍瀬村の西南舊庄屋宅より三里十五町黒滝山の東方山の半腹にあり又た御所の成小屋床の成る等數壇の平地あり此地たる深山絶谷にして容易に到り難き険城なり河野家譜に云ふ治承四庚子年七月伊豫国司平惟盛目代某河野通清と戦ひ敗して此城に集り楯篭る通清尋て来り攻め之を■にす豫陽塵芥集に云ふ建武元年赤橋....」

赤嶽城 明河村にあり、平家の籠城せし処と云ふ」(予陽郡郷俚諺集)
赤岳城丹原町鞍瀬)。」(「史伝の人とその周辺 伊予の巻」、高橋紅六、くれない書房)

大熊城【丹原町】
大熊城丹原町鞍瀬)。河野氏の中山口の要害。伊予守平維盛の目代某の居城であったが、治承四年河野通清の攻撃を受けて敗れ、赤岳城に逃れて敗死した。その後、佐伯河内守能元神野弥太郎らが居城した。」(「史伝の人とその周辺 伊予の巻」、高橋紅六、くれない書房)

駒頭城【丹原町】
「」(「史伝の人とその周辺 伊予の巻」、高橋紅六、くれない書房)

笹ヶ頭城【丹原町】
笹ヶ頭城 出淵筑後守住之」(予陽郡郷俚諺集)

立烏帽子城【丹原町/川内町】
「」(「史伝の人とその周辺 伊予の巻」、高橋紅六、くれない書房)

常石山城【丹原町徳能】
常石山城墟 得能村に在り。元弘年中、伊豫国宮方土居次郎得能弥三郎常石城に楯籠る。時に長門探題上野介時直中国より当国へ押渡り、其勢一万余騎久米郡星岡に陣して当城を攻んと謀りける程に、土居・得能探題の陣所に夜討せしかば、時直大敗て今治浦より小舟に乗り、主従六人希有の命助りて備後国に押渡り、夫より長門へ下りける由太平記綱目に見(え)たり。」(愛媛面影)
「常石城 徳能村、河野八郎住之」(予陽郡郷俚諺集)
「」(「史伝の人とその周辺 伊予の巻」、高橋紅六、くれない書房)
蜂ヶ森城跡【丹原町】
・「元弘3年(1333)、北条氏の鎌倉幕府は滅亡したが、その残党は各地にあって、建武の新政に対して反乱を起こした。伊予の国では赤橋重時が恵良城(北条市)で兵を挙げた。赤橋氏は北条市から出ているといわれ、重時は星の岡の戦い(土居通増得能通綱の連合軍が長門探題北条時直を破った戦い)に時直と気脈を通じ、敗戦後恵良山に城を築いて時期到来を待っていた。「重時反す」の報せに土居得能の連合軍は恵良城を攻め、重時主従18人は自殺したと伝う。
所が今一つの説が丹原町で生きている。重時は自殺と偽り、密かに城を遁れて周布郡に来て鞍瀬村(現丹原町)の面木山頂に立烏帽子城を築き、属城数ヶ所を構えて兵を挙げた。建武元年(1334)4月2日、得能通持今岡通任大祝安親ら2800余騎を率いて先ず属城楠窪の砦を攻めて守将・阿曽太郎を討ち殺し、進んで蜂ヶ森城を抜き、重時の一族・金沢蔵人を走らし、弟藤丸を斬った。同7日、赤岳城も落城して立烏帽子城は孤立無援となり、重時は城を出て遁れ遂に捕われて斬られた。城山の中腹に5基の五輪石塔が並んでいる。里人達兄弟を哀れみ、いつの頃か正面に胎蔵界の大日如来の種子(梵字)[他の三方は脇仏の梵字]を彫った立派な供養塔を建てた。
更に文政3年(1820)地蔵堂を建て、兄弟の霊をまつった。現在同地に大正9年(1920)氏子中で建堂一百年記念碑と、同年河野岩蔵氏寄進の八ヶ森地蔵権現堂(茅葺宝形造トタンで覆った美しい屋根)とその碑が建っている。ほんとうに故郷を愛する人達は、是非一度訪れて在りし日の歴史の跡を偲ぶべき貴重な遺蹟である。 昭和57年7月 丹原町文化協会」との説明書きが林道蜂下影線の入口に建てられている。
★1996/4/21 鞍瀬谷に出掛けたときに、案内板を見掛けた。
★2000/3/26 三ヶ森登山後にチェック。

松尾城【丹原町高知】
松尾城 同所(高知村)(予陽郡郷俚諺集)

耳金城【丹原町】
「」(「史伝の人とその周辺 伊予の巻」、高橋紅六、くれない書房)

文台城跡 南方山上旦地【丹原町志川】
・伊予の国造平維盛の目代は、豪族河野通清に敗れて赤滝城[明荷]に立て篭もり、その部下は文台城[志川]、大熊城[鞍瀬]の両城によって河野軍を防いだ。
・中山川に流れ込む二つの支流がある。一つは鞍瀬川、もう一つが志古川である。それぞれの河口の喉頸にあたる地点であり、両城とも赤滝本城を守る前哨的な砦の役目であったが、激戦の末、城は陥落した。
文台ヶ森 志津川 (平家拠城)」(予陽郡郷俚諺集)
文台城(丹原町志川)。」(「史伝の人とその周辺 伊予の巻」、高橋紅六、くれない書房)

矢くろ山城【丹原町高知】
矢くろ山城 高知村」(予陽郡郷俚諺集)



遺跡
願連寺遺跡【丹原町】
 
願連寺遺跡B調査区【丹原町願連寺】
・中世
[まいぶんえひめ No.29、平成14年(2002)]



古墳
お筆山古墳【丹原町久妙寺】


跡地
兼頭館跡【丹原町】
兼頭修理亮邸宅前の東方農耕地にある。

国広館址【丹原町】
1998/12/20

千人塚【丹原町田野】
千人塚 田野村かうけ田と云ふ所にあり」(予陽郡郷俚諺集)



安養寺【丹原町明穂】→西条市丹原町明穂乙296
1999/5/15(土)
・山号:大乗山
・宗派:高野山真言宗
・東予周桑新四国第36番札所
安養寺 真言宗、高野三昧院末寺、大乗院、極楽院、南ノ坊 本尊三尊阿弥陀、行基の作也、弘法大師開基にて、代々国主祈願所也と申伝ふ、霊仏数々有之」(予陽郡郷俚諺集)
 
薬師如来堂
仁王門
・昭和59年11月に再建された。
句碑
・山門の石段の左側(東側)に建てられている。
★碑文の句及び作者は判読できず。

安楽寺【丹原町湯谷口】→西条市丹原町湯谷口甲306
1999/5/15(土)
・山号:教王山
・四国七福神まいり[辧財天]
・周桑東予新四国第37番霊場
 
安楽寺「弁財天」の由来
・1050年の昔、一人の旅僧がこの地を通りかかった。黒染の衣に錫杖を手にしたこの僧を、後世の人はお大師さまと崇めた。
・大師は、行手の樹林に神気をお感じになって錫杖を止められた。草庵あり、大池あり、湯煙りの立ち上る中に、白鷺、雉、鹿などの傷つき悩めるを御覧になられ、大師哀れとおぼしめし、日頃信仰したもう。江戸は冬木の弁財天の尊像を刻みて大護摩の秘法を修したもう。鳥どもの傷たちどころに癒え、喜びの羽音とともに山へ飛び去りしと。尊くもこの御尊像は、今なお奥殿に安置してある。
・文久2年(1862)松山に桂月子という信者あり。江ノ島、竹生島、厳島の日本三大弁財天の御体を安楽寺に勧請した(正面拝殿)。その御尊像は一面八臂(はっぴ)で、古く奈良時代より信仰されてきた真言密教の秘法による姿であり、頭上にとぐろを巻く白蛇は由緒ある守賀の神様で密教本来の姿でもある。
★湯谷口保育園が境内に設けられている。

願成寺【丹原町北田野】→西条市丹原町北田野1373

願連寺【丹原町願連寺】→西条市丹原町願連寺305-1

久妙寺【丹原町久妙寺】→西条市丹原町久妙寺193
梵音山弘法院久妙寺 本尊千手観音、二十八部衆共行基作也、開山知らず、昔は七間四面、空海再興、嵯峨天皇勅願の道場といふ、南嶺二重塔婆、漸礎計り残り、塔本尊運慶作之大日如来、十二所権現堂、南渓に荒神堂、峠に春日社、東に石の六地蔵纔に残り見ゆ、如意輪観音空海作、涅槃像、両界の曼陀羅、色々の唐絵宝物、空海御影あり、此所に居住、仍て、弘法院と云、寺領池田、願蓮寺、高松三ヶ庄を領し、十二坊有けるとぞ、今は所の名となり、或は田畠となりにける(久妙寺村にあり、仁和寺末)、(予陽郡郷俚諺集)
※「纔」は「わずか」と読む。「僅か」と同意だろう。「仍て」は「よって」と読む。(2005/1)
 
石造三重塔
・町指定文化財

西山興隆寺【丹原町古田甲1657】→
1995/1/8(日)
・電話:0898-68-7275
・本尊:千手観世音菩薩
・宗派:真言宗醍醐派
・四国別格二十霊場第10番札所
・四国三十六不動霊場22番
・四国七福神 恵比須尊
・伊予道前道後十観音霊場
・御詠歌:み佛の 法の御山の 法の水 ながれも清く みゆるぎの橋
・求聞持修法遺跡
・聖天様大祭(11月19日):寿太鼓演奏・福なげ
・西山音頭を踊ろう会(11月23日)
・第35代天皇皇極天皇の代(642)に、空鉢上人により開山された。

【国指定文化財】
・本堂1棟
・付厨子1基
・老斗1個
・棟札1
・銅鐘1口
・宝筐印塔 1基

【県指定文化財】
・西山興隆寺文書全3巻→南北朝研究資料として有名。

【名勝】全境内

【鳥獣保護林、母樹林】全境内

◆西山八景
@蓮池
Aみゆるぎの渓流
B紅葉参道
C扇面の景
D3重の宝塔
E伽藍遠望
Fお冠の展望
G三の滝(不動の滝)
 
西山興隆寺本堂
・国指定重要文化財
・奈良の法隆寺の建築から始まって、平安末期まで続いた日本の建築様式が和様であるが、鎌倉時代になって禅宗の伝来と共に伝わってきたのが唐様である。
・平氏が焼いた東大寺を再建するための天竺様の二つの様式が加わって、その二つづつまたは三つの長所を取り入れた「折衷式」の美しい建築が現れてきた。
・西山の本堂もその1つである。
・今の建築は源頼朝公の発願によるもので、単層四柱造銅板葺で明治40年から国指定になっている。
・全体の構想は和様であるが、柱上の抖拱(ます)が美しい唐様であり、中間の飾り具合が大斗(おおます)の上に花肘木を置き、その上に二つの斗(ます)を乗せ、またその上に二つの斗を乗せた様式が、全国的に珍しく、西山建築の特徴になっている。
宝篋印塔
・国指定重要文化財
宝物館(宝聚殿)
・飛鳥時代の釈迦金銅仏、西山文書(県指定文化財)が収蔵されている。
銅鐘
・国指定重要文化財
仁王門
・総欅造りで大正9年の建立。彫刻は門田分祐師(山口県人)の作。脇仏の仁王は鎌倉時代の作。
三重塔
・町指定文化財
石垣
・文化3年松山藩寺社奉行によって普請された築城方式。
恵比須堂
・小さな祠に笑いの吹き込み口がある。
・声高らかに笑いを吹き込めば福が訪れるという。
文殊堂
銅造如来像
・県指定文化財
千年杉の古株
・樹齢1000年以上、目通り18m以上の老杉であったが、昭和43年に枯死した。
院家墓地
・西山興隆寺代々の住職を院家と呼ぶ。これは古く嵯峨御所より戴いた称号である。
牛石
・源頼朝公が本堂再建の時材料を運搬し続けた牛がこの地で倒れ、人々は牛に似た石でこれを葬った。参詣する人々は口に草を差し込んではその労をねぎらうのである。
・今では参拝者が石の裂け目に小銭を突っ込んでいるようだ。
御由流宜橋(みゆるぎばし)
・青銅の大擬宝珠をいただく、朱塗りの太鼓橋で、源頼朝公寄進当時の彩色をそのまま伝えている。
西山四国八十八ヶ所
句碑
『皇室も ....... 』
・駐車場に有り。
句碑
『元日も 働く人々 背を拝み』
歌碑
『観世音 念じつ乃なる 参道に 亀まる紅葉は 朝光る冴ゆ』
柳原極堂句碑
『雨だれの 音もそひ来て 夜寒かな』
酒井黙禅句碑
『石鎚も 象頭も見えて 五月晴』
・境内からの眺望は美しく、晴れ上がった日には、遠く象頭山(金比羅)まで見渡せるという。
不破博句碑
『萌若葉 千手観音 あまねしや』
西山興隆寺別院【丹原町古田甲1335】

金仙寺【丹原町徳能】→西条市丹原町徳能甲760

成願寺【丹原町池田】→西条市丹原町池田885

正善寺生木地蔵(いききじぞう)【丹原町今井】→西条市丹原町今井141-1
1999/6/27(日)
・四国別格二十霊場第11番札所
・電話:0898-68-7371
・本尊:地蔵菩薩

・丹原町のおしぶ山にある楠の大木に掘りこんだ地蔵。
・一名、耳欠け地蔵とも。 弘法大師が一夜で彫刻したとされる地蔵で、耳を掘り忘れたことからこう呼ばれている。耳の病に霊験あり。
・弘法大師四国巡錫の砌、四尾山(おしぶ)の麓で一夜の仮寝をした時、南方に光明が輝き、大きな霊楠に留まり、殊勝の童子が右手に白蓮を持って示現し大師にお告げをしたので、一夜の内に地蔵菩薩の尊像を彫ったという。その時天邪鬼が鶏の鳴き声をして夜明けの時を告げたので片方の耳を彫り残したと伝えられている。
・この楠は、昭和29年の台風で倒木した。
・千枚通しとカワラケ供養も有名。
・安産と、脳・耳・目・鼻・口等特に肩から上の病気にご利益がある。
 
 
神木:クスノキ
★生木に彫られた地蔵を拝見できると思っていたのだが、伐られて横たわったクスノキの巨木があるだけだった。(1999/6/27)
雨乞石
元禄10年(1697) 願主保助役人中「南無阿弥陀仏」
昔は田へ水を入れるには自然の流れに頼るより外に方法がなかった。日照りが何日も続くと稲田は割れ、畑は乾き作物が枯れて、飢饉となることが何十回、何百回あったか知れないほどあった。生木山縁記には、慶長年間においても大旱魃があり、地蔵尊の前に祭壇を作って雨乞いの祈りをした際、二三日大降りとなって皆活きかえって喜んだとある。その後の旱魃の際にも、地蔵様とこの石の間で火を焚き、「南無阿弥陀仏」と唱えて雨乞いをしたと伝えられる。
弘法大師と天邪鬼

浄明寺【丹原町田野上方】→西条市丹原町田野上方1467

瑞岩寺【丹原町徳能】
「瑞岩寺 得能村に在り。河野通吉の霊牌を安置せり。法名瑞岩寺殿前備中太守梅岑崇伝大禅定門と号す。」(愛媛面影)
「瑞岩寺 徳能村、河野通吉位牌有、瑞岩寺殿前備中太守梅岑崇伝大禅定門、松蔭院殿見茂大禅定門」(予陽郡郷俚諺集)

専念寺【丹原町徳能】→西条市丹原町徳能383

東光寺【丹原町川根】→西条市丹原町川根甲342

遍照寺【丹原町丹原】→西条市丹原町丹原285-1

報恩寺【丹原町高知】→西条市丹原町高知甲589

本願寺【丹原町長野】→西条市丹原町長野1568

萬福寺【丹原町関屋】→西条市丹原町関屋甲140
1999/5/15(土)
・宗派:真言宗醍醐派
・院号:慈光院
・周桑新四国第54番札所

明長寺【丹原町鞍瀬 横海】→西条市丹原町明河乙344
2000/3/26
・山号:天龍山
・「周桑新四国中興起源 順番表保存ノ明長寺」と刻まれた碑が建つ。昭和53年3月に石川氏により建てられたものだ。
天龍山明長寺 (明河)村にあり、大般若経ありて、奥に龍が淵の由来あり」(予陽郡郷俚諺集)


神社
青木神社【丹原町徳能】
・徳能の黒川家が信仰する。

綾延神社【丹原町田野上方】→西条市丹原町田野上方1622-1
綾延(あやのべ)神社 田野村 昔今在家村汐崎某と云者勧請すと云伝ふ」(予陽郡郷俚諺集)
綾延神社の殿中奴
・町指定無形民俗文化財
潮ごり神事
・秋の例祭の前日に、宮司や氏子代表らが、祭神が漂着したという東予市今在家の海岸で潮ごりするのが慣例であったが、この海岸が埋め立てられて以来約40年途絶えていた。
・平成12年(2000)に場所を東予港内に移して再開。

厳嶋神社【丹原町長野】→西条市丹原町長野1205

磐根神社【丹原町鞍瀬 高座】
2000/3/26
・夫婦杉、イチョウなどの巨木が聳える。
・イチョウは樹齢400年、樹高40.0m、目通り5.2m、根回り7.0mで、町指定天然記念物に指定されている。
・拝殿には牛頭天皇の額が掲げられている。
・10月10日には毛槍投げ奴が行われるようだ。
磐根神社のイチョウ
・町指定天然記念物
磐根神社毛槍投げ奴
・町指定無形民俗文化財

大野神社【丹原町明河】
大野霊神社の大杉

天満宮/喜多留見(喜多留水)神社【丹原町来見】
1999/5/15(土)
・社格:村社
・昔は、垂水天王社と呼ばれていた。
喜多留見神社
・天満宮拝殿の左手に建つ。
・従来来見部落内に散在していた若宮社(水神社、山神社、高倉社、金刀比羅社、三保神社、和霊神社、御先社、稲荷大明神社)を、明治42年4月に合祀してこの社殿に祀った。
・大松社は、明治420年7月29日に移転し、単独社として別所に祀っている。
・この建物は、天保10年大谷口垂水天王社神殿であった。
松本豊後守御社
・天満宮拝殿左手、喜多留見神社社殿の北側にある小さな祠。

熊野神社【丹原町志川】

・祭神:事解男神ほか二柱
・社格:村社
・宝物:神鏡、棟札
・兼頭修理の住居跡のようだ。
境内社:九神合殿社(稲荷神、山之神、明神、稲荷神、花ノ木神、佐恵神、妙見神、森ノ木神、楠ノ木神)
境内社:和霊神社
境内社;熊神若宮→安産の神
境内社:オンザキ神→祭日は旧うる年12月13日
衝上断層
・神社西側、志古川河床にある。
柏の木
・樹齢約600年
・町指定天然記念物
・神社裏の丘の上にある。

黒河神社【丹原町明穂】
・祭神:黒川氏之神

黒滝神社【丹原町田淹】
1999/5/15(土)
黒滝山中腹に鎮座する。本社は標高約756mの山上権現谷山の七合目)にある。
・今から約400年前、田滝の村は凄まじい旱魃に見舞われた。護国院という行者をはじめとし、土地の人々は祈りを捧げ、昼夜を通して踊りを奉じて雨乞いをした。すると、黒滝神社の御簾(みす)が動き、雷鳴が轟いた。そして大粒の雨が降り出した。
 
黒滝
田淹のお簾踊り
石鎚さん(兄)と黒滝さん(妹)の力較べ(兄弟喧嘩)

高知八幡神社【丹原町高知】

児美谷神社【丹原町明河】
2000/3/26
・村社
・藁で編んだ質素な注連縄が参道の脇に立ち並ぶ杉の小木の間に架かる
小美谷五社大明神 (明河)村にあり、周布、桑村両郡の雨乞所にて、傍らに龍か淵あり、雨乞の時は石土山の西火付が森に火を放つなり、しかする時は瑞雨ありて其火消えざる事なしと云ふ」(予陽郡郷俚諺集)

塔堂石金毘羅【丹原町明河】
塔堂石金毘羅 (明河)村にあり、神体を玉の石と云ふ」(予陽郡郷俚諺集)

玉山天神社【丹原町明穂】
1999/5/15(土)
★拝殿はまるで民家である。鳥居の北側、境内の一角には草相撲の土俵がこしらえてある。
★鳥居には、天保四癸巳歳八月吉日の銘有り。

日吉神社【丹原町寺尾】
1999/5/15(土)
・「当社ハ昔近江ノ日吉神社ヨリ御分霊ヲ勧請シテ才祀シタ社デ古クヨリ山王権現ト称シテ郷土ノ篤イ尊崇ヲ受ケテイル」と社号碑の裏側に刻まれている。
 
遥拝社
・「綾延神社」と「疱瘡神社、龍神社、石鎚神社、金刀比羅神社、若宮八幡神社、稲荷神社、須賀神社、荒神社、山神社、辧天社」の合祀社の2つから成る。
★本殿前に猿の彫り物が...何故猿?豊臣秀吉の幼名「日吉丸」と「猿」との関連か?
★若い杉が真っ直ぐに林立して静かな木々の空間を創り出していて、時折鶯が美声を披露する。が、いかんせん後方の山際から劈くような高速道を走る車の音が突き抜けていく。神様もきっと「やかましい」と御立腹なことだろう。

福岡八幡神社【丹原町今井】→西条市丹原町今井5
1999/6/27(日)
★生木地蔵正善寺境内東側からの長い参道を上ると「おしぶ山」の頂に鎮座する福岡八幡神社社殿に辿りつく。木が生い茂り、境内から周りを見渡すことができないのがちょっと残念。(予陽郡郷俚諺集には「景地」と記されているのだが…)
★境内地には多くの末社が祀られている。
★その他は特筆すべき事項なし。
福岡八幡 田野村今井の内 田中にある小山、しひ山(*1)と云、その峰にある社也、縁起知らず、景地也、此麓に楠大木有、内はうとろ(*2)也、則行き木を用ひ中に立給ふ立像の地蔵を掘(彫)付たり、弘法大師の御作のよし申伝る、今に残りて明らけし、生木の地蔵といふ」(予陽郡郷俚諺集)
(*1)しひ山=おしぶ山
(*2)うとろ=うつろ=空ろ=空洞
 
福岡八幡神社樹叢
・国指定天然記念物(大正13年12月9日指定)
中細形銅剣
・県指定文化財
歌碑
・丹原町で一番古い歌碑である。

湯座八幡神社【丹原町徳能】
 
クロガネモチ

三島神社【丹原町関屋】
1999/5/15(土)
・昭和60年10月に本殿を改築した。
・鳥居には、「文久元辛酉八月吉日」と刻まれている。
 
境内社:乳母神社、滝ノ宮神社、山神社、蓑(?)神社
★参道は、丁度川によって分断されている。これは、きっと「この川で禊をした後にお参りしなさい」ということだろう。しかし、今ではこの川も水無川。夥しい数の砂防ダムが物悲しそうに列をなして佇んでいる。

八雲神社【丹原町高松】
愛の山(標高198.7m)の山麓に鎮座する。

矢倉大明神社【丹原町石経】
1999/5/15(土)
 
境内社:恵比須神社
境内社:天満神社
境内社:大森神社


お堂
八ヶ森地蔵権現堂【丹原町】
・茅葺宝形造。トタンで覆った美しい屋根を有する。



新田塚(通称梅之木さん)【丹原町鞍瀬】
2000/3/26
・「興国元年(1340)、新田義貞の弟・脇屋刑部卿義助、今張(今治)に上陸、国分城に入り5月4日急死す。新田の一族に義光と云う武将あり、再起を図ってこの地に隠れ住しも志なかばにして病のため死亡。臨終は白梅の古木の側であったと云う。文化11年(1814)里人武将の死を悼み佛塔を建てて供養を行う。爾来誰言うとなくこの祠を梅之木さんと稱えるようになった。毎年旧暦11月5日、臘梅ようやくふくらむ頃、里人相集い在りし日の武将を偲び懇なる供養を続けている。 [注]興国は南朝の年号である。北朝の年号は暦応で、興国元年は暦応3年である。  昭和59年7月 丹原町文化協会・丹原町観光協会」との説明書きが建てられている。
・「鞍瀬村字馬騎に有り、一片の小碑苺苔に食せられ文字の有無見分け難き古物なり、里人昔より新田義貞の墓とも又た新田義興の墓ともいひ傳へたりと然るに義貞は越前國にて卒し、義興は武蔵国にて卒す、されば此墓は蓋し當國に来る新田義宗・脇屋義治の一族なるべし」(伊豫温故録)


地蔵




堂ヶ森【丹原町/面河村】
2000/5/1、2001/5/3
・標高1689m
・えひめ自然100選
・石鎚国定公園
[登山ルート@]保井野−堂ヶ森
[登山ルートA]面河村梅ヶ市−堂ヶ森

三ヶ森【丹原町/小松町】

・標高1377.6m
[登山ルート]楠窪−楠窪林道−三ヶ森

面木山【丹原町/川内町】

・標高988.3m
[登山ルート]

黒森【丹原町/川内町】

・標高903.9m
[登山ルート]川内町滑川 九騎−九騎峠−念上峠−黒森

青滝山【丹原町/面河村】
・標高1303.4m
[登山ルート]保井野−相名峠−青滝山

鞍瀬の頭【丹原町/小松町/面河村】

黒滝山【丹原町】

愛の山【丹原町高松】
・標高198.7m


鉱山

川・渓谷
中山川【丹原町】

道前渓谷(中山川渓谷)【丹原町】

鞍瀬渓谷【丹原町】
1996/4/21
 
蜂ヶ森城
地蔵堂
堂ヶ森登山口
・堂ヶ森頂上まで約4km

中川渓谷【丹原町】
・数千万年昔、北方からの強い圧力でできた断層であり、日本列島を縦断する中央構造線として学術上、貴重なものとされている。



夫婦滝【丹原町 鞍瀬渓谷】

貝の口滝【丹原町明河 鞍瀬渓谷】
貝の口瀑布 (明河)村にあり、高二十一間、中程より少し上に螺貝の形なる水溜りあり」(予陽郡郷俚諺集)
※予陽郡郷俚諺集に示すように、上流部に螺貝の形の水溜りがあるが故に、その入り口の滝ということで「貝の口滝」と名付けられたのであろう。(2005/1)


ダム



風景
桜三里【丹原町】

 
 
桜三里の伝承
 桜の植樹に携わった人々が、「桜三里は源太の仕置き。花は咲いても実はなるな」と酷使を恨んだ。
→源太桜(川内町)
関屋窓峠
・約1000本の桜がある。
千羽ヶ嶽
千波ヶ嶽 並木桜 一里程の間、老桜の並木ありて、春は雪の如く、頂上より見渡すに、芳野の春もかくやあらんと思はる、千波ヶ嶽は雲に聳え、老猿梢に鳴く時は、巴江の様にも思ひやらるる、此桜を矢野桜と云ふは、矢野五郎右衛門当郡の吏たる時植えたるによる、此は、貞享四卯年、三十四丁の間へ桜木八千二百四十本うえたるよし」(予陽郡郷俚諺集)
※「千原」と「千波」には因果関係が有りそうに思える。(2005/1)
桜三里復興の碑
・千原鉱山精練所の煙害で枯死した桜の復興。


洞窟・鍾乳洞
鍾乳洞
・薬師堂前洞穴内、東方神社前。


樹木
福岡八幡神社樹叢【丹原町 福岡八幡神社】
・国指定天然記念物(大正13年12月9日指定)
「福岡八幡神社は、丹原町の南端に海抜六十メートル程度、道前平野に隆起孤立した和泉砂岩の丘陵にあって、全域鬱蒼たる樹木に包まれたまれにみる樹叢を形成している。これらの樹木は杉の巨樹を初め、常緑濶葉樹である、くすのき、くろがねもち、もがし、しいのき、かんざぶろうのき、びらん等いずれも暖地性植物を網羅し、暖帯性植物樹林の代表的なものである」(愛媛の文化財第V集、昭和39年5月31日、愛媛県教育委員会)

モウソウチク林【丹原町高松 八雲神社】
・県指定天然記念物(昭和28年2月13日指定)

熊野神社の柏の木【丹原町志川 熊野神社】
・町指定天然記念物

ツツジ群【丹原町高知甲729番地 高知八幡神社】
・町指定天然記念物(昭和62年10月1日指定)
・高知八幡神社の石段を登りつめた「つつじが岡」にある。
オンツツジ
・社殿近く
コバノミツバツツジ
・裏の植林の中

クロガネモチ【丹原町徳能616番地 湯座八幡神社】
・町指定天然記念物(昭和62年10月1日指定)
・根回り2.9m、目通り2.6m、樹高約15.0m
・湯座八幡神社社叢の入口にある。
・別名フクラシバとも言う。

専念寺イチョウ【丹原町徳能383番地 専念寺】
・町指定天然記念物(昭和57年11月20日指定)
・専念寺を開基した竜雲の一周忌 (1643)の際、二代目了善がそれを記念して植えたものである。
・樹齢約360年。
・文政12年(1829)の台風で、幹の中ほどから半分に断裂した。

シダレザクラ【丹原町古田】
・町指定天然記念物(平成4年5月19日指定)
・桑村家先祖代々の墓地脇にある。
・目通り2.3m、樹高約8.2m
・推定樹齢約80年

ツバキ(熊谷)【丹原町古田 西山興隆寺】
・町指定天然記念物(平成2年6月28日指定)
・庫裡に通じる山道沿いにある。
・樹高約10m
・樹齢約200年

コウヨウザン(広葉杉)【丹原町古田 西山興隆寺】
・町指定天然記念物(昭和57年11月20日指定)
・根回り3.0m、目通り2.4m、樹高26.4m
・推定樹齢約180年
・西山興隆寺三重の塔への登り口、石段の左側にある。
・オランダモミ、リュウヒガヤなどとも称する。

土居のクスノキ【丹原町北田野 土居】
・町指定天然記念物(昭和57年11月20日指定)
・根回り14.3m、目通り11.4m、樹高27m
・推定樹齢1000年以上
・根元に烏枢渋摩明王を祀る小祠がある。

黒滝神社社叢【丹原町田滝 黒滝神社】
・町指定天然記念物(昭和57年11月20日指定)

サクラ(陽春)【丹原町来見】
・町指定天然記念物(平成4年5月19日指定)
・目通り2.5m、樹高さ14.5m。
・推定樹齢約85年
・ソメイヨシノの変種と見られる。
・日本唯一のものであるという。

カゴノキ(コガノキ)【丹原町臼坂 柳曽】
・町指定天然記念物(昭和61年3月28日指定)
・根元に「おんざきさん」と呼ばれる小祠が祀られている。
・推定樹齢300年以上
・根回り7m、目通り6.7m、樹高約12m。

磐根神社のイチョウ【丹原町鞍瀬 高座】
・町指定天然記念物(昭和61年3月28日指定)
・根回り7m、目通り5.2m、樹高約40m。
・推定樹齢400年以上
・天文12年(1543)佐伯小太夫が芸州毛利藩よりこの地に帰り、牛頭天王宮の神職になった時に植えられたとも伝えられる。
 
乳薬師
・境内にある乳薬師にお願いしてこのイチョウの葉を煎じて飲むと乳がよく出るようになるという伝説が伝わる。

椀貸しの楠【丹原町志川】
1999/5/15(土)
・国道11号線の北側にある。
・樹齢約600年

大野霊神社の大杉【丹原町明河 大野霊神社】





林道蜂下影線




相名峠【丹原町/面河村】
・青滝山東。

九騎峠【丹原町/川内町】

念上峠【丹原町/川内町】




公園
丹原総合公園【丹原町】
・燧灘を一望する筆山・耳金城跡の一帯に設けられた総合公園。
耳金砦広場
多目的広場、テニスコートなど


祭り

イベント
田淹(たたき)のお簾踊り【丹原町田淹】
・雨乞い踊りから転じて盆踊りとして踊られるようになった。
・黒滝神社で雨乞い踊りを奉納していると、本殿の御簾(みす)が三度揺れ動いて大雨(雷雨)が降り出したことから、御簾をとってこの名前をつけたという。所作として「牛若弁慶踊り」もある。
・毎年旧暦の7月30日、8月1日の黒滝神社の祭礼、8月15日・16日の盆、旧暦7月23日、8月24日の地蔵市、旧暦9月13日文殊様の祭礼の折、踊り継がれている。
ソーリャヨホホ、オノオオノウ

けわしき御山の黒滝にまつる十二社大権現
人もおらぬに神神楽 月にサ三度は(御山の霧に)
笛や太鼓の音がする 笛や太鼓の音がする

天狗様かや何人ぞ ひびく太鼓にふりつけて
踊り捧げて祈るなら いかなる大望も(心から願や)
神もいさめば成就する 神もいさめば成就する

踊り捧げりゃ照る月も にわかに下るぞ黒雲が
神の利益か有難や 五穀思やこそ(雨乞いもする)
神の恵みの雨が降る 神の恵みの雨が降る

七夕夏まつり
・毎年8月5〜7日に開催される。
・高さ10m近くの巨大な笹飾りが、商店街に立ち並ぶ。
・もともとは、土曜夜市の最終日を盛り上げるために、仮装行列で練り歩いたのが始まり。今では七夕祭りとして定着している。

トンカカさん(盆踊り)
・「トンカカ」は太鼓の音から名付けられたもの。
・豊臣秀吉四国征伐の時の天正の陣で全滅した金子備後守元宅(もといえ)とその一族を供養するために踊り出されたと伝えられる。
金子備後守元宅は新居浜市一宮神社を本拠としていた。


施設
郷土資料館【丹原町】

佐伯記念館【丹原町】

道前渓温泉【丹原町臼坂】

梅錦ガーデン丹原麦酒醸造所【丹原町関屋】

・休園日:毎週木曜日
・愛媛県内での地ビール製造の元祖!
 
丹原ブルワリー
・地ビール醸造所
ハーブ園
・面積19000uのハーブ園に6000本にも及ぶハーブが植えられている。


学校
臼坂小学校の跡地【丹原町臼坂】
・町指定天然記念物のカゴノキが近くにある。


温泉

伝説

石鎚さん(兄)と黒滝さん(妹)の力較べ(兄妹喧嘩)【丹原町田淹 黒滝神社】
・黒滝さんが投げた石は石鎚さんの庭まで届き、石鎚さんの投げた石は黒滝さんの拝殿から奥へ1kmのところの大夫池まで届いたという。
・黒滝さんの氏子である田淹の人達は、石鎚参拝に行ったら兄妹喧嘩で鎖元から投げられるという理由で参拝に行かないそうである。

弘法大師と天邪鬼

桜三里の伝承
・昔、松山の殿様が領内の中山峠へ桜の苗木を植えさせたのが今のような大木となり、桜三里と呼ばれるようになったのだという。
・ある時代の殿様が桜の古木になって枯れていくのを見て、桜を補植させたことがあった。家来の林源太に命じたが、源太は非常に性急な男であったので領内の住民に早く植えさせようとして随分と無理な仕事をさせたという。そこで皆がこれを恨んで「桜三里は源太のしおき、花は咲くとも実はなるな」と歌ったという。
・そのため、今でも桜三里の桜には実のなる木は一本も無いという。
→源太桜(川内町)


キャンプ
明河キャンプ場【丹原町明河】


海水浴

人物

その他
切抜井戸【丹原町志川】
切抜井戸 志川村にあり、水利甚だ便なり」(予陽郡郷俚諺集)

保井野牧場【丹原町】

旧金毘羅街道道標【丹原町長野】
1999/5/15(土)
 
「右こんぴら道」道標
・文化八辛未三月建之
「金毘羅大門ヨリ二十二里」道標
「旧金毘羅街道渡舟場跡」碑
・昭和61年4月、鞍瀬の松本武氏により建てられた。
・「釜ノ口渡シ 最後ノ渡守 当所 戸田愛蔵」と記されている。



《References》



ご意見・ご感想は

kotaro@a1.mbn.or.jp

kotaro@kotaro-iseki.net

まで